気がついたら側にいました
ラフィーエとの面会後、俺たちが移動したのは最初に案内された部屋ではなく、個人個人に用意された別の部屋だった。勇者たちはもともとその部屋に宿泊していたようだが、俺たちは違う。新たに部屋が用意された。
街で止まった宿よりも部屋は広かった。ベッドも柔らかく、部屋の明かりは眩しすぎず優しい。掃除も行き届いているようでホコリの一つも無い。
綺麗な部屋だ。しかし、俺はそこで時間を潰すことなく、直ぐに部屋を後にした。目指すは塔の上部にあるラフィーエの部屋だ。先程のラフィーエは俺がこの数日間に話してきた彼女とは思えなかった。目は死んだ魚のように光を感じられず、まるで心が死んでいるかのよう。
その様を見て違和感は感じた。しかし、俺はその場では何もすることなく、ラフィーエを見つめていた。それはもしもの可能性を危惧したからである。
万が一に俺と会ったことがバレることがこの先、ラフィーエの立場を危ぶめる要因になるのかもしれない。だからこそ、俺はラフィーエに深く追求はしなかった。
無論、俺がスキルを、『ネクロノミコン』を使えば全てを知ることができ、最も良い判断が出来たのかも知れない。だが、それはしたくなかった。魔人の力に呑まれるのが怖いというのもあるかもしれない。けれど、俺が一番スキルを使いたくなかった理由は別にある。それは人との、ラフィーエとの付き合いにその手段を用いたくなかったのだ。全てを知った状態で彼女と出会えば、どう言えば喜んでくれるか、好かれるか、分かってしまう。けれど、それは卑怯だと俺は思う。自分で見て、聞いて、判断して、話して、わかり合って、そうやって仲を深めていくものだ。そう俺は考えている。だからこそ、スキルは人のピンチと分かったときに使いたい。
まあ、簡単な理由でスキルを使うときもある俺が、何を言ってるんだと思うかも知れないが、今の俺はそうしたいんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺はラフィーエの部屋の前まで移動した。しかし、部屋の中には誰もいないようだ。俺はラフィーエの魔力を探り、居場所を探す。どうやら、2つ程下の階にいるようだ。隣には誰かがいる。再び、移動し中の様子を伺う。
「ブヒヒ、上手くいきましたね。流石は魔人様から頂いたアイテムですよ。思い通りにこの女を動かせるなんて。」
ラフィーエの側にいるのはリルカスと言う名の豚男だ。だが、おかしい。何故、ラフィーエが立っているのにリルカスは椅子に腰掛けているのだ?それに今の発言。俺はリルカスの独り言に聞き耳をたてる。
「いつも私を見下していた女をこき使えることがこんなにも気持ちが良いものとは思いもしませんでしたよ。それに見ましたか、あの勇者たちの間抜け面、きっとこの世界に来てから苦労をしなかったんでしょうなあ、呆気にとられてましたよ。これならあいつらから【聖剣】を奪うのは楽勝かも知れませんねえ。」
そう言うと豚男は椅子から立ち上がり、ラフィーエの前に立った。
「明日もよろしくお願いします、ラフィーエ。」
笑顔で話しかけるリルカス。だが次の瞬間。
バチン。
痛々しい音が響いた。ラフィーエが頰を叩かれたのだ。あの屑豚に。
「返事をしなさい。ん?ああ、そう言えば話せないんでしたねえ。私としたことがうっかり、怪我などはしてませんよね?傷がついては困ります。そう、作戦を行う明日まではね。その後は祝いにその体を使わせてもらいますかねえ。ブヒヒ……ヒ…ヒ?」
豚の首が飛んだ。
「うわあぁぁ!!!く、首が!首が!ってあれ?付いてる。」
リルカスは慌てたが、どうやらまだその首は繋がっていたらしい。
「い、今の……そ、そうか、ま、魔神様がまだ気を緩めるなと私に警告を……き、きっとそうです。」
生々しく感じたその感覚と恐怖からリルカスはそんなことが出来るのは己の進行する魔神しかいないとそう判断することしかできなかった。しかし、それは間違いではなかった。
「きょ、今日はもう寝ましょう。ラフィーエ、貴方は部屋へ戻りなさい。」
ラフィーエはその指示に従い、蝙蝠になり部屋へと飛んで行き、リルカスはベッドへと潜る。俺はその様子をただ見ていた。殺気のこもったその瞳で。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ラフィーエ。」
俺は部屋へ戻ったラフィーエの手を握っていた。先程、彼女の状態を調べるとそこには『状態:傀儡』と出ていた。その名の通りこの状態の者はただの操り人形と化す。間違いなく、リルカスの仕業だ。それも昨日、俺が彼女と別れた後のこと。
「くそ…。」
どうしようもなかった。だが、それでも後悔する。もう少し彼女の様子を見ていればと。
俺は『傀儡』の状態を解除しようと試みた。しかし…。
《状態:傀儡の解除には解析が必要となります。解析を開始しますか?》
と久し振りに頭に声が響いた。どうやら今すぐにこの状態を解除することは出来ないらしい。邪神である俺が解除することが出来ない。ならば、ラフィーエに使われたアイテムを誰が作ったかはもう決まった。創造神だ。これもやつの遊びの1つなのだろうか。何にしろ、人を遊び道具としてしか見ていないようなあいつのやり方は気にくわない。
ラフィーエを早く治したい俺は解析を始める。しかし、相手が創造神であるいじょう、いつ解析が終わるのかはわからない。
「悪い、少し待っててくれ。」
明日にはリルカスの作戦が開始される。勇者を、ラフィーエを巻き込むものだ。そんなもの俺が許すわけがない。
必ず後悔させてやる。俺の仲間に、自分の気持ちに気づけない吸血鬼に手を出したことを。そして、高みの見物をしている創造神、お前もだ。いつか俺が必ず……。
その日、俺はラフィーエのそばを離れなかった。冷たく冷えた手。きっとその心も今は冷え切っている。少ししでも力になりたい、もう一度君と話したい。そんな思いが俺をラフィーエから離さなかった。
次回、豚を料理する