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十三、寝物語に鈴を鳴らして

 季節は巡る。

 名を呼ぶことさえ出来なかった花がまた薄く蕾を色付かせて、こちらに目配せしていた。

「桜、もう直に咲きそうやねぇ」

 お花見でも行こうか。

 ぽつり、と呟いた柚月の言葉に、夜雨は目を見張った。

 中庭で洗濯を取り入れていた梅も、動揺して乾いたばかりの綺麗なそれを地面に落とす。

「ゆ、柚月、アンタ……」

「?」

「今、桜って」

 震えながら縁側に上がって来たかと思うと、梅は孫娘の頭を掻き抱いた。

 その名前を柚月の声で聞くことはもう無いのだと無意識の内に思っていただけに、込み上がってくるものは大きい。

 滅多に涙を見せない梅の眦から、はらはらと雫が舞う。

「な、何よぉ。ばあちゃん、泣かんといて」

 昔は大きかった祖母の背中はもう小さく、自分の腕が簡単に回ってしまうことに気が付いて、柚月は梅に釣られるように涙を落とした。

「ごめんなぁ。つい、嬉しゅうて……。せやな。お花見、皆で行こうか」

「……うん!」

 数年ぶりに見た柚月の心から浮かべる満面の笑みに、梅は泣きながら笑って、もう一度孫娘の身体を抱きしめるのであった。


 蕾が膨らんでいくのを静かに感じながら、柚月は今日もまた配膳の仕事に励んでいた。

 そのすぐ後ろには、襷掛けをした夜雨がぴたりと張り付いて、せっせと膳を並べていく。

「柚月。こちらはこれで終わりだ」

「あ、うん。ほんなら、先に隣の部屋行っといてくれる?」

「分かった」

 和笑亭に戻ってきてからというもの、夜雨は以前に増して柚月の傍を離れなくなった。

 それどころか、以前はぶつぶつと文句を言いながら取り組んでいた仕事も、今は真面目に客たちと談笑しながら行うようになったのである。

 接客業には向いていないと思っていた当初の印象からは想像もつかない変わり身に目を丸くしたのは柚月だけではない。

 鈴輪を外したことで、彼が粗暴な態度に戻ってしまうのではないかと危惧していた梅も、夜雨の献身ぶりには驚いていた。

「何や、帰ってきてからえらいよう働きよるなぁ」

 にやにや、と柚月と夜雨の顔を交互に見ながら、梅は煙管を片手に自室へと戻っていく。

 一体何をしに来たのだ、と白けた目でそれを見送った。

 賑やかな宴会の音を背に、厨房へ戻る。

 常にも増して無言な弦吉から料理を受け取って膳へ並べていく。

 全ての料理を運び終えると、外はすっかり真っ暗になっていた。

 客たちが料理に舌鼓を打ち、笑い合う声が警戒に響く。

 縁側に出れば、夜雨が月を肴に酒を飲んでいた。

「……こそこそしていないで、こっちに来たらどうだ」

 本来の妖力を取り戻したからか、夜雨の五官は獣とそれと同義であった。

 少し離れた場所に居ても、分かってしまう。

 そろり、と恐る恐る彼の隣に近付けば、夜雨が喉を鳴らして笑った。

「誰も取って食いはせん。そら、お前も一杯飲め」

 目の前に差し出された盃には、並々と酒が注がれている。

 くん、と薫った匂いは、祖母が好んで飲んでいる酒よりも匂いがきつく、一口舐めただけで喉が焼けるような思いだった。

「っ!」

 思わず口元を抑えた柚月に、夜雨の目が夜空に浮かぶ月と同じように弧を描く。

「何だ? この程度の酒も飲めないのか? まだまだ餓鬼だな」

「う、うっさい」

 くらり、と視界が歪む。

 気が付けば、夜雨の腕の中に閉じ込められていた。

 もう何度目になるか分からない、すぐ傍で感じる彼の吐息に、柚月の頬は熱を帯びる。

 いい加減に慣れろ、と夜雨は言うが、彼に触れられていると思うとそれだけで身体が発火してしまったのではないかと錯覚するほど熱が膨れ上がるのだ。

「……あ」

 深紅の眼が柚月を捕らえた。

鼻先がじゃれるように触れて、瞼が二回落ちる。

それは夜雨が接吻をする時の合図だった。

 夜雨の合図を正しく理解した柚月の身体が強張る。

「ふっ」

 夜雨が吐息で笑ったのが分かった。

 酒の匂いが混じった呼気が互いの熱を伝える。

 つ、と二人の間を銀糸が繋いだ。

「な、れてなくて、悪かったな」

 酒に中てられた所為で、声が掠れて上手く出せない。

 けれども、夜雨にはきちんと伝わったらしい。

「大事ない。俺はお前のそういうところが好ましいのだから」

 蟀谷に落とされた口付けに、柚月が唇を尖らせる。

「嘘吐け。アンタ、貧相なガキは興味ない言うてたくせに」

「……まだ根に持っていたのか」

「ふん」

 彼の胸に手を置いて距離を置くと、柚月は徐に着物の袷を探った。

 眼前で悩ましい動きで己の胸元を探り始めた柚月に、夜雨が目を見張ったのは言うまでもない。

 そっと、気付かれないように自分も手を伸ばせば、「あ!」と声が上がった。

 行き場もなく彷徨っていた夜雨の手を柚月が掴む。

 にい、と笑った柚月に、夜雨は再び面食らった。

 滅多に自分から触れてこない柚月が己の手を握ったことに驚いて、思わず固まる。

「なぁ、ちょお屈んでぇや」

 その表情から何やら良からぬことを考えているのは明白であったが、夜雨は素直に彼女の言うことに従った。

 柚月の胸元辺りまで首を下げれば、酒の所為で体温が高くなった柚月の指先が項を這う。

 ひたり、と柚月の熱とは別に無機質な何かが首筋に触れた。

「ん。ええよ」

 首に巻かれたそれに手を伸ばそうとすれば、柚月が赤い首輪を夜雨に差し出した。

「あんな、氷雨さんにこれ貰ってん」

「……」

「それでばあちゃんに聞いたら、これお母ちゃんらの為に氷雨さんが作ってくれたやつやねんて」

 夜雨に巻いた首輪を愛おしそうに撫でた柚月の身体を強引に抱き寄せる。

「お前には、敵わないな」

 視界が滲む。

 これは酒を飲んだ所為だ、と己に言い聞かせ、夜雨は流れる涙を隠すように柚月の肩へ顔を埋めた。

「……つ、着けてくれへんの?」

 そう言って頬にすり寄ってきた柚月に夜雨が笑みを浮かべる。

 眦を濡らす涙の後を拭い、こつり、と額を合わせた。

 彼女の手から首輪を受け取ると、白い肌にそれを巻き付けた。

 雪のように白い柚月の肌に、椿の花を思わせる赤が美しく映える。

「綺麗だ」

 ぽつり、と零れた本音に、柚月の頬が首輪に負けず劣らずの鮮やかな赤に染まった。

「もう逃げられんぞ」

 首輪と同じ赤い目が柚月を見つめる。

 鼻先が触れ、瞬きが二回落ちた。

 もう何度繰り返したか分からない合図の後、夜雨の唇がそっと柚月のそれを啄んだ。


 青と赤。

 対の首輪を身に着けた夜雨と柚月を見て、梅は一瞬だけ驚いた表情になると、二人のことを優しく抱きしめた。

 そして、夜輝から返された桜の簪を取り出して、柚月を手招きする。

 言葉は何も告げられなかった。

 ただ、髪に触れる祖母の優しい手付きに、柚月の心は満たされた。

「……おめでとさん」

 昼頃、山菜の配達に白雨を連れ立ってやって来た有明が今まで一度も見たことのないような優しい顔をしてそう言った。

「おう」

「おおきに」

 面と向かって言われ慣れていない言葉に、恥ずかしさが募って、二人して首輪に触れる。

 その間合いがまた同時だったものだから、余計に熱が上がった気がした。

「兄をよろしくお願いします」

 ふわり、と微笑んだ白雨の耳元で涼しげな音が鳴る。

 そちらに視線を移すと硝子で作られた耳飾りが、髪と同じ白色の耳を飾っていた。

「ほお?」

「ふうん?」

 お返しだ、と言わんばかりに二人してにやにやとした表情を有明に向ければ、そこは大人の余裕なのか、はたまた開き直ったのか「揃いで買ってみた」と自分の耳を見せられて、盛大に舌打ちを打つ羽目になった。

「仲良くしろよ。義兄上」

「言われるまでもない。アンタの方こそ、白雨を泣かせたら承知しないからな」

「おお、怖い。それじゃあな、また明日配達に来るよ」

 仲睦まじく手を繋いで帰っていった妹夫婦(予定)を見送ると、夜雨は勢い良く柚月の方を振り返った。

「な、何や、急に……」

「何か欲しいものは無いか?」

 切羽詰まった表情で何を言うのかと思えば、どうやらあの耳飾りを見て自分も何か贈り物をしたくなったらしい。

 急にそんなことを言われても困ってしまう。

 うんうん、唸る柚月を急かすように夜雨が「何でも買ってやる」「お前なら何でも似合う」等と横槍を入れてくる。

「あ」

「何だ? 何でも買ってやる! 言ってみろ!」

 今にも飛びつかんばかりの勢いでそう言った夜雨に、柚月は苦笑した。

 そして、もそもそと耳打ちした『欲しいもの』に、夜雨の目がみるみる大きくなっていく。

「……」

「や、やっぱり無し! 今の無しで!! うちアレがええなぁ。ほら、流行りの天鵞絨色の着物――ちょ、夜雨!? な、何すん、んぅ!!」

「お前が煽ったのだ。責任は取ってもらうぞ」

 有無を言わさぬ口調で柚月を抱えると夜雨は客が居ることも忘れて、柚月の部屋へと駆け出した。

『……ばあちゃんにひ孫を見せたいなぁ、なんて』

 耳打ちされた言葉はあまりにも稚拙で、けれど悲痛な願いが込められていた。

 軽い気持ちで欲しいものはないのかと聞いた自分が恨めしい。

 逃げられなくなったのは、自分の方だと昨晩柚月に言った言葉を思い出して笑みを浮かべる。

「な、なに笑ってんねん」

「いや、なに捕まったのは俺の方かと、思ってな」

「?」

 こてん、と首を傾げた柚月の首筋に噛みつく。

 綺麗に付いた歯型に満足そうに笑ってみせれば、柚月の頬が淡く色付いた。

「三人は欲しいな」

「へ?」

「ま、ゆっくりで構わんが」

 あーん、と再び柔肌に歯を食い込ませる。

「や、」

 擽ったそうに逸らされた首元で赤い首輪がカリ、と肌を擦る音がやけに大きく響いた。

 紅色の眼が三日月に笑う。

「すけべ」

 ふふ、と少し掠れた声で笑った柚月を黙らせるように、夜雨はその唇へ噛みついた。

 桜の甘い香りが二人の間を通り抜けていく。

 りぃん、とどこかで鈴の音が鳴る。

 泣いていた子供の声はもう聞こえない。

 代わりに響いたのは、どこか楽しそうに混ざり合う二つの笑い声だった。

                                        

《完》

はい!いつものごとく、尻切れトンボ感が否めない終わり方ではありましたが、こうして無事に終わりを迎えられて一安心です。

もうずっと長いことこの作品をどう終わらせるか、どの終わり方が正しいのか、と悩んできましたが、こうして終わってみると何だか感慨深いものがあります。

処女作にして6年目の正直。もう何度目になるのか分からないリメイクでしたが、こうして完結できたこと本当に良かったと思います。

亀の如く、ゆっくりな更新にお付き合い頂きましてありがとうございました。

次回作の方も少しずつ製作中ですので、どうぞ気長にお待ち抱長けましたら幸いです。

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