爛柯の時は過ぎ去る
九路盤の上は、真っ白になった。
「あたしの勝ちな。桜、さっき教えたばっかにしては上出来だったぞ」
「う……負けたあ……」
桜にもう少し、難しいことを教えようか……これがわかればとても強くなる。
「桜、あたしに石取られてばっかりだったろ?」
「うん……」
「取られない形とか、教えてやるよ。これがわかればかなりレベル上がるぜ」
「ししょー、教えて!」
あたしは碁盤の上に石を並べて、ある形を作る。
三×三の四角形の辺を作り、更に同じ三辺を横につける。八の字を横倒しにした形。
「桜、実は石は“それを置いた手でふさぐ石を取れる”なら四方ふさがってても置けるんだ」
「え……」
「つまり、一つだけ空いた陣をいくつ作っても勝てない。そこで、この形だ。桜、一つの陣地が2つだろ?」
「あ……これなら両方同時にふさげないから取られない?」
「そ。これを“二眼の生き”って言うんだ」
二眼の生き、囲碁戦術の基本だ。
「後は、大きな陣地を作った時、中に地を作らせないことだな」
「どういうこと?」
「例えばだな、石は最低二眼あれば生きられるだろ?
ということは、相手が十×十の陣地を作っていても、その中で二眼作れば生きられる。二眼が真ん中にあるだけで十二目損だ。あ、“目”は陣地の単位な。交点一つで一目」
片付けながら続ける。
「隅はお互い狙い目だからな。大きい盤だと4×4の黒い点“星”に石を置く自衛は鉄板だ」
「ほえー、さすがは茜ちゃんだ。碁盤がちがう!」
「長いことやってたら慣れるって」
ふと、外を見る。赤く染まりかけた空。
「桜、もうこんな時間だ。早く帰らないと、おかんにどやされるだろ?」
「あっ……じゃあ、茜ちゃん、また明日!」
そう言うと慌てて桜は飛び出して行った。
「気をつけて帰れよー」
……碁盤、片付けなきゃな。
碁を打ってると、時間があっという間だ。
“爛柯”という言葉があるが、まさにその通りだな。
碁をやってると、時間なんて忘れちまう。斧の柄が腐ってしまうほどに。
「……明日は、じさまと打ちに行くか」