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第八話

「あー、言わなかったっけ?」

「聞いてない!っていうかなんで他の人に見せるの?」

「たまたまでしょ。」こともなげに小暮冴(こぐれさえ)は言った。

「肖像権の侵害。」(みやこ)は唇を尖らせる。

「何かに発表したわけじゃなし。」

「だいたい商品の撮影って、事務所の仕事じゃないよね?」

「乗りかかった船って奴。去年東京に移転してきた輸入家具の会社なんだけど、うちの現場に納品したから使用例にしたいって。施主(せしゅ)さんもオーケーしてくれたから、立ち会うことになったの。それに輸入代理店に貸しを作るのは、損じゃないでしょ。」

「そういう考えするんだ。」

 冴のビジネスライクな考えに、都は呆れたように息をつく。

 小暮冴は自分以下四名を抱える、インテリア設計事務所の所長である。もともと都の母とは大学時代からの付き合いで、シングルマザーの彼女を助ける形で都の面倒を見てくれていた。都が小学生の頃には一緒に暮らし始め、そんなこともあって、中学三年で母を亡くしてからも一緒に暮らしている。血の繋がりこそないが、都の家族といってもいい。

 四十四歳になったが、仕事で常に走り回っているせいか若く見える。いつもはジーンズ姿が多いが、休日の夜なので動きやすいヨガパンツに楽なチュニックといういでたち。癖のあるセミロングの髪はヘアクリップで留めて、メイクもオフ。アクセサリーは小さなピアスのみで、眼鏡フレームもごくごくシンプルなもの。

 そして一方の都はといえば、非日常的な長じゅばん姿。

 リビングに広げた敷き紙の上で、冴の指導を受けながらクリーム色の小紋(こもん)を羽織る。

「ちょっと腰紐ゆるいんじゃない?」

「え?うわ、ホントだ。」

 指摘されて慌ててやり直す。

(やわ)らか(もの)は難しいわね。」

浴衣(ゆかた)と全然違う……」

「でも形になってきてるから大したものよ。こうなると、竜杜(りゅうと)くんの着物も用意したほうがいいかしら?」

「リュート、着るかなぁ。」

「興味はあるみたいよ。“武士道”原書で読んでたから、外国人的な興味かもしれないけど。」

「武士道?原書ってことは日本語じゃないの?」

「まったくこの子は……」

「だって女子が読む本じゃなさそうだもん。」

「はい。おはしょり整えて。」

 言われて都は身八(みや)(くち)に手を入れる。

 都が冴から着付けを習うようになったのは夏休みの終わり。

 きっかけは手伝った早瀬(はやせ)家の大掃除で、竜杜の祖母の着物に接したことだった。

 着物に対する興味などみじんもなかったのだが、セピア色の写真の中にある着物と目の前にある着物が同じだと気付いてしまったら、それを処分するのは早瀬家の歴史を失うようで心苦しかった。

 それに、羽織ってみれば(ぜい)を凝らした布の美しさに目を奪われる。

「結局、良いものは良いのよね。」

 着物を畳みながら、冴がしみじみ言った言葉を思い出す。

「もちろん流行もあるけど、昔ながらの手法で丁寧に作ったものって正直に良いの。値段とか関係なく、良いと思ったら大切にすればいいのよ。」

 確かに。

 技法や(かく)は全然わからないが、帯の刺繍(ししゅう)(しぼ)りの微妙な色具合は、そのままカメラのレンズを向けたいほど綺麗だった。

 結局、箪笥(たんす)の中身半分ほどを都が引き継ぐことになったのである。

 着物に覚えのある冴が采配(さいはい)して、そのまま残しておく物、仕立て直す物をより分け、さらに素材として使えそうなものは使ってくれそうな冴の旧知に送った。

 今都が練習している小紋は仕立て直しに出した一枚で、つい数日前に駅前の呉服屋から冴が引き取ってきたばかりである。


「うわー、ぐずぐずだ。」

 部屋から引っ張ってきた姿見に映った己の姿に、都は落胆する。

「一人でやったにしちゃ上出来。」

「これで?」

「だって手順は合ってるもの。たーだ、力加減の癖ね。」

 曲がってる、と言いながらおはしょりを引っ張ったり、(おび)のお太鼓(たいこ)を整えたりする。と、

「なんか……きれいにまとまってる。」

 先ほどと違う端正な姿に、都は狐につままれたような気になる。

「なんで?冴さんがちょっと直しただけで……」

「だからそれ教えるって言ってるんでしょ。」

 苦笑しながら、冴は直した箇所をひとつずつ説明する。ようやく都が納得すると、

帯揚(おびあげ)げと帯締(おびじ)め、この色でよかったわね。」

「早瀬さんちで見たときより明るい感じする。これ、雪輪(ゆきわ)模様、っていうんだっけ?」 

 クリーム色の着物地に、渋めのえんじでぼかした雪の結晶の輪郭が散らしてある。帯はやはり早瀬の家から持ってきた黒地に刺繍が入ったアンティーク調の名古屋帯。それに帯の刺繍の色に合わせた、明るい青の帯締めと帯揚げを締めている。

「帯揚げの色、強烈って思ったけど、逆に反対色だから着物が明るく見えるのかな?」

「それに洗い張りしたからね。これなら竜杜くんとデートできるわよ。」

「そんなヒマないし。」

「ヒマは作るものでしょ。もう一度最初から。」

 容赦ない冴の言葉に、都は長着(ながぎ)を羽織るところからはじめる。

 どうにか着たところで、冴に頼んで写真を撮ってもらう。

「先週よりはマシ……かなぁ?」

 画像を見比べて「うーん」と唸る。

「一番最初よりずっとマシよ。もうしばらく、この着物で練習しましょ。」

 そう言われたのを合図に、都は和装を解く。小物類をまとめ、長着と帯をハンガーにかけたところで、冴に呼ばれた。

 ダイニングテーブルにつくと、ほうじ茶の香ばしい香りに脱力する。

 マグカップに口をつけ、ほーっとため息。

 テーブルの上の専用クッションにちょこんと座ったコギンも、恐竜柄のマグカップに顔を突っ込んでいる。都が茶菓子のカステラを渡すと小さい手で受け取り、匂いをかいでからかぶりつく。

 都もカステラを頬張りながら、

「すごく運動した感じ。」

「筋肉痛にならなくなっただけ進歩ね。最初の頃は悲鳴あげてたじゃない。」

「だって、あんな背中まで手、届かない。」

「指先使うのはボケ防止にいいんだって。けど、この調子だったら訪問着(ほうもんぎ)も仕立て直すかな。」

「そういえば、どうしようって言ってたよね。」

「加賀友禅があったんだけど、大柄で都ちゃんの趣味じゃないと思ったのよ。でもこの先成人式もあるから、直しといていいかもしれない。」

「成人式ぃ?」思わず声を上げる。

「まだまだ先だよ。それに、出るかどうかもわかんないし。」

「写真だけ撮るっていうのもありでしょ。」

「なんか、企んでる?」

「まさか。ただ、朝子(あさこ)が生きてたらそれくらいはしたでしょうね。」

「お母さん?」

「たぶん、自分が撮りたかったんだろうけど。七五三のときもうるさかったから。」

「そうなの?」

「そおよ。ちゃんとお祝い事はしないと、って言って。」

 意外だった。

 確かにそういう節目のお祝いをした記憶はあるが、てっきり冴の主導かと思っていた。

三芳(みよし)さんが発掘した写真、ほとんどそういういう節目の記念写真なのよね。やっぱり娘の晴れ姿残しておこうと思ったか、誰かに見せようと思ったか。」

「誰かにって……誰に?」

「あたしが知るわけないでしょ。」

 うーんと都は思案する。

「思いつくのは……大叔父ちゃんだけかなぁ……」

「ああ。朝子の父親の弟って人。」

「親戚で会ってたの、大叔父ちゃんだけ。でも……」

 母親が亡くなって、もともと行き来のなかった親戚とは事実上疎遠になり、それに転居先の住所は知らせていない。

 心のどこかで気にしていたと、冴も気付いていたのだろう。

「どっちにしろ年が明けたら連絡するつもりだから。葬儀に来なかったのは理由があるんだと思うし、あんまり心配しなさんな。だって朝子が頼りにしてた叔父さんでしょ?」

「いろいろ……ごめん。」

 結局、冴に頼ってしまう自分がもどかしい。

「いまさら遠慮しない、って言ってるでしょ。それより香織(かおり)のオープニング、行くわよね?」

「あ、うん。平日だから学校から直で行くつもり。香織さん、東京に来るの久しぶだよね。最後に会ったの、それこそお母さんのお葬式だったから。」

「東京での展示会が久しぶり。義理の両親が入院したりで、あいつも忙しかったみたいだし。」

 冴はパソコン机に手を伸ばし、置いてあった個展の案内状を手に取った。

 鴨田香織(かもだかおり)は冴と母の大学時代の同級生で、今は他県に住んでいる。学生時代からの専攻の染織(せんしょく)を結婚後も細々と続け、今は地元で教室を開いたり作品展をしているらしい。もちろん都のことも小さい頃から知っており、個展の案内状にも「お二人でぜひ!」と手書きで添えられていた。

「今頃、死に物狂いで梱包(こんぽう)してるわよ。昔っからギリギリまで作業するんだから。」

「学生時代の友達って、隠し事できないんだね。」

「まぁね。ただあたしと香織と朝子は学部が全然違うから……」

「それでどうして仲良くなるんだろ?」

「奨学金の手続きで顔あわせたり、あと単位落として再履修した一般教養が一緒だったわね。」

「単位……落としたんだ。」初めて聞く事実に、都は苦笑する。

「朝子はそのときもう両親を亡くしてたし、あたしも母一人だったでしょ。香織も父親の再婚を機に独立した頃だったのよね。」

「みんな(たくま)しいよね。」

「都ちゃんだってそうでしょ。立派に男捕まえて。」

「その言い方やだ。」

「だって本当じゃない。」

「まさか、香織さんにもそう説明した……とか。」

「さすがにそこまでひどい言い方しないわよ。」

「ほら、ひどいって認めてる。」都は唇を尖らせる。

「ただ、卒業したらお嫁に行くってことは言ってあるから、何か言われたら対処しなさいよ。」

「それは……その通りだから……と。」

 コギンが鳴いたので、慌ててテーブルの端に置いてあった携帯を手に取る。間髪入れずにメールの着信音。

「ええと、波多野(はたの)くんだ。さっき流した写真展示のスケジュールの返事……」

「都ちゃんから発信したの?」冴が驚いた表情(かお)をする。

「うん。三芳さんと打ち合わせしたから、忘れないうちに知らせようと思って……後でまとめて返事するかな。」

 ぱちんと携帯を閉じ、一人ごちるように頷くとカステラに手を伸ばす。

「もう一切れ……多いから半分コギンにあげるね。」  

 コギンが「きゅう」と鳴く。

「えー、お茶も欲しいの?」

 しょうがないなぁ、と立ち上がり、冴を振り返る。

「冴さんもいる?」

 そうね、と頷く。

「ちょっと待っててね。」

 そう言ってシンクの前に立つ都の後姿に、冴はそっと呟く。 

「やっぱ都ちゃん、逞しくなったわ。」

次回更新は金曜日です

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