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第五話

 一族の議会が置かれている「聖堂(せいどう)」は、かつて黒き竜を退治した英雄ガラヴァル兄弟の弟、小ガラヴァルが建てたと伝えられている。

 ガッセンディーアが街の姿になる以前の話で、当時はぐるりと円形の壁で仕切っただけの簡素な姿だったらしい。

 その中心に柱を建て、(ゆる)やかな弧を描く屋根をかけたのはガッセンディーアという国ができた頃。外から見ると真っ白な球体を半分に切って置いたような形をしている建造物は、その姿と英雄伝説も相まって、今では他国の人も訪れる名所のひとつになっている。

 と、いっても普通の人が入れるのは、二層まで吹き抜けになった広場の部分のみ。弧を描く天井がほのかな光を放つその場所には、壁際にいくつかの展示室と、二階の回廊に登る階段、その先の回廊に沿って一族の歴史を集めた書庫が設けられている。入って正面に目を向けると、中庭を囲むように屋根を支える太い円柱が立っており、その向こうには竜の発着する中庭を望むことができる。

 そもそもここは一族の砦であると同時に小ガラヴァルの墓所であった。否、墓所であるのは現在も同じで、この建物の地下深く、誰も立ち入ることができない場所に「英雄の書」と呼ばれる彼が記した記録と共に葬られているという。不確定な噂のように語られているのは、誰も見たことがないから。その場所に足を踏み入れることができるのは一族を束ねる長老職だけなのである。

 それとは別に英雄ガラヴァルが黒き竜を封じ込めた「リラントの瞳」も、聖堂の奥深い場所に保管されている。

 聖竜リラントは大ガラヴァル、小ガラヴァル兄弟の盟友であり、空の民を束ねる(おさ)で、その姿は白く、瞳は美しい緑であったと伝えられている。その瞳をくりぬき、黒き竜の魂を封じるようにとガラヴァル兄弟に託した。

 そんな由来もあり、竜の化石の中でも緑のものは「守り石」として一族に珍重されているのである。実際、リュートが首から下げている竜隊の認識票にも埋め込まれているし、公式の場に身につける「印」と呼ばれる指輪にも埋め込まれている。

 そんな「印」を身につけた評議会議員が集うのは中庭を挟んだ更に奥。普通の人は立ち入ることのできない議員の執務室が並ぶ場所である。当然、入り口には検問が設けられている。

「これは……珍しいのが来たもんだ。」

 リュートと同じ竜隊の制服を着た男が言った。

 濃い茶色の髪は綺麗になでつけた末、竜隊の多くがそうしているように首筋で束ね、緑の瞳はつまらなさそうにリュートを見据える。

 まったく、とリュートは心のうちで呟く。

 モリス・ラダンが昔から自分を気に食わないのは承知している。その原因が何かは知らないが、少なくとも士官学校で同級だったときから十年以上。

 それに対してどうこう言うつもりはまったくない。彼が自分を嫌っているなら付き合わなければいいだけの話。しかしこの場所に彼がいることには、多少の文句もいいたくなる。

「また、ばっさり切ったもんだな。田舎じゃそういう髪型が流行ってるのか?」

 英雄ガラヴァルに連なる家系のラダンは、常にリュートのことを田舎者扱いする。もっともラグレスの家があるのはガッセンディーア近郊の小さな村なので、否定するつもりはまったくない。ただ、その言い方と細かさに問題がある。

「そういえば、昇進したんだったな。」

「そっちは辺境に島流しになったんじゃなかったのか?」

「ただの出向だ。それよりガイアナ議長と約束がある。」

 ガイアナの名前が効いたらしい。ラダンは背後の机に控えているもう一人の男を振り返る。

「リュート・ハヤセ・ラグレス、だ。所属はガッセンディーア駐屯分隊。」

 男は手元の一覧表を見て頷いた。

「議長より連絡をいただいてます。」

「だそうだ。」 

 男に促され、リュートは自分の名を記帳する。

「帰るときも手続きが必要か?」

「おれがいれば何も言わずに追い出す。小さいのは一緒じゃないんだな。」

銀竜(ぎんりゅう)は外に待機させてる。」

 文句ないだろう、と行きかけたそのとき。

「ああ、ちょっと待て!」

「まだ何かあるのか?」

 振り返ったリュートに、ラダンがすばやく近づいた。声をひそめ口早に言う。

「お前、オーロフの令嬢と知りあいなのか?」

「オーロフの令嬢?」とっさに何のことかわからず聞き返す。

「ネフェル嬢だよ!」

「ああ、ネフェルか。」

「知り合いなんだな?」

「俺よりも彼女のほうが仲がいい。」

「彼女?何の彼女だ?」

 どうやらラダンには自分の噂は届いていない……というか、聞く気もないのだろうと察する。

「俺の婚約者だ。二人は親友といってもいい。」

「ああ、なるほど……」そこまで言ってラダンは気付く。

「婚約者?お前に婚約者?」

「もういいだろう。約束に遅れる。」

「待て!婚約って結婚するのか?」

「契約の儀も決まった。」

「ちょっとまて!それは……」

 わめくラダンをその場に残し、リュートは足早に奥に進む。待ち構えていた秘書官に案内されたのは評議会議長、キルフェガ・ガイアナの執務室。

「遅れて申し訳ありません。」

 ラダンの奴!と言いたいのをぐっと飲み込む。

「こちらもたったいま一段落したところだ。」

 薦められるまま、打ち合わせ用の低い椅子に腰を下ろす。

 ガイアナは現長老の右腕として名高いが、何より竜隊出身で未だに同胞と空を駆ける乗り手であることが支持されている。緑の瞳に白髪を束ねた姿は堂々としていて、明瞭な声で秘書にいくつか指示を出すと、ようやく自身も腰を落ち着けた。

「フェスは一緒ではないのか。」

「外に待機させてます。また昔のようにどこかに入り込むと厄介なので。」

「しかしあれは、君たちが子供の頃の話だろう。」

「先日、(こんやくしゃ)の銀竜も勝手な動きをしたらしくて……」

「それは初めて聞いたな。他の銀竜では聞かないが……よほどラグレス家の銀竜を惑わせる何かが聖堂にはあるのかね?」

「それは銀竜に聞いてみないとわかりません。」

「そうだな。ところで報告書は受け取ったよ。クラウディア・ヘザースが休暇中なのでセルファ・アデルが届けにきてくれた。」

「休暇……それで見かけなかったのか……」

「神の(とりで)で調査中のご主人を迎えに行ったらしい。」

 ああ、とリュートは納得する。

神舎(しんしゃ)も協力的で、予備調査はほぼ予定通りに終了したと報告を受けている。もっともあれが英雄の書かどうかは、調べないとわからないがね。それで、例の気配を感じたそうだが。」

「ほんの一瞬。その後はまったく……」

「君の彼女は何も感じていないのかね?」

「何かあれば、自分に言うはずです。」

「そうだな。それにリラントの瞳は緑のままだ。」

 その言葉にリュートは肩の力を抜く。

「それと君の当時の証言を読み返してみたんだが、奴は君を竜騎士と認識していた。それは間違いないな。」

「はい。それに門のことも知っていました。むしろ……それが目当てのような感じを受けたというか……」

「これは想像だが、君を試しているということは考えられないかね?」

「それは……門をくぐるためでしょうか?」

「それは黒き竜の魂に聞いてみないとわからない。ただ気になったのは、奴が君を竜騎士と呼んだこと。竜隊もしくは軍人と我々が呼ばれるようになったのはここ百五十年の話だ。」

「そういえば……確かに門が機能していることを知らなかった風ではある。ということは、封じ込められた時間で止まっていた?」

「黒き竜の魂だけなら闇雲(やみくも)に門を狙うかもしれないが、依代(よりしろ)が人であるなら自ら考え、行動することができる。カズトの話だと門は簡単に人目に触れる場所でないようだし、それに今は君も傍で見張ってる。」

「状況的に考えたら……そうか。」リュートは納得する。

「もし奴が突破口(とっぱこう)を狙っているんだとしたら……」

「より注意するよう、父に伝えておきます。」

 ガイアナは頷いた。

「そもそもどうして奴が復活したのか……誰かが復活の呪文を唱えたのか……手がかりがあればこちらも動きようがあるが、何もない。我々にできるのはせいぜいリラントの瞳を見守ること。もちろんそれは君のせいじゃない。そういえばケイリー書記官から連絡は行ったかね。」

「さきほど受け取りました。しかしなぜ急に?」

「銀竜が関わった事件を君が知りたがっている、と聞いたらしい。」

 それは前回帰省したとき。ガッセンディーア公安隊に所属する幼馴染と会話したことが発端だった。彼が出会った銀竜の巻き込まれた事件話を聞いて、従兄のセルファ・アデルに「他にもこんな事件があるのだろうか」とこぼしたのは覚えている。けれどそれはまったくの興味本位。ただラグレス家が代々銀竜を守る家だけに、聞き捨てておけなかっただけ。

 それがどうして議長に伝わっているのか……。

「クラウディア・アデル・ヘザースがケイリー書記官に話したらしい。」

 リュートの従姉クラウディアは同じ竜隊の所属ではあるが、議会に常駐していることが多い。書記官と顔を合わせる機会もあるだろうし、挨拶代わりにそんな話をしてもおかしくない。

「クラウディアは世間話のつもりだったのでしょう。きっと。」

「だが、ケイリーは思うところがあったのだろう。彼は君が出向先で何をしているか知っているし、身体が万全ならもっと協力できるのに……と日頃からぼやいている。」

「そのお気持ちだけ充分です。」

「そう言っておいたよ。しかし十年前のオーロフの件といい、優秀な人間に限って災難に会う。いや災難ではないな。災厄……だ。」

「結局……あの事件はどうなったのでしょう。」

「犯人は一族への不満を持つもの……というのが公安の結論だ。だが、そういう証拠も証言も出てこなかった。尻切れトンボがどうなったのか……公安のどこかに記録があるはずだ。」

「場所が場所だけに、てっきり軍が調べたのかと……」

「制限つきで長老が公安に許可した。そうせざるをえなかった。にもかかわらずあの件でガッセンディーアの議会から聖堂の治安は大丈夫なのかと再三問われた。犠牲者を出したこちらこそ被害者なのに、だ!そもそもこの地に古くからいるのは我々のほうだ。何もない北のこの場所を拠点とした小ガラヴァルの苦労があるから、今がある。それに地上の民だけが世界の全てではない。同胞、銀竜、それに門番もしかり。」

 ガイアナの力説にリュートは口を挟む余地もない。

「だが、評議会の中にはそれを理解しない輩も多い。それどころか一族のあり方は古臭いと言い張る議員まで出てくる始末だ。少し前ならそんな意見に耳を傾ける者などいなかった。確かに門も門番も存在を公表することはできないが、そういうものが守られてこそ、我々の今があるのだ。」そこまで言って、ガイアナは我に返る。

「これは……喋りすぎたな。」

「いえ……」

「どうも君を前にしていると、カズトと話している気になってしまう。」ガイアナは苦笑する。

「今言ったのはただの年寄りの愚痴だ。忘れてくれ。それよりも契約の儀のことだが……」

 それからしばし、事務的なやり取りが続く。

 一通りの打ち合わせを終え立ち上がったリュートに、ガイアナは念押しするように言った。

「この先も私は門番を支持するし、力になると決めている。門は世界の均衡を守るためには必要な存在だと確信している。それに君やカズトを見れば、門番が一族の血筋であることは明白だ。それを証明するものがないから何ともいえないが、もし英雄の書にでもしたためられていたら、私はそれを公表することを提案するだろう。」

 どう返答してよいのかわからず、目礼してその場を辞す。

 部屋の外に出ると、来たときと同じように秘書官が議会の入り口まで案内してくれた。礼をいい、検問の外に出ようとしたそのとき。

「失礼。もしかして君、ラグレスの当主かい?」

次回は日曜日更新です。

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