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第四話

 竜が羽ばたいた。

 ふわりと上昇すると、向かいから来た風に身を任せる。

「いい風だ。」

 リュートの声に呼応するように、竜が短く鳴いた。

 竜の(うろこ)にしがみついている白い小さな竜も鳴く。

 後ろを振り返ると、彼らを追いかけるように飛んでいる竜が目に入る。けれどその背にしがみついている男は、空を愉しむ余裕はないらしい。

 ついて来るのがやっとの相手に向かって、リュートは大きく手を動かした。

 相手は風除けの眼鏡越しにそれを読み取ると、同じように大きく手を動かす。

 会話もままならない空の上で、昔から竜を()る者達が使っている手話である。

 リュートは(あぶみ)にかけた足を軽く竜に当て、合図を送る。

 それを受けた竜は方向転換しながら高度を下げる。

 風が耳元で唸る。やがて目の前に緑に覆われた地面がぐんと迫り、ついには見晴らしの良い丘に着地する。

「待っててくれ。」

 彼は竜に触れながら言うと、遅れて着地した竜に向かった。

「大丈夫か?」

 声をかけると、背に乗っていた革のツナギを着た若い男が飛び降りた。

 ぷはっと襟巻きから顔を出し、

「さすがに風、冷たいや!」

「文句言ってた割には飛んだな。」

「あんなに高く飛んだの初めてです!」ロンシャ・ホムスゥトは興奮気味に言った。

「それにやっぱりラグレス教官にお願いしてよかった。」

 リュートがホムスゥトの教官だったのは、彼がまだ学生だった四年前。

 当初は六歳しか違わない学生に教えるなど分不相応と断ったのだが、「むしろ年齢の近い現役の乗り手のほうが現実味があって良い」となかば押し切られる形で引き受けた。けれどその甲斐あってリュートたちが担当した生徒は、皆優秀な成績で卒業したと聞いている。

 ホムスゥトは卒業してすぐ南に配属になったが、リュートが早瀬(はやせ)の実家に出向している間に異動になり、このガッセンディーアで再会したのが三ヶ月前のこと。

 首筋で束ねた赤毛も、そばかすの浮いた童顔も変わらないが、明るい茶色の瞳はあの頃よりずっと自信に満ち大人びていた。そのとき彼に、「時間があるときに聞きたいことがある」と言われ、そして昨夜分隊で会ったときに改めて、

「飛び方を教えて欲しいんです。」と懇願されたのだ。

「もちろん基本的なことは学生時代に教えていただいたので……」

「当たり前だ。」

「でも実務だと、無難な飛び方しかしません。もう少し……あ、ほら、昔ダール教官と見せてくれましたよね。」

 そう言われて共に講師を引き受けたオーディエ・ダールと模擬的な飛行を演じたことを思い出す。

 確かに学校で教える範疇(はんちゅう)でないと合点し、翌日の午後から休暇を取る予定だというホムスゥトに合わせて、リュートも時間を都合したのだった。


 二人は竜を休ませたまま草地に腰掛けた。

 目を上げると、その先には州都ガッセンディーアの街を眺めることができる。

 一番高く突き出しているのは創造神ルァを奉った神舎(しんしゃ)の塔。そして光る川面を挟んで対角に見える、白く丸い小山のような屋根を持った建物が、竜と共に空を駆ける一族の拠り所、聖堂(せいどう)である。 

 水筒を渡しながら、リュートは今飛んだ軌跡をホムスゥトに説明した。

「無茶っていうか……突き抜けてますよね。」

「言っただろう。元々は子供の遊び。俺とダールで飛び回ってそうなっただけだ。」

「やっぱり飛行歴の差かぁ。」

 一族の家系に生まれながら、士官学校で初めて竜に乗る者も昨今では珍しくない。

「でも基本はできてるし、同胞(どうほう)との信頼関係もゆるぎない。そもそもこんな飛び方する必要はないだろうし。」

「あらゆる状況を想定しておけって……ダール教官に言われて。」

「まったく……」リュートはため息をつく。

「あいつらしい大雑把な言い方だ。」

「実際、いつ何が起こるかわからないし、ぼくだって立場的には一応先輩だし……」

「かっこいいところを後輩に見せたいか。」

「そりゃあ……まぁ……」

「今日みたいな飛び方をして危険だと察知すれば、先に同胞が回避するだろう。」

「つまり、ぼくが主導じゃなくなる……ってことですか?」

「人の判断が遅いこともある。」

「その場合……」

「同胞を信用しろ。」

 言われてホムスゥトは振り返る。

 草地に寝そべる、濃い茶色の鱗で覆われた翼を持つ生き物が薄目を開けた。尖った口から覗く屈強な歯も背中に突き出た鱗も、そして金色の瞳も、今となっては見慣れた存在。もちろん、彼等を信用しないわけではないが……

「いざ生死をかけるとなると……勇気がいりそうだな。」

「今の時代、命をかけて戦う必要もないからな。けどそれがわかってれば、どんな飛び方もできる。自信持て。」

「教官にそう言ってもらえると安心します。それにお忙しいのに付き合っていただいてありがとうございました。」

「こっちこそ久しぶりに飛んで気分転換になった。」

「フェスも付き合ってくれてありがとな。」

 ホムスゥトの笑顔に応えるようにリュートの膝にじゃれていた銀竜(ぎんりゅう)が喉を鳴らす。

 ふと、ホムスゥトが真顔になる。

「教官は今年の祭り、出ないんですよね?」

「見物には戻るつもりだが……出向先の都合次第だな。」

「残念です。」

「機会はいくらでもある。」

「でも契約の儀はこっちでするんですよね。」

「もう話が行き渡ってるのか。」

「そりゃあ、もう。婚約者ってどんな人ですか?」

「頑張り屋。それに銀竜とも仲がいい。」

「若いんですよね?」

「この間十八になった。」

「って、ぼくの二つ下?なんかずるくないですか?」

 ホムスゥトの言葉にリュートは苦笑した。

「安心しろ。そう言われるのは慣れた。」

 それからしばし補足説明を行った後、二人は立ち上がった。

「ぼくはそろそろ……明日も休暇をもらってるので、このまま実家に戻ります。」言いながらホムスゥトは耳当てのついた飛行帽を被り、風除けの眼鏡を装着する。

「実家は南に近いほうだったか。」

「はい。ガッセンディーアの端もいいところ……というか、ホルドウルとカーヘルに挟まれてるっていうか……」

「国境の守人(もりびと)か?」

「ご先祖はそうだったみたいです。だから守り竜がいたとか、実は庭に大量の武器が埋められてるとか、変な話が伝わってるんです。」

「守り竜?」

「国境を見張ってたとか。あと白い竜は幸運の印で、だから空を飛ぶときは必ず銀竜を連れていたとか、白い竜の瞳は創造神の世界さえ見通すことができるとか……おばあちゃんがよく話してくれました。たぶん、聖竜(せいりゅう)リラントにあやかってるんだと思いますけど。」

「そういう伝承の好きな知り合いがいる。そのうちまとめて聞かせてくれ。」

 はい、とホムスゥトは大きく頷いた。


 ノンディーア連合国の歴史は百五十年前にさかのぼる。

 それまで(いさか)いが耐えなかった大陸の小国……そのうち大河を境にした半分に当たるカーヘル、ホルドウル、アバディーア、ガッセンディーアの四つの国が手を組んだのがその始まりだ。それぞれの国は州となり、州都には各州の議会が置かれている。さらにガッセンディーアの州都ガッセンディーアには、大地と空を繋ぐ「一族」が構成する、五つ目の議会も存在する。その中心が古くからこの地にある「聖堂」で、そこから少し離れた街外れに近い場所にリュート・ラグレスの所属する「ノンディーア連合国ガッセンディーア駐屯分隊」の建物がある。

 分隊と名がついているがそれは本来の軍隊と区別するためで、国内に四つある竜隊の本部を兼ね備えている。もともと別組織だった竜隊が連合国軍に合併されたのは国が成立した百五十年前。しかし竜を繰るものの存在自体が特殊ゆえ、その任務も立場も通常の軍隊とは大きく異なる。むしろ連合国軍の肩書きは便宜(べんぎ)的なもの、といってもよい。

 逆にその肩書きがあるゆえ、今でも彼らは空の民と共に飛ぶことができるのである。そうでなければ人の多い州都では特に、竜が降り立つことすら難しいかもしれない。

 そんなガッセンディーアでも特例な場所のひとつ、分隊の建物に囲まれた中庭にリュートは同胞を着地させた。磨り減った石畳に下りると、竜の灰色の身体に軽く触れて労をねぎらう。

「空に戻しますか?」

「いや、水を飲ませてやってくれ。」

 革の手袋を外しながら、彼は竜を束ねる伝令班の隊員に言った。

「それともう少し飛びたいようだから、急ぎの仕事があれば任せて大丈夫だ。フェス!」

 リュートは銀竜を従えて建物に向かう。

 制服に着替えると、自分が所属している部署に足を向けた。

「生徒の指導はどうだった?」少し年上の女性事務官が出迎える。

「現役の竜騎士に俺が教えることは少ないよ。」

「飛ぶのを愉しんだみたいね。フェスも。」

 うぎゃ、とフェスが鳴く。

「それよりダールは……来てないのか。」

 リュートは友人の姿を探して仕事場をぐるりと見回す。

「今日は聖堂に寄って、そのあとワイラート家に行く予定になってる。最近は彼も議会付きの役目が多いのよ。」

「ひょっとして長老の具合、ひどく悪いのか?」

 事務官は肩を(すく)める。

「昨日は休みを取ってカーヘルに行ったらしいけど。」

「カーヘル?」呟いて思い出す。

「そういえばショウが向こうの学校だったな。」

「だから今日は彼も大忙しなんだと思う。」言いながら彼女は厚みのある紙袋を差し出した。

「不在中の連絡その他はこの中に入ってるわ。それと急がないけどこちらで書いて欲しいもの一式。」

 渡されたものを一瞥(いちべつ)してリュートは眉をひそめる。

「一度持って帰る必要があるな。結婚てのはもっと簡単にできると思ってたが……」

「他民族に対して厳しいのは悪しき習慣ね。竜隊だって今は連合国軍の一部なんだから改善されるべきだと、私も思う。」

「同情してくれる人がいるのはありがたいね。」

「当然よ。わが分隊一の竜の乗り手がようやく身を固める決意をしたんだから。祝福だって応援だってするわ。」

「その言葉、どうせダールにも言ってるんだろう。」

「彼のお相手は英雄の末裔。応援も手助けも必要ないでしょ。それ以外は、同じだけど。」そう言って相手は微笑み、

「こちらでできることは、なるべく手伝うわ。」

「助かる。とりあえず空いてる机を貸してくれ。まだ時間があるから、できる分だけ片付けてく。」

「それと……伝言が来てたのよね。」

「伝言?」

「今朝、聖堂からの連絡便で届いたの。」

 封をした紙片を渡される。

 差出人の名前を見て、リュートは首をひねる。

「必要なら返事は夕方の便に乗せるけど?」

「いや、あとで聖堂に行くから……直接自分で言付けてくる。」

活動報告にも書きましたが、「向こうの世界」では名前表記がリュート・ハヤセ・ラグレスになります。「こちらの世界」では早瀬竜杜。

面倒ですみません。

そして次回の更新は水曜日になります。ルビ振りしないと(^^;

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