第三十五話
「こうして思い起こすと、確かに私の追いかけているものと、あなたが探している突破口は同じ源にあるような気がします。
本舎は神の砦の一件以来、全国の神舎に注意を促し始めました。けれどそれは遅かったというべきでしょう。
そのことは、後日改めてお話したいと思います。そして私が故郷に戻って得たことについても。
最後に、この手紙はあなたのご子息、そしてその婚約者にも読まれることでしょう。お二人の身に起きた恐ろしく辛い出来事に、きっとあなた達は深く悩んだのでしょう。けれどもし人の行く末が神の悪戯によるものだとしたら、とても幸運な悪戯だったと思います。それは本人達自身が、一番感じているのではないでしょうか。
国の違いなど些細なこと。あなたのご子息とその婚約者は出会うべくして出会った。私はそう信じています。
そして私たちの出会いもまた、神の悪戯による必然だったと信じています。」
そこまで読んで竜杜は都を見る。
「何?」
「ここから先が、都宛になってるんだ。」
「えっ?」
竜杜は手紙を都に見せると、文字を指でなぞりながら読み上げた。
「三度目の必然に導いてくれたことも含めて、ミヤコさんには深く感謝いたします。勉強で忙しいと聞いていますが、決して無理はなさらないでください。
私の願いは再びあなたたちと見えること。そしてお二人の契約の儀に立ち会うこと。
そのときまでラグレス家とハヤセ家の皆様の安息を祈ります。竜の瞳がそなたを守らんことを。マイゼル・マーギス。」
都は膝の上で掌を握り締めた。
「感謝なんて……」
手紙であっても、面と向かって言われると面映い。それに……
「マーギスさん……ずっとずっと辛い思いしてきたんだよね。わたしなんかより……」
「辛さを比べるなんてできない。」
「そうかもしれないけど、わたしは……あのときのこと覚えてない。リュートに助けられて、みんなに助けてもらって……」
「都のおかげで、父親とマーギス司教が再会できたのは事実だ。」
「でも……」
「それに父親も、都に感謝してると言ってた。その気持ちはちゃんと受け取るべきだ。」
「受け取って……いいのかな?」
竜杜は頷く。
「それに司教さまが言っていたそうだ。もし行方不明の姪御さんが生きていたら、都みたいな女性になっていたんじゃないかって。」
「わたしみたい?」
「恥ずかしがり屋で、勉強熱心で、どこかほうっておけない……そんな子だったそうだ。アンリルーラは。」
「アンリルーラ……。」
あっ!と都は声を上げる。手を伸ばして机の上に立ててあった本を引き出すと裏表紙を開いた。そこに書かれているのは、手紙と同じ筆跡の文字。
「もしかして……これ……」
「南の古い文字で“アンリルーラへ”と書いてあるそうだ。」
「アンリルーラ……」
都は本に書かれた文字を指でなぞる。
本当だったら、彼女に贈られるはずだった本。けれどそれがアンリルーラに手渡されることはなかった。
マーギスがいったいどんな思いで、これを手元に置いていたのか……そう思ったらふいに涙があふれた。
竜杜は手紙を机の上に置くと、手を伸ばして都の頭を抱き寄せる。
「少し……辛い話だったな。」
「大丈夫。大丈夫だけど……少しだけ……」そう言って都は、竜杜の胸に顔を埋めた。
しばらくして、そっと身体を離すと「もう、大丈夫」と顔を上げる。
「わたしも、しっかりしなきゃいけないんだよね。」
「とりあえず、転ばないよう気をつけてくれれば文句はない。」
「あれは、半分リュートのせい。リュートの不安、感じたから……」
「今は?」
「リュートがそばにいてくれるから……平気。」
そうか、と漆黒色の瞳が優しく受け止める。
「なら、ついでにもう一つ話しておく。」
竜杜は足元に置いたデイバッグから紙切れを取り出すと、机に置いた。
「写真?」
駅前かどこか、商店を背景に人が写っている。部分的に引き伸ばしたのか、画像が粗い。
「栄一郎さんが携帯で撮影したのを、プリントしてもらった。」そう言って写真の中の一人を指差す。
「たぶん、黒き竜を宿した男だ。」
言われて都は不鮮明な写真に目を凝らした。
「髪……黒い。それになんか感じが違う。」
「髪型服装で雰囲気はいくらでも変えられる。」
「そういえば、リュートも髪が長かったときは職業不詳だったもんね。」
「髪を切ったとたんに凄く普通、と言ったのは誰だ?」
「それ、忘れていいよ。」
「都が言ったこと、忘れるわけないだろう。それより、奴はこの辺りを頻繁にうろついてるはずだ。気配を感じないうちは何もしないと思うが……」
「今は部活ないから、遅くなる日はそんなないし、冴さんも凄く遅い日少ないから……」
「人が感じないことも、銀竜が感じ取ってくれるだろう。」
「でも、フェスもコギンも向こうの世界みたいに自由に動けないんだよね。」
それはつまり、一番頼らなくてはいけないのは自分の勘ということ。
「何か感じたら……」
「ちゃんとリュートに言うよ。それと、不安だったら……」
「学校くらいなら迎えに行く。」
「それはそれで……ちょっと緊張するなぁ。」
うーん、と都は考える。
「とにかく奴の目的がわからないうちは、こちらも迂闊に手出しできない。」
「門は……大丈夫なの?」
「守りの中心にあるから。」
「マスターも言ってたけど、守りってコレみたいなもの?」都は胸元のネックレスに触れる。
「詳しいことは俺も知らない。」
「やっぱりリラントに関係あるのかな?そういえば、さっきの手紙の最後……竜の瞳って……」
「竜の瞳がそなたを守らんことを、か?」
「それ。神舎で使う言葉じゃないよね?」
「南の地方で使う慣用句だそうだ。マーギス司教のいた村は、古い言葉を使うことが多かったらしい。アンリルーラというのも、豊穣の姉妹の長女の南での呼び方と言ってた。」
「豊穣の姉妹?」
「もらった本にあっただろう。空歌い。」
「あ。」
思い出す。
「でも名前なんてなかった。“空を歌う乙女”だったよ。」
「子供向けの本だから。」
「大人向けの本だったら名前まで載ってるの?」
「それは……父親に聞いておこう。今の共通語だとアルラ、という呼び方になるらしい。」
へぇ、と都は目を丸くする。
「そういう違いってあるんだ。でもアルラってなんか聞いたことあるような……ないような……」
なんだっけ、と都は首をかしげる。
「本で読んだのか、それとも誰かに聞いたのか……」
そこまで言って「そっか」と思い出す。
「夢で、呼ばれたんだ。」
「夢の中で出てきた名前とは……不確かな話ですね。」
照明を落し気味にした早瀬家の居間で、セルファ・アデルが言った。
彼がやってきたのは例によって店を閉めた後の時間。いつもは店でそのまま打ち合わせをするだが「今夜は冷えるから」と、早瀬が母屋に引っ張ってきたのである。
セルファの道標となったルーラも水をもらい、フェスと共に和室でくつろいでいる。
「マーギス司教にいただいた本の影響でしょうか?」
「都がその夢を見たのは、神の砦に行ったときらしい。」
「そういえば、以前も言ってましたね。あの砦で、ミヤコが何かを感じたとか。」
「ゲルズに襲われたとき、黒き竜と同じ感覚があった……と言ってた。」
「彼女はそういうものに敏感なのでしょうか。こちらの世界でも、目に見えないものを感じ取る人たちはいるのでしょう?」
「いるだろうが、都がそういう能力に長けているとは思えない。」
ふうむ、とセルファは腕組みする。
「返す返すも、彼女のご両親に話を聞けないのが残念です。」
「いまさら彼女の出自を気にするのか?」
まさか、とセルファは笑う。
「むしろミヤコ以外、銀竜も含めてあなたの相手ができる女性なんかいませんよ。そうではなく、銀竜を受け入れた気質がご両親から引き継いだものなのか、と思っただけです。別にリュートに問題があるなんて言ってません。」
「言ってるじゃないか。」
「あるいはあの土地が見せたのかもしれないね。」
早瀬がコーヒーテーブルに大きな皿を置きながら言った。
乗っているのはバゲットに切れ目を入れて肉と野菜を挟んだサンドイッチ。
「セルファが持ってきてくれた、ケィンの燻製肉だよ。残った分は、明日にでも都ちゃんとこに持っていくといい。」
「伯父上、コーヒーはたっぷりでお願いします。」
「苦くて妙な飲み物とか言ってなかったか?」と、竜杜。
「そうでしたっけ。それより土地が見せるとは?」
「神の砦はもともと竜の遺跡の上に建てられたものだろう。それだけ大気が安定してる場所だったら、そういう不思議なこともあるんじゃないかと思ってね。」
「けど、夢は夢だ。現実じゃない。」
「そうだね。でもこちらの世界で生まれ育った僕から見たら、空の民がいる向こうはそれだけで特別な場所だ。だから、そうやって土地の記憶が伝えられてるんじゃないかと思ってしまうんだ。」
「土地の記憶……ですか。」
「メラジェが神の砦を調べてるから、そういう話が出てくるかもしれないね。」
「メラジェに直接聞くのは気がひけますが……」セルファが深いため息をつく。
「セルファはヘザース教授と仲が悪いのかい?」
「そうではありませんが、どうも避けられているというか……その辺は、クラウディアに聞いておきます。」
その先はセルファが持ってきた書簡や書類、そして早瀬からセルファに託けるものの説明と打ち合わせになる。
その最中、竜杜が思い出したように立ち上がった。
「分隊長への伝言を忘れてた。」
すぐに一筆書き上げると言って、その場を離れる。
「珍しいですね。リュートが何かを忘れるなんて。」
「こちらに戻ってしばらく、大変だったみたいだから。」
「もしかして黒き竜が何か?」
眉をひそめるセルファに、早瀬は手を振った。
「そうじゃなくて、どうも都ちゃんとケンカしたらしい。」
は?とセルファは目を剥く。
「ケンカ……ですか。」
「うん。」
「伯父上、なんだか嬉しそうですが。」
「竜杜が人と真っ向からぶつかるなんて、滅多にないから。」
「そういえば……」
「僕のせいで、わがまま言いたい盛りの頃から無理強いさせてしまったから。そんな風に、自分の気持ちをぶつけられる人ができて良かったと思ったんだ。そういう意味では、君にも無理強いと面倒をかけてすまないと思ってる。」
いいえ、とセルファは首を振る。
「ハヤセの家を手伝うのは父の意向ですし、それに評議会に繋がる役目を担うことは、私も誇らしく思ってます。」そう言ってから「そうだ」と思い出したように呟く。
「伯母上から伝言です。今度伯父上が戻ったら話す。そう伝えてくれ、と。」
一瞬、早瀬が驚いた表情をしたのは気のせいか。けれどすぐにいつもの優しい笑顔で、「わかった」と頷く。
「しかしそうすると、もう一度ラグレスの家に行かなきゃならないか。」
「億劫ですか?」
「そういうわけじゃないが、何度も迎えに来てもらうのが申し訳なくて。」
「そろそろルーラをこちらに戻してもよいのではないですか?コギンも無事に孵ったことだし、道標になる銀竜は他にもいますし。」
「都ちゃんがこの家に来たら、そうするつもりではいるよ。でも今はまだ、このままでいいかな。」
わかりました、とセルファは頷く。
「決めるのは、門番たる伯父上の役目です。」
「すまないね。」
「ひとまず。伯父上の都合がついたら迎えに来ます。」
どうにか更新です。そして本編残すところ二話となりました。
ひとまず次回の更新は予定通りの土曜日。ただし時間は未定になります。ここのところ出張ることが多くて・・・すみません。




