第三十四話
「バセオは薬師の見習いで、医術の勉強もしていました。それで骨格とか人種的な特徴を見る癖がついていたらしい。背格好は確かに似ていたが、何かが違うといって譲らなかった。」
「いったい誰だったんでしょう?」
「わかりません。けっきょく頭も見つからなかったし、行方不明の子供も……それに本舎はノイゼット司祭が死んだという内容を受理しました。」
「それはつまり……」
「それ以上追求するな、ということだったのでしょう。そしてあの村も流行病ということで、何人も住まないように言われました。」
「神舎がそこまで言うの、なんだかおかしいですね。」
「ある筋に探りを入れて、すぐに理由はわかりました。ノイゼットは自らあの村にやって来た。それは禁を犯したことが、発覚するのを恐れたからなんです。」
「つまり逃げてきたってことですか。でも禁って?」
「具体的に言えば、禁書を持っていた。」
「それ……まさか……」
「呪術を記した本だと知ったのは、随分後になってからです。本来なら本舎で裁かれるところを、どういう手口を使ったのかまんまと逃げていた。」
「では辞令はその司祭の偽造?」
しかしマーギスは答えず、手の中の杯を覗き込む。
「これも美味しいが、先日カズトと飲んだ古酒は最高でしたな。ぜひまた飲みたいものです。」
「それは……」
今ここで詳しいことは話せない。けれど彼は小さな村に逃げ隠れた司祭について何か知っていて、そのことをいずれ話すつもりでいるのだと、トランは察する。
「ガッセンディーアに戻ったら、セルファに催促しておきましょう。」
そう言ってから、トランは「あれっ?」と声を上げる。
「そういえばアデル商会にマーギスさんの手紙を持ってきてく下さった修士の方……」
マーギスは苦笑する。
「ええ、彼がバセオです。彼はまだ若かったし、テマイヤ叔母から優秀だと聞いていたので反対したんですが……それでも結局、神舎に仕える道を選んでしまった。」
それもまた、その件に関係しているのだろうか。
「そういうことも含めて、あの数年は大変でした。」
「それは……心中お察しします。」
「でも悪いことばかりでもなかった。ルーラを連れたカズトが、神舎に道を尋ねて来たのもその頃ですから。そのとき初めて銀竜を見ました。伝説でしか聞いた事のない生き物が目の前にいる、しかも美しく賢くて……あのときは自分の身の上など忘れましたよ。」
そのしばらく後。墓参りに訪れた村の墓地で、二度目の偶然に出会ったのだ。
もし、見ず知らずの人であったら警戒しただろう。相手も驚いた表情で自分を見ていたことを思い出す。
「あなたは……以前神舎にいらした……」
「そうだ!どこかでお会いしたと思ったんだが思い出せなくて……」
「あのときは、服装も違っていましたからね。それよりなぜこんなところに?」
いぶかるマーギスに男は古い集落を探しにきたこと、けれど道がわからず、かろうじて道らしきものを辿ったらここに出たことを説明した。
「以前は人も住んでいましたが、数年前に疫病で随分亡くなりました。残った人も皆、麓の村に移住したので道がなくなったのです。」
やっぱり、と相手はうなだれる。
「情報が古かったかぁ。司祭さまはお仕事で?」
「ただの墓参りです。両親と……弟夫婦の……」
「それは……邪魔をして申し訳ない。」
いいえ、とマーギスは首を振る。
「むしろ外の人が来て、喜んでいるかもしれません。」
そういえば、と相手は空を見上げる。
「静かですね。」
「え?」
「鳥の声もしないし……ああ、そうだ!」男は何かを思いつくと、担いでいた荷物を足元に下ろし、何かごそごそ引っ張り出す。
掌に載せて差し出したのは、紐を十字にくくった布の塊だった。
「中に花の種が入ってます。ここに蒔いてもいいでしょうか?」
「花……ですか?」
なにをどうしたらそんな台詞が出てくるのか。
すると男はマーギスの隣に立ち、墓石に向かって奇妙な仕草をした。目を閉じ、その前で両掌を合わせたのである。
あっけにとられるマーギスに、男は言った。
「僕の国では、こうやって祈りをささげるんです。もちろん敬う神は違いますが、亡くなった人を悼む気持ちは同じです。だから……もし頻繁に来られるなら花を手向けることもできますが……ここに来るのはさすがに遠い。だったら、大地に花を手向けてもらおうと思って。」
「花の種?」
それまで竜杜が読むのを黙って聞いていた都が、思わず声を上げる。
「ええと、旅行に行くとき持ってく習慣がある、とか?」
「そんなわけないだろう。」
「じゃあなんで、マスター持ってたの?」
「カルルの仕業らしい。」
竜杜もそのくだりを不思議に思い、父親に尋ねたのだ。
「父親の話だと、途中で荷物の底に何かが入ってるのに気付いたらしい。それで調べたら花の種が入ってた。」
思い当たるのは当時も今も、銀竜のカルルしかいない。
「それは……わたしもカルルにやられたから、なんとなくわかる。」
ラグレス家で都が使っている部屋に、気がついたら両手いっぱいでも余るほどの花の種が持ち込まれていたのだ。庭師いわく、銀竜が気に入った人に贈り物をしていると言うが、発見したときの驚きといったら……。
「マスターもびっくりしただろうな。でもカルルの贈り物が、本当に贈り物になったってことかぁ。」
「花が咲いたとはどこにも書いてないが。」
「きっと咲いたよ。だって、カルルの贈り物だもん。」
「今度、聞いておこう。ええと……そのときの出会いで、あなたは『三度目の必然があったら、お互い自己紹介しましょう』と言いました。そのとき私は、神の意思がない限りそんな偶然が起こるはずない、と答えたと思います。あなたは微笑んでその言葉を肯定し、言いました。『確かに三度目があるかどうかなんてわからない。これが二度目で最後かもしれない。それがわからないから……だからこそ面白いと思いませんか?』と。
その言葉は、先の見えない不安を抱えていた私には衝撃でした。わからないことが面白い。よほど楽天家か、それとも自然に寄り添った宗教を持つ人か。あなたが空の民、もしくは一族に近しいのではないかと思ったのは、そのときです。結果それが正しかったことに、満足しているのは言うまでもありません。
それに神の砦であなたのご子息と出会ったとき、ふいにあなたの言った言葉を思い出したことも……」
「リュート、何か変なこと言ったの?」都が首をかしげる。
「そんなつもりないが……」竜杜は手紙の文面を目で追いかけ「ああ、」と呟いた。
「やっぱり言った?」
「そうじゃない。あのときは、まさか都が向こうに来ると思わなかったし、それでフェスが命拾いしただろう。そういう話をしていたらマーギス司教が、都が何か見えない力に引き寄せられて来たんじゃないか、というような話をして……それで言ったんだ。」
「なんて?」
「そういう言い方をするなら、都と出会ったことが偶然以上のものかもしれない。」
ええっ!と都は声を上げる。
「マーギスさまに、そんなこと言ったの?」
「いけなかったか?」
「だって意味深っていうか……なんでそういこと、さらっと言っちゃうの?」
「なんで……って……」
竜杜は上体をかがめると、都の耳元に口を寄せた。彼女に聞こえるほどの音量で何事か囁く。
みるみる都の顔が赤くなる。
「だっ、だから!そういうこと……」
「本心なんだから、仕方ないだろう。なんなら毎日言おうか?」
「い、いいっ!恥ずかしいから……その……ときどきで……」
わたわたする恋人の様子に、竜杜はくすりと笑う。
「了解。」
そう言って彼女の頬に軽くキス。
「もぉ……」と都は唇を尖らせるが、心の内ではちゃんとわかっている。
マーギスの告白に沈みがちな気持ちを、和らげようとしてくれたことを。
「続き、読んでもいいか?」
こくんと都は頷く。
「……ちょうどその頃、ガッセンディーアへの辞令が下りました。地位としては昇進でしたが、上が私の詮索を疎ましく思った末の辞令だったのだと思います。」
「実際ガッセンディーアへ来たら、こちらへ帰る暇などありませんでしたから。」マーギスは手酌で酒を注ぎながら苦笑する。
「それに赴任した日に、神舎の塔の上から竜を見て思ったんです。むしろガッセンディーアの司祭になったことは名誉ではないか、と。」
「その気持ちわかります。ぼくもガッセンディーアの大学に入ったとき、飛んでいく竜にすごくわくわくしました。」
「ええ。さきほどあなたが言ったように、あそこは聖堂と神舎、神と人と空の民が同居する稀な場所です。左遷であっても、私にとっては小さい頃から聞いた伝承が息づく願ってもないところ。ならば方法を変え、堂々と情報を入手できるよう、あらゆる方面の信頼を得ようと決めたんです。」
「その結果が、司教さま……ですか。」
「まさか!」マーギスは灰色の瞳を丸くする。
「もちろん名誉なことだと思っていますし、私を選んでくれた人たちに感謝しています。ですが本音を言えば予想外といったところでしょう。」
「その地位が夢という人が聞いたら、驚くでしょうね。」
「私の夢は……アンの、姪の行方を知ること。夢の中であの子が私を呼ぶんです。けれど私はあの子の手を掴むことすらできない。」
それは夢の向こうで何度も繰り返される別れ。
闇に飲み込まれる小さな手。そして自分を呼ぶ遠き声。
「六才になったばかりの女の子が、自分の意思で姿を消したとは思えません。何かに巻き込まれたと思うべきでしょう。もちろん、無事である保障はありません。でも……もしも死んでいるなら、せめてちゃんと両親の元に葬ってあげたい。万が一にでも生きているなら……」マーギスは手元をじっと見つめる。
十六年間秘めてきた思いを、今まで口することはほとんどなかったのだろう。
トランも話を促すことなく、黙って傍らで酒をちびりとやる。
ややあって、マーギスが口を開いた。
「神は……」
「え?」
「神は……どこまで見ているのでしょう。祈りは……海も空も……それに世界も越えることができるのでしょうか。」
一瞬の沈黙。
そうですね、とトランは呟く。
「ぼくは……そう、信じてます。というか、子供たちに聞かれたらそう答えると思います。」
向けられた笑顔に、マーギスは一瞬虚を突かれる。
けれどつられるように、微笑んだ。
「わたしもですよ。カゥイ先生。」
補足的ですが、竜杜とマーギスさんのやり取りシーンは三作目「白き翼の盟友」の後半に出てきております。そしてタイトルは今回のエピソードが由来になってます。
なんだか伏線いっぱいですみません。
そして次回の更新ですが、火曜日を予定しています。
なんだか定まらない更新ですが、よろしくお願いいたします。




