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第三十二話

「んっとーに、申し訳ない!」

「かまわねーよ。」

 勢いよく頭を下げる西和臣(にしかずおみ)に、波多野大地(はたのだいち)はつまらなそうに言う。

「別にオレが困るこた一つもねーし……ってか、西のほうが参ってんじゃねーの?」

明里(あかり)さん、今日お休みだったよね。メールしたら風邪って返事来たけど……」

「風邪かぁ……」

「って、篠原(しのはら)から聞いてないのかよ。」

「着信拒否中。」

 やるなぁと波多野が呟く。

 そっか、と都は息をつく。

「んでも、それ聞きたくてオレら呼び出したわけじゃねーよな。」

「都さんに用あったんだけど、逃げ出されても困るから。それに、この面子(めんつ)なら怪しまれることないだろ。」

「少なくとも、痴話げんかの仲裁してるには見えないな。」

 三人がいるのは写真部の部室である。試験前なので基本的に部活はなく、他の部員も当然いない。波多野と都は「忘れ物を取りに行く」名目で部室の鍵を借りたのだが、こうやって椅子に座って写真部員と演劇部の元部長が顔をつき合せていれば、何かしらの相談をしているように見えるのは確か。

「なんか西くんが弱気なの、珍しいよね。」

「そりゃーおれだって繊細な年頃男子なわけで……」

「それよか木島(きじま)に用って、何さ。」

「すっげ失礼なこと聞くけど……」

「自分で失礼って言っちゃうんだ。」

「都さん、父親に会いたいって思ったことある?」

 唐突過ぎる質問に、都はきょとんとする。

「明里さんから、都さんのことは聞いてる。波多野も幼馴染で全部了解してるってのも。でもやっぱ、気ぃ悪くした?」

「えと、それは全然平気。」ぱたぱた手を振る。

「でもそれと明里さん、関係あるの?」

 んー、と西は腕組みして天井を仰ぐ。

「おーい。そこで考えるなー。」波多野が呆れる。

「大体、お前んとこ弟込みで家族四人って言ったじゃん。父親いるだろーが。」

「父親と母親、再婚同士。」

「えっ?」

「っていっても父親に子供いなくって、母親がおれ連れて再婚したの四歳んとき。今の父親とは養子縁組してるし、おれもほぼ実の親だと思ってる。」

「ちなみに本当の親父さんは?」

「おれが二歳んときに交通事故で死んだ。だから全然覚えてない。ってか、知らないっていうのが正しいんだろうな。ただおれは父親が死んでも向こうの親戚と繋がりがあって、その親戚が関西にいるんだ。」

「じゃあ向こうの大学選んだのって……」都が首を傾ける。

「向こうの祖父ちゃんと祖母ちゃんの希望もあり、おれも……ちょっとだけ実の親のこと知りたいかなぁ……なんて思って。」

「家族は何て言ってるの?」

「おれが考えて決めたことなら、反対しない。っと、弟はチビだからわかってねーけど。」西は苦笑するが、すぐに真顔に戻る。

「なんつーか……今だけかな、と思ってさ。祖父ちゃんと祖母ちゃんが死んだら、おれが向こうに行く理由なくなるし。けどそれを面と向かって明里さんとさーこに言いづらくって。だからもし都さんだったらどうするかな、と思ってさ。」

「えと……ごめん。」都は先に謝る。

「わたしも父親知らないのは西くんと同じだけど、父親の情報そのものがないから……だから会いたいとか会いたくないより、何にも考えられないっていうのが正直な気持ち。」

「もし情報あったら?」

「周りの感じによる、かな。誰も反対しなかったら、その人のこと知りたいと思うかもしれないけど。」

「お前んちの家族状況、篠原知ってんの?」

「家族ぐるみの付き合いだから、それは……」

「だったら、まんま言やいいじゃん。」

「うん。明里さん、別に西くんが嫌いになったわけじゃないと思う。逆に心配だから、話してくれないのが口惜しいっていうか、自分が信用されてない気がして拗ねてる気がする。」都は休日のフリューゲルで垣間見た、クラスメイトの横顔を思い出す。

「けど着拒なんて初めてだぜ。」

「拒否されてんの、携帯だけだろ。」

「だけ、って簡単にいうなよ!」

「明里さん言ってたけど、新しい台本作るとき、西くんから山のようなメモ渡されて、それでも言いたいことあると夜中とか朝に家のポストにメモが入ってるって。」

「写真部とブラスバンドに文化祭の協力要請したときも、各部長んとこ毎日行って直談判してたんだろ。携帯とかカンケーねーじゃん。」

「夢中になると、まだるっこしいのがやなんだよ。らしくねーのは自分でもわかってるけど……」西は深いため息を吐き出す。

「ちなみに聞くけど……もし都さんがおれの立場だったら、彼氏なんて言う?」


「もし都が望むなら、そうすればいい……と言うだろうな。」間髪いれずに竜杜(りゅうと)は答える。

「って、わたしも言った。」

「もっとも、その前に形だけでも結婚するって言いかねないけどね。」と(さえ)

「それも、波多野くんが言った。」

「さすが、竜杜くんの弟子だわ。よくわかってる。」冴は都が淹れたお茶をすすると、にっこり微笑むんだ。

「だから、弟子なんて取った覚えはない。」

「いーじゃないの。慕われてるうちが花よ。あんた達もそう思うでしょ?」冴は空いた椅子に仲良く並ぶコギンとフェスに同意を求める。

 フェスが都たちの住むマンションの窓からやってきたのは、竜杜が着く少し前。その後を追いかけるように竜杜がインターフォンを鳴らしたのは三十分ほど前である。ちょうど夕食の片づけを終えたところだったので、そのまま竜杜が持ってきた早瀬特製のクッキーを広げて夜のティータイムとなったのだ。

「ただ実際問題、都ちゃんが地方の大学行くなんて言い出したらやっぱり慌て……ないか。遠距離のプロだもんね。あんたたち。」

「だから、好きで遠距離だったわけじゃないって。」むぅ、と都は頬を膨らませる。

「それだと、うちの両親はプロ中のプロ……か。」

「リュートまで変なこと言わないで!それに、そういう話しに来たんじゃないでしょ。」

 平日の仕事終わりに彼がこうして来るのは珍しくない。けれど今日のように冴からの緊急的な代理メールで告知された上でやって来たのは初めてかもしれない。

 竜杜は椅子の足元に置いたデイバッグを手に取ると、小さな蓋つきの木の箱を取り出した。蓋を開けると中から出てきたのは、石膏のような粘土のような物で作られた指輪。

「これ、もしかして……」

「都の(しるし)……の見本。」

 数ヶ月前、向こうの世界で発注した指輪の原寸大だった。

 どれどれ、と冴も横から覗き込む。

「彫金の原型と同じね。へぇ、ケルト文様みたい。こういうのって、世界が違っても思考的に似るのかしら。」

 竜杜と冴に促されて、都は恐る恐る中指にはめる。

 日本で言えば印鑑のようなものらしいが、その造形は存在感がある。

「本物は金属だし、守り石が入るからもっと重くなる。今なら小さくしてもらうこともできるが……」

「都ちゃんの華奢な指だったら、そのほうがいいかもしれないわね。」

 冴のアドバイスを聞きながら都が思うところを言い、それを竜杜がメモしていく。

「セルファさん、また取りに来るの?」

「他の用件ついでに来るはずだ。それまでに、返事が書ければ預かっておく。」

 ディバッグから、今度は折り畳んだ紙を出すと都に渡した。

 走り書きされた文字を読んだ都は、目を丸くする。

「なんで?なんでネフェルとリィナの名前?」

「ネフェルって、いっつもやり取りしてるお友達でしょう?」

「リィナは俺の幼馴染の妹。二人は最近知り合って、話してるうちに共通の知り合いがいることで意気投合したそうだ。」

「共通……って、わたし?」

「他に誰がいる?」

 はぁ……と都は手の中の手紙をまじまじと見つめる。

「ネフェルとリィナが……あ!まさかわたしのこと、変な風に言ってないよね?」

「そんなわけないでしょ。二人とも都ちゃんのお友達なんだから。」冴が呆れる。

「でも……」

「冴さんの言うとおり。リィナもネフェルも、次に都が来たらどこに案内しようとか、何をしようって相談をしてるらしい。」

「それ、セルファさん情報?」

「ダール経由、セルファ情報。」

「ダールさんの言うことなら、信用できるかな。」ありがとう、と言って手紙を胸に押し抱く。

 冴が立ち上がった。

「で、あたしはフェスとコギンの面倒見とけばいいのね?」

「ああ、頼む。」

 へっ?と都は竜杜を見上げる。

「用事……まだあるの?」

「少し込み入った話。この時期に話すべきかどうか、冴さんに昼間相談したんだ。」

「急を要するみたいだから、仕方ないんじゃないって言ったの。」

 できれば部屋で、と言われて都は立ち上がる。

 いまさら婚約者と二人きりのシュチエーションに戸惑うでもないが、「込み入った話」という名目に少し不安になる。

 文字の勉強をするときのように机の前に並んで座ると、分厚い書簡を渡された。幾重にも重ねられた紙を留めていた封印は開けられていて、宛名は「カズト ハヤセ」となっている。

「マーギス司教から父親に来た手紙だ。」セルファが届けてくれたと、説明する。

「マスター宛だよ。」

「正確に言えば、俺たちに宛てた手紙だ。」

「リュート……読んだの?」

「俺も父親も、それにセルファも読んだ。」 

 都は幾重にも重なった紙をこわごわ開く。そこに並んだ文字の洪水に思わず「うわっ」と声をあげた。

「これ……わたしに読めって言わないよね?」

「努力するなら暖かく見守るが……」

 ぷるぷる首を振る。

「無理っ!絶対、絶対、無理っ!」

 あまりに必死な抵抗に、竜杜はクスリと笑う。

「安心しろ。俺が読み上げる。」

「って、最初からそのつもりだったんでしょ!」

「都の反応が面白くて、つい。それにいきなり切り出すより、ウォーミングアップしたほうがいいだろう。」

「何か……あったの?」

「少し前に、ゲルズ元司教が亡くなった。」

 一瞬の沈黙。

「ゲルズって……神の砦の……だよね?まさか銀竜(ぎんりゅう)の傷のせい、とか?」

「違う。詳しいことはわからないが、何かの発作を起こしたらしい。」

「そっか。」と安心したのもつかの間、別の疑問がわいてくる。

「それ……この手紙と関係あるの?マーギスさんがマスターと二度目の偶然で会ったことあるのは聞いたけど……」

「先日向こうに戻ったとき、三度目の必然で会ったそうだ。ちゃんと素性も名前も打ち明けて……その上でマーギス司教に、あることを頼んだらしい。」

「あること?」

「マーギス司教と呪術のかかわりについて。彼が呪術にこだわる理由を教えて欲しいと言ったそうだ。」

「マーギスさまが?え?だってそんな話全然聞いてない。確かに知り合ったのは神の砦だけど……でもそれって偶然で……」都は混乱する。

「俺もそう思ってた。だがこれを読むと、偶然に近い必然だったことがわかる。」

「必然って……」呟いて、都はハッと気づく。

「もしかして、マーギスさまに言ったの?わたしが……」

 竜杜は頷いた。

「父親が門番の末裔であることも、俺が二つの世界の血を引くことも、それに俺と都が出会ったときのことも……すべて話したそうだ。」

 その上で、彼はこの手紙を書いて寄越したのだ。それは門番である自分たちに関わること……恐らくは黒き竜に繋がるかもしれないある出来事についての告白だという。

「わたしが知ってなきゃいけないこと……なんだよね?」都は膝の上でぎゅっと掌を握る。

「どうしても聞きたくないというなら……」

 ううん、と首を振る。

「聞く。っていうか、聞かなきゃいけないんだと思う。だってマーギスさまはわたしの恩人で、それにわたしは門に関わる一人だから。」

 都の言葉に竜杜は頷く。

「辛かったら、いつでもストップかけていい。」

「リュートがいてくれるから大丈夫。たぶん。」

 そうか、と呟くと、竜杜は手紙を開いた。

終盤に差し掛かっております。

そして次回の更新は木曜日です。

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