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第二十一話

「久しぶりに見ると、感動モノだけど……」

「っていうかー、なんで何にもないところで転ぶかのか、不思議。」

「こうなると才能かしらね。」

 あうー、と都はうなだれる。

「褒められてるのかけなされてるのか、わかんないよぉ……」

「感心してるのよ。」と、明里(あかり)

 隣でうんうんといずみが頷く。

「わたしだって好きで転んだんじゃないし……」

 保健室の椅子に腰掛けた(みやこ)は、思い切り唇を尖らせる。その膝には大きめサイズの絆創膏。

 傷は擦り傷だが、教室前の廊下で転んだダメージが大きかった。いずみの言うとおり、どうして何もないところで転ぶのか。しかも移動先の教室から自分の教室に戻ったところで、クラスメイトにも思い切り目撃されている。久しぶりに派手に転んだ気まずさと、周りが心配してくれる気恥ずかしさの中、保健委員の奈々(なな)に救出されるように保健室に来たのだ。

 その後ホームルームを終えたいずみと明里がやってきて、冒頭の会話となったのである。

「とりあえず歩ける?」奈々が手を差し出す。

「きつかったら肩貸すけどーってか、都ならおんぶできるかな?」

「ネタにされそうだからやめとく。」

 そりゃそうだ、と奈々も笑う。

 友人に気遣ってもらいながらすでに放課後時間になった教室に戻ると、案の定、生徒の姿はほとんどなかった。

 窓際で喋っていた男子二人が気づいて「お!」と振り返る。

「都さんがドジっ子全開だったって?」

「なんで和臣(かずおみ)がいんのよ。」

 クラスが違う自分の彼氏に、明里はつっけんどんに言う。

「だって一緒に帰ろうと思ったら明里さんいないから、待機。」

波多野(はたの)くんも、待ってた、とか?」

「久々に派手にやったかんな。一応心配するって。」

 そう言う波多野に都は「ごめん」と恐縮する。

「それより歩けんのか?」

「あ、うん。」言いながらも膝を曲げるたびに顔をしかめる。

「マジで大丈夫かよ。カバンだけならチャリで家まで持ってくけどさ……」

竜杜(えいいちろう)さん呼べないの?」

 奈々の言葉に波多野が手を振る。

「あの人携帯持ってねーもん。それに今日フリューゲル臨時休業だから、家にいるとは限んないし。」

「都さんの彼氏ってそんなにアナログなの?」西が驚く。

「普段は店にいるから必要ねぇって。」

「それにたぶん……忙しいと思うから……」

「たぶん、って?」歯切れの悪い都に明里が首をかしげる。

「直接会ってなくて……」

「ええ!だって竜杜さん、月曜日に帰ってきたんでしょ?」といずみ。

「そうだけど……」

「今日……木曜だぜ。」西も指折り数える。

「みやちゃん、定休日前に会いに行ったんだよね。」

「会った……っていうか……でも昨日連絡あって……」

 あー!と波多野が声を上げる。

「昨日のアレかぁ。」

「意味深発言だな、波多野よ。」

「隠すこっちゃねーけどよ、昨日の朝、走ってる途中で竜杜さんに会ったんだよね。」

 しかし会ったという表現は結果で、佇む竜杜の背後を通りがかったというほうが正しい。こんなところで何をしているのかと声をかけようとしたとき、その先にあるものが目に留まった。

「うわ!ひでぇ!」

 思わず上げた声に、竜杜が驚いて振り返る。

「大地?」

「これ、どうしたんすか?」

 竜杜の目の前にあったのは、変形したフェンスだった。

 月極め駐車場の看板ごと、何かで強打したようにボコボコにひしゃげている。

「ここ、早瀬さんちの駐車場だよね。昨日はなんともなかったのに……」

「昨日もここ、通ったのか?」

「うん。と……車は……」

「大丈夫そうだが、調べないとわからない。」

 結局、登校の時間が迫ってきたので波多野は家に戻り、竜杜はその後警察に連絡したらしい。

「あとで親父に聞いたら、警察来て検分したんだとさ。」

「都、それ知ってたの?」

「留守電に入ってたから。それと(さえ)さんも聞いたから。」

「でも警察って、夜中までかかんないだろ。」

「それが、商店街で他にも器物破損事件が起きてるらしいんだよね。」と、波多野。

「防犯カメラが全部カバーしてるわけじゃないし、っていうんで、急遽集会があったんだよ。早瀬のおじさんが留守だから竜杜さんが引っ張り出されて……うちの親父も帰って来たの遅かったし。」

 はぁ、と一斉にため息が漏れる。

「そういう大人の事情聞いちゃうと、呼び出せないかぁ。」うーんと奈々が眉を寄せる。

「と言いつつ都さんを一人にしたら、また転ぶんじゃないか?と皆思ってる。」

「はっきり言わない。」西の台詞を明里がけん制する。

 あ、と波多野が呟いた。

 上着のポケットから携帯を引っ張り出すと、「ちょっとタンマ」と言って廊下に出て行く。数分後、人差し指と親指でオッケーサインを作りながら戻ってきた。

栄一郎(えいいちろう)さん、車出してくれるってさ。」

「えっ?」

 おお!と奈々が手を打つ。

「その手があったか!」

 確かに、と安堵する皆をよそに、西がきょとんとする。

「誰?」

「フリューゲルの常連さん。前に話したでしょ、絵本作家の人。」

「木島の準保護者みたいな人だし、事情話したら、それは一人で帰すの危ないね、とさ。」

 その先付き添うのは波多野一人で充分なので、友人達には先に帰ってもらった。

「ちゃんと家に着いたらメールすんだよ!」

 校門での別れ際、奈々が大声で叫ぶ。

「大声で言わなくても……」

「いーじゃん。それだけ木島のこと心配してんだからさ。」

 そういう波多野も自転車の前カゴに都のカバンを入れて、歩調を合わせて歩いてくれる。

「ごめんね、波多野くん。」

「んにゃ。それよか木島さ、竜杜さんと何かあったとか?」

 唐突に言われて都は首を振る。

「ならいいけど、昨日からため息つきまくりだから。」

「わたし、が?」

「自覚ないのかよ。」

「う、うん……」

「ま、何かあったらあったで、もっと落ち込んでるよな。」

「わたし……そんなにわかりやすい?」

 まぁな、と波多野は肯定する。

「それが木島のいいところ。」

「全然長所に聞こえない。」

「逆に竜杜さんってわかりにくいよな。昨日会ったときも不調っぽかったけど……」

「不調?リュートが?」

「病気とかそんなんじゃねーよ。けどなんかに気ぃ取られてるってか、すげー考え事してるみたいな?重たい感じ。ま、昨日の騒ぎの後じゃしゃあないか。お、来た来た。」

 波多野が道路に向かって手を振る。

 ハザードランプをつけて止まったオフロード車から、栄一郎が飛び出してきた。

「遅くなってごめんね。」

「こっちこそ、すみません。」ぺこんと都は頭を下げる。

「というわけで木島のこと、よろしくお願いします。」

 栄一郎は波多野が差し出した都のカバンを受け取ると、笑顔で頷いた。

「確かに、都ちゃんお預かりしました。」

 その言葉を聞いた波多野は「後はよろしく」と言って、そのまま自転車で去っていく。

 一方都は、栄一郎の手を借りて車高のある助手席になんとか乗り込んだ。

「けが人に優しい車じゃなくてごめんね。」

 恐縮しつつハンドルを握る栄一郎に、都は首を振る。

「それにしても、綺麗にひざ小僧やったねぇ。」

「久しぶりにドジやっちゃいました。」

「何かあったの?」

「ちょっとぼーっとして……」

「竜杜くんとすれ違いになってるのが原因?」

「違う……と思います。わたしは大丈夫だから。」

「そう」と栄一郎が呟く。

 その後に続く沈黙の中、都は膝の上に置いた手をきゅっと握り締めた。

 赤信号で栄一郎が椅子の背もたれに軽く身体を預けると、意を決して「あの……」と、口を開く。

「教えてほしいっていうか、聞きいてもいいですか?」

 都の切羽詰った表情に栄一郎は一瞬目を丸くする。けれどすぐにいつもどおりの優しい笑顔で頷いた。

「ぼくで答えられる事なら。」


 その日の夜。

 冴と遅い夕食を終えた都は、携帯を手に自分の部屋の中を歩き回っていた。

「相手は婚約者なんだから、夜遅くに電話しても不自然じゃない!」

 そう言い聞かせるが、なかなか通話ボタンを押せない。

 ふう、とため息をついてベッドに腰掛ける。

 すかさずコギンがその膝によじ登り、都を覗き込む。

 都は滑らかな羽根をなでると、心配そうな金色に瞳にそっと笑ってみせる。

「ちょっと勇気がないだけ。わたしは大丈夫。」

 そう。

 自分は大丈夫。

 けれど、心のどこかに見え隠れする不安が常駐しているのは確か。

 気がついたのは昨日か今日か。

 それはどこか遠いようで、近いようで、根拠のない予感のようにも感じる。言葉にしがたい「それ」が何なのかわからず、気を取られて転んだのは失態だった。けれど保健室で治療を受けている間、都は「それ」と似たような感覚が以前もあったことを思い出した。

 あれは、「神の砦」と呼ばれる神舎(しんしゃ)に、竜杜を追って行ったとき。

 彼と会えないまま、けれど確実に近くにいると感じたあの距離感に似ている。

 だとすれば、それは契約を交わした者同士の共感なのか。今までこちらの世界で感じたことはなかったのに感じるようになったのは、「婚約」という明確な関係になったからだろうか。

 なによりこれが本当に竜杜の感じていることなら、それは間違いなくよい感覚ではない。だからといって、いきなり電話をして「大丈夫?」と切り出すのも気が引ける。

「わたし……こういうの向いてないのかな……」

 思えば今までの人生、助けられることはあっても自分が誰かを助けたりアドバイスすることはなかった。そんなことができる器でないことは先刻承知。 

「でも……」

 もし竜杜が困った立場にあるなら、力になりたいと思う。もし力になれなくても、そばにいて気休めになる言葉を伝えたい。

 けれどその反面、彼の迷惑になるのではという迷いがあるのも否めない。

「とりあえず、声聞くだけ……」

 よし!と頷いてもう一度携帯を手に取る。

 大きく深呼吸した、その瞬間。

 高らかに鳴った着信音に、都は「うわぁ!」と声を上げた。

 思わずベッドに放り出した端末を恐る恐る覗き込み、首をかしげる。

「栄一郎……さん?」

活動報告にも書きましたが、当面、更新を毎週木曜日にします。

ということで次回更新は木曜日。

単純に、本業の山を越えたら電池切れになりました。すみませんが、よろしくお願いいたします。

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