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第十九話

「帰って来たって感じだね。」

 石畳を歩きながら、早瀬加津杜(はやせかずと)は参道の店を楽しげに眺める。

 対して、やや後ろを歩くセルファ・アデルの表情は複雑だ。

 早瀬から「迎えに来てほしい」と連絡が来たのはリュートが帰った翌日のこと。

 セルファとて都合はあったが、

「あたくしが様子を見に行くより、カズトが戻ってくるほうが姉さまだって安心するに決まっているわ。」

 そう主張する母とそれに同意する父に押し切られてしまった。

 しかも銀竜(ぎんりゅう)と共に迎えにいくなり、ラグレス家より先にガッセンディーアに行きたいと言い出したのである。

「何せ時間が限られているから、朝から動きたいんだ。」

「長老の見舞いですか?」

「それは先方の返事待ちだろう。それよりガッセンディーアの神舎(しんしゃ)に行きたい。」

 は?とセルファは目を剥いた。

「神舎……ですか?」

「あそこは信者じゃなくても説教を聴けるだろう。」

「それはそうですが……」

「きみに付き合えとは言わないよ。ただ、その後のことはお願いするかもしれない。」

 その一言で、セルファは伯父に何か思惑があるのだと察する。

 だがここで聞き出そうとしても、彼は何も言わないだろう。自分に確信が持てるまで彼が他言しないことは、セルファも心得ている。その口の堅さがあるから、父親も異国人……否、異世界人である伯父を信用しているのである。

 翌朝、逗留先のアデル家を出た早瀬は、甥のセルファと共に神舎を目指した。

 参道を抜け広場に出ると、州都ガッセンディーアで一番高い塔を見上げた。

「こちらに住んでたときは近づきもしなかったが、改めて見ると立派なもんだね。」

「それより、その杖と帽子はなんですか?」

 家を出たときから気になっていたものを、セルファはようやく問いただす。

 早瀬はにっこり笑うと、獣毛(じゅうもう)を固めた黒い帽子を目深にかぶり、杖で石畳をトンと突く。

「多少は年齢(とし)が上に見えるだろう。昔ほどじゃないにせよ異国人は目立つから、だったら信仰心の厚い異国の老人にでも変装しようと思ってね。」

 それに何の意味があるのか、と言いたいのをぐっとこらえる。

「わかりました。」セルファは言った。

「では私はルーラとお茶でも飲んでいます。」

 礼拝に向かう人波に伯父を見送ると、セルファは銀竜を連れて、懇意にしている店で待機した。 

 果たして朝一番に焼きあがった菓子とたっぷりのお茶を飲み干した頃に、早瀬は戻ってきた。

 ルーラがふわりと彼の肩に飛び乗る。

「お説教はどうでしたか?」

「うん。たまに聞くと面白いね。」

「迷いは解決しましたか?」

「ああ。確信したよ。」

 お茶を飲みながら、早瀬は頷く。

「確信?」

「なにしろ偶然が過ぎるものだから、迷うというより疑ってしまってね。それで申し訳ないんだが、ひとつ頼まれて欲しいことがある。」

 ほら来た、とセルファは身を乗り出す。

 伯父の「頼みごと」を聞き出したセルファは、すぐに段取りのために動き始めた。

 そして早瀬もまた、次の訪問先に向かうために席を立った。

 その日の午後。

 ルーラを伴った早瀬の姿は、州都ガッセンディーアから離れた小さな町にあった。

 町外れの古い墓地、その中のひときわ立派な墓石の前に佇む。花を手向けしばらく黙祷をささげると、(きびす)を返した。

「話はできたかね?」

 戻ってきた早瀬に、老齢の紳士が声をかける。

 ええ、と早瀬は頷いた。

「来るのが遅くなってしまったと、詫びておきました。」

「それを責めるより、君が来てくれたことを喜んでいるよ。」

 デレフ・オーロフの緑の瞳が微笑む。

 かつて明るい色だった髪は白くなり、刻まれる(しわ)も早瀬が最後に彼を見たときより深くなった気がする。けれで真っ直ぐ伸びた背筋もかくしゃくとした声も、現役の竜騎士だった頃と変わらない。

 大きく変わったことがあるとすれば、それは隣に佇む若く美しい女性のせいにちがいない。彼女が緑の瞳を差し向けて話すたび、オーロフの目尻が下がり、声音もどこか優しくなるのである。

 その瞳が早瀬に向けられる。

「私からも感謝します。お忙しいところ、わざわざ足を運んでいただいてありがとうございます。」

「礼には及びません。それにあなたにもお会いしたいと、ずっと思っていたんですよ。」

「私もです。」

 ネフェル・フォーン・オーロフは微笑んだ。

 (えり)の詰まった(ブラウス)に濃い色のスカートは、十九歳の女性が着るにいささか地味だった。けれどそれを差し引いても有り余るほど、編み上げた金の髪と緑の瞳を持つ彼女の笑顔は美しかった。それに言葉を交わせば聡明なのは一目瞭然。

「息子たちからあなたの話を聞いていたが、本当にスウェンに……父上に良く似ている。」

「亡くなった母にもよく言われていました。」

 ネフェルは一族の出であった父と、語り部と呼ばれる古い文字を読む技能を持つ母親との間に生まれた。父親のスウェン・オーロフが英雄の家系という肩書きを持っていたため結婚を認めてもらえず、けれど彼が出奔を覚悟した矢先、任務中に事件に巻き込まれ命を失った。その後母親も病気で亡くした彼女は、「神の(とりで)」と呼ばれるルァ神の神舎に身を寄せる。母親と同じ語り部を生業(なりわい)とし、古い文献を読み解く日々を送っていたある日、神舎に侵入し捕らえられたリュート・ラグレスと出会ったのだ。彼が空の民と共に飛ぶ一族だと知ったネフェルは、かつて父親と共に飛んだ空を思い出す。さらにリュートを追って神の砦に迷い込んだ都と出会い、意気投合したまま現在に至る。その巡りあわせは、今振り返っても不思議としか言いようがない。

 その後リュートやセルファの尽力で、父の実家であるオーロフ家に引き取られたのだが、その結末にスウェンの元同僚だった早瀬が安堵したのはいうまでもない。

「語り部の仕事は今も?」

「いいえ。でも勉強は続けています。」

「勉強熱心なところもスウェンに似てるか。」

「それはミヤコも同じです。最初に会ったときは文字も読めなかったのに……」

 早瀬はにっこり笑う。

「彼女が一生懸命なのは、あなたというお友達がいるからですよ。あなたに手紙を書きたい一心で、都は文字の勉強をしているんです。実を言えば先々、彼女がこの国にで生活できるかどうか心配していたのですが……あなたのような友人がいれば大丈夫でしょう。」

「私のほうこそ、ミヤコやラグレスさんのおかげで、こうしてお祖父さまとお祖母さまのそばにいられるんだもの。とても感謝しています。」

 墓地を出ると老オーロフは孫娘に、先に戻ってお茶の支度をするように言った。

「お茶の一杯くらい付き合っても罰はあたらないだろう、カズト。」

「ええ!立ち寄っていただけるのならぜひ!」ネフェルも嬉しそうに言うと、屋敷に向かって小走りに駆け出した。

「お前も一緒にいっておいで。」

 頭上をホバリングしていたルーラに、早瀬は命令する。

 追いかけてきた銀竜に気づいたネフェルが、小さな生き物に二言三言、言葉をかける。

 その様子に、オーロフは目を細めた。

「本当に……感謝しているのだよ。あの子のことは。それにこうしてラグレスとの繋がりが再び戻ったことに、妻も喜んでいる。」

(せがれ)から話を聞いたときは、さすがに驚きました。」

「スウェンに女性がいたことが、かね?」

「何もかも全部。スウェンが亡くなったのは僕が隊を辞めて間もなくでしたし。」

「それは君のせいではない。ラグレス家と疎遠になったのも、あくまで私の一存だ。あの頃の私は、英雄の末裔はかくあらねばと思い込んでいた。」

「一族という枠の中では、仕方ないことだと思います。むしろ僕は例外なので……その、あなたにご迷惑をおかけしたのは事実ですし……」

「過ぎた話だ。少なくとも、孫娘が君の子息の婚約者を友人と言う間は、付き合いが途切れることはないだろう。それに今となっては頭が上がらないのは私たちのほうだ。ヒューゲイムだってそう思っている。」

「そういえば、ヒューは元気にしていますか?」

「近いうちに任期を全うしてガッセンディーアに戻ってくる。奴も息子の契約の儀が控えているし……長老には会ったかね?」

「明日、ガイアナ議長と一緒に伺う予定です。」

 オーロフは微笑む。

「さすがに逃げられなくなって出頭したというわけか。」 

「ええ、まぁ……」

「評議会は次の後継者選びに入っているはずだ。誰が後継者になるかで君の立場も変わってくるだろう。」

「覚悟しています。ただ息子に面倒をかける結果にならなければいいのですが……」

「事情を知っている者は、皆口添えするさ。君が守っているものは世界に関わるものだからな。」

「だとよいのですが……」

「それで、なにか聞きたいことがあるんじゃないかね?君がわざわざこちらに戻ってきて墓参りだけで済むとは思えないが。」

「さすがに、お見通しですか。」早瀬は苦笑する。

「聞きたいことは二つ。一つは二十七年前のこと。」

「二十七年前?」

 オーロフの足が止まる。

「正確に言えば、僕がエミリアと再会する直前のこと。」

「それは……」

「あのとき、エミリアの身に何が起きたのか。どうして彼女は僕に会いに来たのか。」

「それなら当時説明したはずだ。」

「だけど何が決定的理由だったのか……」

「それは……わからん。」

「えっ?」

「君が言っているのは、あのときエミリアが怯えていたものの正体だろう。」

「たぶん……そうだと思います。」

「我々が知っているのは、あの子が君のところに行った、という結果だけだ。」

 うーん、唸りながら早瀬は唇の上の髭に触れる。

「僕も彼女が自分のところに来た……という結果しか知らないんですよね。あのとき門を通ったあなたなら知ってるかと思ったんですが……」

「私は彼女を小さい頃から知っていたから、私が行けばエミリアが大人しく言うことを聞くと思ったのだろう。」

「命令だったんですか?」

「銀竜の扱いを心得ている者が、他にいなかったのもある。」

 なるほど、と早瀬は納得する。

「配偶者である君が知らないのであれば、それを知っているのはエミリア自身しかいないだろう。あるいはカルルも知っているかもしれないが……銀竜では詳細を語ることはできまい。しかしなぜ今頃そんなことを?」

「数日前にエミリアが倒れたんです。」

「それは……知らなかった。見舞いに行ったほうがいいかね?」

「それには及びません。ちょうど息子がいたときだったし、シーリアも飛んできたので。」

「シーリアが?」

「ええ。血相を変えて飛んできたそうです。」

「それは穏やかじゃないな。本当に大丈夫なのかね?」

「本人は気が緩んで疲れが出ただけと言うんですが……」

「君はそう思っていない?」

「そう……感じていないと言うべきでしょうか。」

 ほう、とオーロフの眉が動く。

「つまりそれは、世界が違っても契約の力がゆるぎないということかね?」

「そんなところです。」

「そのことを、エミリアに伝えたのかね?」

「まだラグレスの家に戻ってないので……それにまっすぐ聞くことができるなら、あなたにお聞きしません。」

「その通りだな。」

 オーロフは苦笑いずる。

「契約関係にあっても……いやだからこそ聞きにくいことはいくらでもある。」

「ええ。」

「だがそれが二人の間にわだかまりを作るのであれば、多少の痛みは覚悟するしかないと私は思っている。」

「それは、ご自身の経験から?」

「そんなところだ。それに痛みはずっと残るわけではない。私も妻も、ネフェルを諦めなかった結果に今は満足している。だがその結論に至るまで、そりゃあ大変だった。」

「つまり、避けることはできない……か。」早瀬は大きく息をつく。

 力になれずすまない、とオーロフは言った。

「それで、もう一つの質問は?」

「え、ああ。それはあなたが思ったままのことを教えていただければ……」

「思ったまま?」

「ええ、ガッセンディーアのマイゼル・マーギス司教について。」

ネフェルとの出会いについては三作目「白き翼の盟友」をご参照ください。

そして次回の更新ですが、一週間後の木曜日を予定しております。間が空いてお待たせしてしまいますが、よろしくお願いいたします(言い訳は「活動報告」にて(^^;)

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