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第一話

「それ、確信犯っていうんだよ。」

「だって模試もあったし、そういうときに言っても悪いかなぁ……って。」

 コーヒーショップのロゴが入ったカップを両手で包み、木島都(きじまみやこ)は小首をかしげた。

 拍子に肩を越す、細い茶色を帯びた髪がさらりと揺れる。

 学校帰りの寄り道なので同席する友人ともども濃紺のブレザーにえんじ色のタイ、ブルーを基調としたタータン柄のスカートといういでたち。

 しかし、高校三年になった現在でもクラスで二、三を争う背の低さ。肌の白さは七癖隠してくれるが、体格に似合った控えめなプロポーションも含めて、どうがんばっても美人には程遠い。それに運動神経に恵まれなかったのも少しコンプレックス。仕方ないといえば仕方ないのだが、向かいに座る清水奈々(しみずなな)は陸上部で活躍していたので、素直に凄いと思ってしまう。

 その彼女が、明らかに動揺している。

「そうじゃなくて!」

 ショートカットの髪を振り乱し、クラスの女子で一番の長身な身体をぐいっとテーブルに身を乗り出す。

「都、試験前に竜杜(りゅうと)さんと誕生日デートしたって言ったよね!」

「あー、うん。」

「私たちも聞いたわよ。」

「そーそー。」

 同じテーブルを囲む篠原明里(しのはらあかり)樋坂(ひさか)いずみも頷く。

「でも今の話だと、そんときすでに婚約してたってこと?」

「だって奈々ちゃん、かつてないほど試験に集中してたんだもん。そんなときに報告して調子狂ったって言われるのもやだし……」

「確かにー。」くすくすといずみが笑った。

「今回ばかりは負けられない!って、目、吊り上げてたもんねー」思い出しながらシフォンケーキを頬張る。

 彼女のゆったりした口調とえくぼの刻まれるふくよかな笑顔は、それだけで場を和ませてくれる。引退するまで合唱部のピアノを担当していた彼女は、写真部の都とは同じ文化部同士。ときには愚痴を聞いてくれる、頼もしい存在なのだ。

「そ、そりゃそうかもしんないけど……まさかデキ婚じゃないよね!」

「だったら結納なんて、面倒なことしないよ。」

 もーっ、と都は頬を膨らませる。

「そんなに大変だった?」明里がたずねる。

 肩で切りそろえた癖のない黒髪と眼鏡のせいで知的美人の印象が強い彼女は、実際、図書委員会と演劇部の実権を握っていた切れ者である。こうして放課後も一緒に過ごすようになったのは三年になってからだが、冷静かつ的確な判断に助けられることもたびたび。

「急だったし……そういうこと慣れてないし……」

「高三で結納(ゆいのう)交わすなんて、なかなかないもんね。てっきり卒業まで待つと思ってた。」

「本人たちそのつもりだったんだけど……」

「もしかしてー」いずみが顔を上げる。

「竜杜さんとこお見合い来た、とか?」

「今時そんなの来るかいな。」奈々が手を振って笑う。

「だってーあのルックスでしょ。百八十センチオーバーの身長だし、土地持ち一人息子だし、二十六って年齢も絶妙じゃない?」

「いずみさん……凄い。」

「え?マジで見合い話来たの?」奈々は目を丸くする。

 こくんと都は頷いた。

「そりゃ、竜杜さんも焦るな。」

「焦るっていうか、機嫌損ねちゃって……」

「それで結納か。」

「うん。具体的なことは卒業してからだけど、証人立てておけば面倒も少ないからって周りに言われて。」

 けどさ、と奈々が眉間に皺を寄せる。

「人生初の彼氏だよ?しかも知り合って一年半……で、交際一年か……それで決めるってどうよ。」

「でもーみやちゃんの場合、いろんな意味で竜杜さんしか考えつかないよね。」

 その言葉に、奈々も「まぁそうだけど」としぶしぶ同意する。

「竜杜さん的に、(さえ)さんに殴られたのもあるだろうけど……」

「それは理由になってない。でも……冴さんが同意してくれたのは大きいかな。それがタイミングって思ったのもある。」

「タイミング?」明里が首をかしげる。

 コトン、と都はカップを置いた。真っ直ぐ前を向き、

「やっぱり……いつまでも冴さんのお荷物になってられないから。」

 ああ、と三人の口からため息のような声が漏れる。

 都には両親がいない。

 父親は最初からおらず、唯一の肉親だった母親も三年前に仕事中の事故で亡くなった。天涯孤独になった都が世話になっているのが、母の大学時代からの親友、小暮冴(こぐれさえ)である。シングルマザーだった都の母を助ける形で、小さい頃から都を育ててくれたもう一人の家族のような存在。母親が亡くなったときも「いまさら遠慮したら怒るわよ」と言って一緒に暮らし、現在に至る。

 総勢四名のインテリア設計事務所の所長でありながら、家事もこなすパキパキした女性だ。もっとも最近は忙しくて台所は都の担当になっているが。

 そんな彼女との生活が心地よいと思う反面、どこかで区切りをつけなければいけないと、以前から感じていた。

 だから九歳年上の恋人、早瀬竜杜(はやせりゅうと)との結婚話が出たとき、それがタイミングかもしれないと思ったのだ。

「早瀬さんちに行くのは完全な自立じゃないけど、そんなことでもないと、ずっと冴さんといそうな気がして。」

「そこんとこは都、大人だよなぁ。」

「そんなことない。大人じゃないからお母さんがいなくなっても冴さんと一緒にいたんだし、今だっていっぱい迷惑かけてる。それにこの先も完全に切れること、ないと思うから。」

「ねね!それより婚約指輪もらった?」

 重たい空気を破るように、いずみが身を乗り出す。

「一応。でもダイヤじゃないよ。時間なかったから、早瀬さんちにあった古い指輪修理して……えと、写真あったかな?」

 携帯を引っ張り出し、画像を呼び出す。友達に見せたのは、自分で撮影した自分の左手。

「おおっ!都が自撮りしてる!てか地味じゃない?」

「えーっ!そんなことないよぉ!」興奮気味にいずみが言った。

「ガーネットにオパールでしょ?アンティーク感すっごくある。」

「アンティークなの?」

「百年以上経ってるから、そうだって言われたけど……」

 そっか、と明里はにっこり笑う。

「すごく都さんらしい。」

 あー、もう!と奈々が声をあげる。

「マジで今日の竜杜さん不在が口惜しい~。」

「マスターの代理で親戚のとこ行ってるんだもん。しかたないよ。」

「それ以前に、今日ってフリューゲル(おみせ)の定休日。」

 明里に指摘されて奈々は「うわぁ!」と頭を抱える。

「それすら忘れてた、あたし!」

「それだけ勉強に集中してたってことでしょ。」

「そうだよ。奈々ちゃんもいずみさんも塾で忙しくって、なかなか時間合わなかったんだし。」

「都さん、進学はするのよね?」

「うん。冴さんにも釘刺されてるし、早瀬さんちも援助してくれるって。だから、よけい適当に決められなくって困ってるんだけど。」

「そっかー。でもフリューゲルのマスターが義理父なら、揉め事なさそうだよね。お父さんとか呼んでる?」

 いずみの言葉に都は気まずそうに肩をすぼめる。

「そ、それは……まだ……っていうか……」

「聞いちゃいけなかった?」

 そんなことない、と慌てて手を振る。

「わたしが思い切れないだけ。お父さんって言葉、使ったことないから……なんかわかんなくて……」

「ごめん。」

「ううん。わたしの度胸の問題だから。」

「とか言いながら、案外あっさりお父さんって呼ぶ気がするな。」

 奈々がニヤリと笑う。

 明里もそういえば、と思い出す。

「彼氏も年上なのに呼び捨てよね。」

「それは、そう呼べってリュートが……」

 嘘ではない。

「早瀬さん」と呼ばれてもピンと来ないというのが最初に聞いた理由だった。

 その後、彼の実家である喫茶店フリューゲルに通うようになってみれば、店長である彼の父親も「早瀬」なので、むしろ名前で呼ばないと混乱するのである。

 もっとも、彼の言い分は違う理由に由来するのだが……そのことは誰にも言ってない。否、いささか特殊すぎて言えないのである。


「お祝い……って言いたいとこだけど……」携帯の画面を開いた奈々が顔をしかめる。「今日はタイムリミット。」

「あたしもー。」

「来週時間作るからさ、どっか行こう。あ、ケーキ美味しくてかわいいカフェがあるって、いずみ言ってなかったっけ?」

「無理しなくていいよ。」

「無理じゃなくて、あたしたちがそうしたいの。」

 ね、と奈々はいずみと顔を見合わせ頷きあう。

 そうして二人は慌しく店を出て行く。

「明里さんはいいの?」

「今日の食事当番は妹だから。急がなくても大丈夫でしょ。それより……本当にこんなに早く決めて後悔してない?」

「いっぱい考えたから。それにいずみさんが言ったとおり、他の人なんて考えられない。」

「初彼だから?」

「というか、知り合ったころが最悪だったから。」

「え?」

「怪我してボロボロのところ保護されたこともあったし、ストレスで発作起こしそうになったりとか、お母さんのことですっごく泣いたこともある。これ以上ないくらい、かっこ悪いところ全部見られてるの。だからごまかすとか、取り繕うとかそういうのがないから……」

「そんなに?」

「うん。きっと他の人だったらドン引きしてもおかしくないのに、リュートはそれでもわたしがいい、って言ってくれた。もちろん、それだけじゃないけど。」

「状況としちゃ似てる、か。」

 ため息をつく友人に、都は首をかしげる。

「明里さん、西(にし)くんと何かあったの?」

 都は演劇部の元部長で、彼女と幼馴染でもある西和臣(にしかずおみ)の名前を出した。明里に言わせれば「くされ縁の延長」らしいが、西自ら明里を「おれの嫁」と呼んでいるのだからその関係は一目瞭然。

「あったというか、何もないっていうべきか。都さんとこみたいに、相手が年上なら安心してられるんだろうけど……」

「それは……あんまり関係ないと思う。それに西くん、まわりにすごく気配りしてるよ。」

「だから。」

「ほえ?」

「私にまで気を遣う必要ないでしょ、って言ってんの。なのに……」

 明里の苛立ちに、都はくすりと笑う。

「私、おかしいこと言った?」

「ううん。わたしもそう思ったことがあるなぁって。単刀直入に言ってくれればいいのに、なんか遠まわしに言われたり……それにリュートも忙しいときは口数減るから、男の人ってそうなのかなって。」

「そういうとき、どうするの?」

「話してくれるの、待つ。」

「待てるんだ。」

「何とか、ね。」

初めてアクセスしてくださったかたは、お立ち寄りいただきありがとうございます。

シリーズ通して読んでくださっている方々、お待たせいたしました。

予告どおり、新しい話の始まりです。

といっても前回の「エンゲージリング」から1ヵ月後くらい。今回の物語は時間が密になります。そしていつもの通り文章量も密になると思います。

基本、四日に一度の更新予定ですが、状況に応じて、一週間間隔になることも予想しております。その辺は大人の事情、あるいは家庭の事情と察してください。

また、こぼれ話や裏設定は「活動報告」にちょこちょこ載せますので、そちらも覗いてもらえれば嬉しいです。

どうぞ、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします(^^

ということで、次回更新は四日後の予定です。

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