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第十一話

(みやこ)ちゃん?うわぁ!すっごくお姉さんになっちゃった!」

熱烈な出迎えを受けて、都は面食らう。

「三年ぶりだもんね。」

香織(かおり)さん……全然変わってないです。」

 あはは、と相手は笑う。

「四十超えたおばさんじゃ、変わりようもないわよう。」

 鴨田(かもだ)香織は冴と亡くなった母の友人で、まだ勝井(かつい)香織だった頃は頻繁に家に遊びに来ていた。都の相手もよくしてくれたので、こうして数年ぶりに会っても違和感がないことに都は安心する。

「それ、高校の制服?」

「あーはい。今日は直接来たから。」

 まだコートを着るほどの寒さではないので、ブレザーにブルーのタータン柄のスカートのいつもの格好である。

「うん、かわいく似合ってる。」

「あ、ありがとうございます。冴さん、少し遅れるって。」

「懐かしいフレーズだ。学生時代もよく待たされたもんよ。とりあえず奥どうぞ。」

 不思議な部屋だった。

 まるで誰かの家の玄関のような入り口を入ると廊下があり、その先に真四角の広いリビングルームのような空間が現れる。天井も住宅サイズで、室内には柱だけが残されている。窓以外の白い漆喰(しっくい)塗りの壁はそのまま展示スペースになっていて、今はそこが色とりどりの布で覆われている。中央には低いテーブルが展示台として使われていて、それとは別に部屋の隅にテーブルと椅子が並べられている。

 フリューゲルとは違うが、同じように古い建物を使っていることは都にもわかる。

「ここ……ギャラリーなんですよね。」

「面白いでしょう?元々個人のお(うち)だったの。住む人がいなくなってもったいないからギャラリーにしたんだって。在廊が必須条件なんだけど、ここなら一日いても苦にならないなーと思って。」

 香織に勧められるまま、都は部屋の隅にある椅子にカバンを置く。

 テーブルの上には香織宛の花篭やお菓子の箱が積まれているが、他に人の姿は見当たらない。

「他にお客さんって……」

「さっきまでお仲間が来てたけど帰っちゃった。主婦が多いから、夕食前がタイムリミットなの。紅茶でいい?オレンジペコだけど。」

「はい。そだ……」

 都はカバンと別に持ち歩いていた紙の手提げを香織に渡す。

「これ、差し入れです。その……お葬式のとき迷惑かけたお詫びも兼ねて。」

「そんな古い話いいよー。」香織が手を振る。

「こうやって元気な都ちゃんに会えただけで、大満足。あ、でもこれは、ありがたくもらっておくね。」

 そう言ってプラスティックのパッケージを取り出すや否や「きゃあ!」と歓声を上げる。

「クローバーのクッキーが詰まってる!んん?赤いものがいる。」

「何枚か、テントウムシ柄のが入ってるんです。」

 前日、「婚約祝い」と称して学校帰りの友人とカフェ(無限大)に行ったとき買い求めた物だ。発売当初は緑のアイシングがかかったクローバーのクッキーだけだったのに、いつの間にかテントウムシまで加わった、店でも人気の商品らしい。

「やだ!可愛すぎるっ!っていうか、すっごく好きかも~。」

 香織のオーバーアクションがいかにも彼女らしくて、それに快活な笑顔もショートカットのヘアスタイルさえも昔と変わらないことに都はなんだか嬉しくなる。

「やっぱ女の子は目の付け所が違うわ。うちなんか二人とも男の子でしょ。恐竜とか乗り物には過剰反応するんだけど、こういう可愛いものはなかなか。あ、良かったら作品見てて。」

 香織がお湯を沸かしに給湯室にいる間、都は白い壁にかけられた作品を端から見ていく。

 香織の専門が染織(せんしょく)というのは知っていたし過去に作品も見ているはずなのに、印象が残ってないのは子供心に興味がなかったからか。

 けれど今見ると優しい色のショールや、生成りのラグ、それに色とりどりの糸の美しさと素材感に目を奪われる。

 ふと、都は「むこうの世界」で知り合った薬師(くすし)の親子を思い出す。彼等が薬草で染めた糸も、鮮やかで綺麗だった。それにここに並ぶ糸と同じ、どこか乾いた草の匂いがした。

「もうちょっと、待っててね。」

 いつの間にか傍らに立つ香織が、申し訳なさそうに言う。

 都は首を振り、

「これって草木染……ですよね。そういう染料って、薬になったりするんですか?」

「やけに高等なこと聞くわねぇ。」

「そういう話、聞いたことあって……」

「まぁ漢方の素材とかぶるのも、あるか。例えば……」

 香織はすぐ近くに吊るしてあった糸束を手に取った。それは鮮やかな黄色に染められた木綿糸。傍らにかけたショールを織るのに使ったと説明する。

「ちなみに染料はウコン。防虫効果があるから風呂敷なんか染めたりもするわね。」

「ウコンって二日酔いの薬?」

「だけじゃないけど、いわゆるターメリック。」

「カレーに使うスパイスだ。」

「あと藍染(あいぞ)めも、防虫効果があるからジーンズなんかに使うわよね。あえて食べないけど、食べられないこともない。ちなみにこれは庭で育てた藍。」

 香織が隣のマフラーを手に取る。

 微かに緑がかった薄い水色に、都は首をかしげた。

「ジーンズってもっと濃くないですか?」

「藍染は発酵させなきゃならないから、素人には難しいの。これは生の葉っぱを使った生葉(なまば)染め。っと、お湯が沸いた。」

 ばたばたと香織は走っていく。

「そっか……」

 同じなんだと都は納得する。

 世界が違っても人々の営み、そして作業として行われていることは同じなのだ。自分がその工程を知らないだけで、それを知れば確かに「世界の違いなど国の違い程度」という感覚になるのだろう。

 いまさらながら、都は妙な感動を覚える。

 と、

「都ちゃん、お茶入ったよ。」

 言われて椅子に座ると同時に、人の入ってくる気配。

 (さえ)だった。

「遅くなった!」

「遅いよ!」

「これ、お詫び兼差し入れ。」冴は手にしていた紙の手提げを香織に渡した。

「どうせ外になんか買いに行くもヒマないでしょ。」

「ハザマベーカリーのパン?」紙袋のロゴに都が反応する。

「美味しいの?」

「すっごく。」

 都の返事に、香織はにっこり笑う。

「よしよし、皆で食べよう!」

 他の来客がないのをいいことに、冴も交えてお茶会の様相になる。

 くつろいだところで会場を一巡りした冴が言った。

「なんか色が優しくなったんじゃない?」

「無理しなくなったのよ。昔はこういう色を出したい、っていうのに近づけてたんだけど今は出たとこ勝負。でもねぇ、そういうのに限って色が微妙すぎて見せるの難しいのよね。」

「ここ窓から自然光入るんでしょ。昼間はもっといい感じなんじゃない?」

「それもあって決めたの。ただ人気あるから一年前に予約して……」

「ええっ!」

 驚く都に、香織は苦笑する。

「人気のあるギャラリーだとよくある話。でも自分の作業ペース考えると、ちょうど良かったかなって。」

 そうね、と冴もぐるりと室内を見回す。

「照明も増やせそうだし、配線も床下通ってるし、ちゃんとリノベーションしたみたいね。」

 都が目を丸くする。

「なんか……二人とも違うとこ見てる。」

「そりゃ専門が違うもの。」

「そうじゃなくて。この場所見て、そこまで深読みするっていうか……」

 ああ、と冴が気付く。

「そりゃそうよ。使う側になったら気になることいっぱいあるもの。」

「そもそも物を作る人間って、目の前の物まんま見てるわけじゃないしね。」と、香織。

「だって香織の素材なんて木の枝とか、真っ白な糸よ。それが布になるなんて、誰が想像する?」

「冴だって何もないところから予想図描いて、その通りに作るわけでしょ。それに朝子(あさこ)も、まんまファインダー越しに見てるもの撮ってるわけじゃない、って言ってたし。」

「そんなこと言ってた?」

「言ってたわよう!」

「わたし……」都は立ち上がった。

「写真撮ってもいいですか?」

「いいけど……」

「こういうの撮ったことないから練習っていうか、挑戦っていうか……」

 冴がにっこり笑う。

「ま、やってみなさい。」

 都は頷くと、カバンから愛用のデジタルコンパクトカメラを引っ張り出す。一番広い壁に飾ってある色とりどりの糸を使ったショールに向かった。

 その後姿に香織が「ふうん」と呟く。

「どした?」

「ああやって考えながら撮るの、朝子に似てるなぁなんて思ったりして。」

「やっぱそう思うんだ。」

「他の人にも言われたの?」

「朝子の教え子。」

「ああ、写真整理頼んでるって人?」

 冴はクローバーのクッキーをつまみ、

「ここのカフェの経営者。奥さんがカフェやってて、本人はギャラリーやってんの。偶然のつながりだったんだけど写真撮ってる姿見て、都ちゃんが朝子の娘だって気付いたんだって。あたしはそこまで見てなかったから……」

「逆でしょ。あんたは朝子も都ちゃんも知ってるから、距離が近すぎて気付かないだけ。」

「あっさり言わないでよ。」

「冴はもっと自分を褒めるべきだよ。結納まで見届けて、立派に保護者の役目果たしてるじゃない。」

「どうかな。」

「相手に不満あるの?」

「今更ないわよ。良くも悪くも真面目でしっかりしてるし、頭の回転も速い。実家は商売してるから信用もある。まぁ日本で教育受けてないから、微妙にずれてるとこもあるけど。」

「それに、あんたの反対にもめげなかった。どうせ冴のことだから二、三発殴ったんじゃないの?」

「平手打ち一回。」

「本当にやったんだ。」香織は苦笑する。

「気が済んだか、って言われた。」

「そんなに都ちゃんラブじゃあ、認めないわけにいかないか。」

「それもあるけど、あたし一人じゃ受け止めきれなかったのよね。告別式で倒れたときから鬱屈(うっくつ)してたなんて思いもしなかったし、それが爆発したときに思ったのよ。この子には別の支えが必要なんじゃないかって。」

「それが彼氏?」

「父親がいたら違ったんでしょうけど。」

「それは言っても仕方ないこと。」

「本当に……そうだったのかしら。」

「だって、朝子が何にも言わなかったんだよ。」

「縛り上げてでも相手のこと白状させればよかった……って今になって思うのよね。」

 香織が眉をひそめる。

「何か……」

 あったのか、と言いかけた香織の後ろから、

「やっぱりいまひとつかも……」と都の声。

「布って難しい。」

 デジカメの液晶画面を見ながら「うーん」と唇を尖らせる。

「自然光が入る時間帯だったら、またちょっと違うんだろうけど。ま、いい意味で勉強になったんじゃない?」と冴。

「また、そういう言い方する。」不満げな表情。そして、くるりと香織に向き直る。

「香織さん、お願いあるんですけどいいですか?」

次回、水曜日に更新します。

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