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第十話

「調書の下書き?」意味がわからずリュートは聞き返す。

「あなたがこちらに戻ったときに、私に報告した全て。」セルファが説明する。

「あなたがミヤコと遭遇したときの事、彼女を助けたときの事。そしてフェスと共に黒き竜と対峙(たいじ)したときの事。その全ての記録の手控えです。」

 ああ、とリュートは納得する。

「どういう状況できみが黒き竜と遭遇したのか詳細を知りたいと、セルファに言ったんです。」

「口頭で説明しましたが、文章にまとめてあるならそれを見せて欲しいと。」

「客観的な情報が欲しかったんです。それに何となく、口で言いたくないこともあるような気がしたので。」

 確かに。

 都を助けた状況については父、加津杜(かずと)からの手紙にも、自分の口からも伝えていなかった。

「それは……言わなかった俺にも非はあるな。」

 いいえ、とトランは首を振る。

「話せば辛かった状況を思い出す。だから言いたくないのは当然です。」

「けど情報として伝えなかったのは事実だ。それに……」

「きみは……彼女といやいや契約したのですか?」

「えっ?」

「契約したから仕方なく婚約したのですか?」

「そんなことは……」

「彼女が大切だと思ったから、契約で命を繋いだのでしょう?君は彼女と出会い、契約を交わし、そして結婚を約束した。いささか変則的ではあるが、ひどくおかしいことでもない。きみと婚約者はそういう出会いだったと、ぼくは思ってます。」

「ええと……これは、励まされてるのか?」

「きみの承諾なしにその辺の事情を読んだのは謝ります。けれどそのおかげで、次の作業に移る踏ん切りもつきました。奴……黒き竜の魂はきみが竜騎士であること、そして門が存在することを認識しています。」

 そうですね?と言われてリュートは頷く。

「となると封印された当時も、奴は竜騎士と門に何かしら関わりがあったと考えるのが妥当でしょう。本当は門に関する記録も欲しいところですが……何しろ元々あったものなのか、神が造ったのかわかりません。もしこれが創造神話や経典、あるいは英雄の書に頻繁に登場すれば、手がかりがあるのでしょう。あるいは聖堂(せいどう)のように観光名所になっているのかもしれません。」

「それはそれで困る。」

「第一、同胞の翼がなければたどり着けない場所を、名所にできるはずありません。」セルファが呆れたように言う。

「そういう場所なんですか?それはそれで興味深い。ルァ神は大地と空を作った後、それぞれの守人である地上の民と空の民を作った。もし地上の民がたどり着けない場所だとしたら、神は門を守るために空の民を創造した……という仮説も成り立つ、か。空の民が門を通ることができないのは、あくまで守るための存在だから?」 

 自問自答のようなトランの言葉を聞きながら、リュートは自分が知りたい答えも、そこに隠されているのだろうかと考える。

 なぜ、都が狙われたのか。

 なぜ、彼女との契約が成立したのか。

 それとも、そのことは永遠にわからないままなのだろうか。

「大丈夫ですよ。」

「え?」

「必ず、真実を探し出します。」

「真実?」

 トランは大きく頷いた。

「黒き竜が何者だったのかわかれば、その魂を封印する方法もわかるはず。だから、もう少しだけ待っていてください。」

 いいですね、とトランは念押しした。


 翌朝。

「もう……向こうは昼か。」

 枕元に置いた金属ベルトの古い腕時計に目を走らせ、リュートは寝返りを打つ。

 ラグレス家の自分の部屋で目覚めるのは久しぶりだ。

 昨日はあれからトランを送り、そこから自宅に戻ってきた。時間も遅く疲れていたので早々に寝台にもぐりこんだのはかろうじて覚えている。

(みやこ)に連絡しなかったな……」

 フェスがこちらの世界で愛用している懐中時計を携えて飛んできた。滑らかな背をなでながら時計の蓋を開いて唸る。

「こっちも昼近いか。」

 観念し、欠伸をしつつ起き上がった。

 身支度を済ませ、祖父の形見の腕時計を左手に巻く。当然こちらの世界の時間と異なるが、身に着けていれば婚約者の今を想像することができる。

 部屋の外に出ると、小柄な銀竜(ぎんりゅう)が跳ねながら階段を登ってくるのに遭遇した。

「カルル?」

 リュートが声をかけると、小さな白い竜は「くぅ!」と喉を鳴らす。

 いつもは温室で過ごすことの多い銀竜が自らどこかに行こうとしているのが珍しくて、思わず手を差し出す。

「お前が自分でここまで来るの、珍しいな。」

 リュートが言うと、カルルは「きゅう!」と鳴いた。

「都の部屋に行きたいのか?」

 カルルは頷くと、飛び上がってリュートの腕に止まった。銀竜を携えたリュートは自分の部屋と階段を挟んで対角にある部屋に向かう。扉を開けると、窓を開け放した部屋に春の風が通り抜ける。

 この部屋はもともと叔母のシーリアが嫁入り前まで使っていた。それを母、エミリアが都が滞在したときいつでも使えるようにと、整えたのである。

 都の好みを配慮して選んだのは植物をモチーフにした装飾で、実際彼女はこの部屋をとても気に入っていた。華奢(きゃしゃ)な机の上にはカラーペンの並ぶペン立と彼女が愛用しているメーカーのスパイラルリングのノート、それに鏡台の上には日本語の書かれた小さなボトルが並ぶ。

 今ここにいなくとも彼女を感じられることに、リュートは少なからずホッとする。

 カルルが鳴いた。

 目を向けると、壁紙と同化しそうなほど芽吹いた植木鉢にカルルとフェスが寄り添っている。

「たくさん芽が出たな。」

「ぎゃう!」

 それは冬の庭でカルルが集め、コギンと都に贈り物のように渡したさまざまな植物の種だった。前回の滞在の帰りぎわ、庭師が用意してくれた鉢に種をまいた、と都が話していたことを思い出す。

「都が喜びそうだ。」

 その言葉にカルルが金色の瞳を細くする。

 あら、と背後で声がした。

「リュートさま、こちらにいらしたんですか?」

 ラグレス家の使用人、イーサだった。

「もしかしてカルルが催促しました?」

「たまたま出くわしただけだ。それより随分賑やかな鉢だな。」

 そうでしょう、と老齢の使用人は微笑んだ。

「温室では銀竜たちがかじってしまうからと、兄がここに持ってきたんです。」

 イーサの兄、ビッドは母エミリアの片腕とでもいうべき庭師で、二人ともラグレスの祖父が健在だった時分……つまり両親が結婚しリュートが生まれる前からこの家で働いている。イーサも六十を超えたはずだが、ふくよかな身体に似合わず機敏かつ精力的にこの家の雑事を引き受けている。彼女はありがたいことに、都がこの家に滞在した折には事細かに世話をし、さりげなくこちらの習慣を教唆してくれている。この部屋も、彼女が毎日風を通しているのだという。

「急にミヤコさまがいらして、慌てるのは嫌ですから。本当はこの鉢もミヤコさまに見てもらいたいけれど、お忙しいのは仕方ないですね。」

「すまないな。」

「兄もわかってますから。それに花は来年も咲きますもの。その頃には、こちらに来る機会も増えますでしょう。」

「と、思うが、先のことはまだ何も考えてない。」

「契約の儀が決まっただけでも充分です。」イーサはにっこり笑う。

「エミリアさまのときはリュートさまがもうお腹にいらしたから、それは大変でしたもの。」

「と、俺に言われても……」

「別にリュートさまを責めてるわけじゃありません。むしろ強引なくらいでよかったと、皆思ってますから。」

「どのみち、俺は一生その話題から逃げられないんだな。」

 リュートはため息をつきながら、窓の外に目を移す。

 と、空の向こうから近づきつつある一つの黒い影。羽ばたく竜の背に乗っているのは……

「オーディエさまかしら?」

「みたいだな。」

 あらあら、と言いながらイーサは慌しく部屋を出て行く。

 リュートもカルルを抱き上げると、フェスを従えて階下に向かった。二匹を銀竜たちの寝床になっている温室に放すと、その足で「図書室」と呼んでいる部屋に向かう。

 案の定、オーディエ・ダールは上着や風除けの眼鏡をその辺に放り出し、さっそく椅子の上でくつろいでいた。

「忙しいんじゃなかったのか。」

「家に戻るついでに寄った。」

 放り出した革の上着に手を突っ込み、引っ張り出した手紙をリュートに突き出す。

「お前、随分人気者だな。」

「実感はないが。」

「そいつは書記官から預かったが、ラダンもお前のこと聞きたがってうるさかったぞ。正確に言や、お前の婚約者について。」

「ラダンには関係ないだろう。」

 返事の代わりに笑い声。

「おい、ダール!」

「ああ、いや、悪い。奴があんまり真剣だったんで思い出してつい……あー、つまりだな、ラダンが気にしてるのはオーロフ家の令嬢、ネフェル・フォーン・オーロフだ。ネフェルは頻繁に聖堂の書庫に通ってるから、嫌でも目につくんだろう。」

「気にしてる……って?」

「奴の言葉を借りれば、一目惚れだそうだ。」

 その言葉で、リュートは先日のラダンの質問の意味を理解する。

「ところが肝心のネフェル嬢は色恋には興味がないらしい。」

「興味がないんじゃなくて、余裕がないんだろう。まだ半年だぞ。ネフェルがオーロフの家に入って。」

「それがわかってるのはおれ達くらいなもんだ。老オーロフも対外的にはネフェルは母親の国で育ったとしか言ってないし。そんな状況でお前の名前が出てきたもんだから、奴さん焦ったんだろうな。しかもお前が結婚するなんてまったく考えなかったらしい。ミヤコとネフェルがどれほど仲がいいのか、とか根掘り葉掘り聞きやがった。」

「なんて答えたんだ?」

「ラグレスが嫉妬するほど仲がいい、と言っておいた。」

「当たらずとも遠からず、ってところだな。」

 だろう、とダールは頷く。

「それともう一人、お前に会いたがってた奴から預かってきた。」

 ダールは再度、上着の内懐を漁る。出てきたのは丸めた紙の束だった。

 広げて、見覚えのある文字にリュートは首をかしげる。

「以前話を聞いただろう。密輸組織の摘発で見つかった銀竜の死体の報告書……の写しだそうだ。」

「キャデムか。」

 幼馴染の筆跡だったかと合点する。

「本当は実家(こっち)に戻るつもりだったらしい。けど公安も人手不足で思うように休みが取れなかったそうだ。お前が親父さんとこから一時帰国してると言ったら、渡してくれと頼まれた。」

「面倒かけるな。」

 なんの、とダールは手を振る。

「その分、ラグレス家にゃ世話になってる。お?」

 イーサが大きな盆を持って部屋に入ってきた。その後ろには赤毛のお下げを揺らしたラグレス家の料理人。二人は慣れた手つきで低いテーブルにお茶と軽食を並べていく。

「リュートさまがまだ何も召し上がってないので。オーディエさまもよろしかったらご一緒してください。」二人より年下の料理人が言った。

「ありがてぇ。実は朝から飛び回って、腹ペコだったんだ。」

「だと思いました。少ししたらお茶のおかわり、お持ちしますね。」

 そういって料理人がイーサと部屋を出て行くと、ダールが「ほらな」と片目をつぶった。

「この家に使いに来ると、ちゃんとご褒美がついて来るんだ。」

次回は土曜日に更新予定。

どうでもいい話は「活動報告」につらつらと書いております。そちらもお暇があれば覗いてください。

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