Tpw #8 常識と心魂術
◇◇◇◇
「ね?こんな感じっす!」
瑛斗とジンガは、強くなる為に琥珀に教えを請うていた。
琥珀の強さ、その理由は直ぐに判明した。心魂術という術で身体を強化することで得られる強さであるという。
魔法にも増強という考え方はある。例えば、魔力で筋力を補い攻撃力を高めるもの。風を纏い、移動速度や跳躍力を高めるもの。魔力のレンズを瞳に被せ、視力を高めるもの。体を魔力の膜で覆い、防御力を高めるもの。
魔法学院の卒業生であれば、それらの魔法も使えるだろう。だが、冒険者養成学校では、そこまで高度な魔法は学べない。
だが、琥珀の話を聞く限りでは、心魂術とは、そんな魔法の増強とは全く異なる術のようである。
「琥珀ぅ、俺に分かるように説明してくれよぉ」
ただでさえ理解力の乏しいジンガ。言葉で説明することが苦手な琥珀の説明では全く理解出来ないのである。
瑛斗は琥珀の説明を咀嚼し、咀嚼し、咀嚼し、自分なりに解釈して実践してみていた。
ーー己の中に存在するナニか?
ーー己の中にある?物質ではないナニか?
ーー血流、血液に近いけど異なるもの?
ーー己の存在、根本?ナニソレ... ...
「お手上げかも」
「瑛斗さん!諦めちゃダメダメっすよ!」
瑛斗らは今まで生きてきて得たもの、知識や技術、考え方などが根本から覆されるような感覚であった。そもそも、心魂とは何か?今まで生きてきた中で、全く聞いたことがない存在である。今まで培った常識を打ち破らなければ、あの領域には辿り着けない。漠然とではあるが、瑛斗はそう考えていた。
心魂術での身体強化について瑛斗が理解出来たことは、筋力を活性化させる訳でもなく、筋力を補うでもなく、元々そうであったかのように能力を底上げするらしい。
「あーなんで、二人とも分からないんすか?自分自身というか、存在そのものというか、あー何て説明したら良いんすか?」
「俺、頭わりぃから無理っぽいぜぇ」
このままでは一生、理解することが出来ないと瑛斗も考えていたが、そもそも琥珀が何故、知っているのか、という疑問にぶち当たった。
「琥珀は誰に教わったんだ?」
「師匠っすよ」
師匠がいるのであれば、その師匠に教わった方が確実ではないか。だが、もしかすると秘匿されている術かも知れない。瑛斗がそのように考えていたが、そもそも琥珀はどのように教えて貰ったのか、という疑問にぶち当たった。
「琥珀、君は師匠にどうやって心魂を感じ取るように教えて貰ったんだ?」
「えっと......己の心魂を意識しろ、集中しろ、息を三十分止めろ、だったかな?」
ーーアバウトだ。アバウトすぎる。琥珀のアバウトさは、師匠譲りなのかもしれない。
「んぁ?息を三十分止める!?どんな意味があるんだぁ?」
「僕は詳しく分からなかったんすけど、なんでも、心魂と同じ次元がどうのって、そんな感じだった気がするんすけど... ...」
物は試しと、瑛斗とジンガは座禅を組んで、己の心魂を意識し、集中し、息を止めた。
結果、五分と持たずに息を吐いた瑛斗。
「瑛斗さん、集中が足りないっすよ!ジンガさんを見習って下さいっす!」
ジンガは見事に集中しており、苦しそうな表情すらしていない。その後、十分、十五分と待つが、微動だにしないジンガに、瑛斗は少し心配になってきた。
「ジンガ?」
呼び掛けても返事のないジンガ。勿論、呼吸はしていない。不安になった瑛斗は、そっと脈に触れてみた。
「心臓が止まってる!」
慌てて心臓マッサージを行い、なんとかジンガを蘇生させることに成功したのだが。
「んぁ?瑛斗、どうした?そんなに焦って」
当のジンガは寝起きと変わらなかった。
「ジンガ、今、死にかけたよな?」
首を傾げるジンガ。ふと、思い出したように話し始める。
「おぉ、そうだ!俺、心魂ってヤツを感じ取った気がするぜぇ!」
「ほんと?どんな感じっすか?」
「んーー、言葉で説明すんのは難しいぜぇ。ぬぁ、違うな。なぉ、違うな。ぬわぁ、こんな感じだぜぇ!」
全く意味が分からない瑛斗。
「ジンガさん!それっす!それっすよ!」
「だよな!がはははっ!やったぜぇ!」
二人に全くついていけない瑛斗。
ーーこれって、死にかけないと感じ取れないのか?いや、まさか... ...
数週間後、何度か死にかけた末に漸く心魂を感じ取ることができるようになった瑛斗である。
◇◇◇◇
「で、身体強化ってのは、どうすんだぁ?」
心魂を感じ取ることに命を懸け、肝心の身体強化の方法を聞いていなかったジンガと瑛斗。
「心魂にグワッと負担を掛けるっす。こればっかりは言葉で説明するのは難しいっすよ。感覚でやって下さいっす!」
「どんな感覚?グワッて、もう少し分かりやすく表現してくれ」
今までも言葉で説明を受けた覚えがなかった瑛斗であったが、肝心の身体強化の方法が分からなければ、死にかけた意味が無くなるため、必死であった。
「じゃあ、お二人に聞くっす。お二人の心魂って、どんなイメージっすか?色とか質とか形とか」
「俺は、黄土色の粘土のような感じで、俺の体のような形のイメージだな」
ジンガがそこまで具体的なイメージを持っていることに驚いた瑛斗。慌てて自身の心魂を感じ取り、イメージを具体化していく。
「俺は... ...無色。いや、透明な銀色かな。ちょっととろみのある水のような質感で、形は... ...ひょうたん?達磨?みたいな感じかな」
ジンガと瑛斗の答えににっこりと微笑む琥珀。
「そこまでイメージ出来てるなら、あとは簡単っすよ。走るのも、剣を振るうのも、全て心魂さんヨロシクって感じっすから」
グワッと負担を掛ける、心魂さんヨロシク。なんとなくではあるが、分かったような、分からないような。そんなモヤモヤしている瑛斗を尻目に、ジンガの表情が明るくなる。
「分かったぜぇ!じゃ、俺走ってくらぁ!」
そう言って、ジンガは、浜辺を猛然と走り始めた。
瑛斗もなんとなく走ってみることにした。
「あー、ただ走るだけじゃダメッすよ!グワッと心魂さんに負担を掛ける感じっすよ!」
浜辺を走り続ける二人を眺めながら、ほっこりと微笑む琥珀の表情は、二人に説明しきった満足感で溢れていた。
既に心魂術を使いこなしている琥珀よりも、あの琥珀の説明でここまでたどり着いたジンガと瑛斗の方が驚異的な才能の持ち主であることは誰も知らないままであるが。
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