Tpw #7 才能と才能
◇◇◇◇
「おい、聞いたか!ジェロのやつ上級に昇格したらしいぜぇ!」
「あぁ、聞いたよ」
瑛斗らが冒険者養成学校を卒業してからもうすぐで二年が経つ。瑛斗、ジンガともに中級に昇格したのは、卒業後、三ヶ月。同期の中では比較的早い方であった。一般的には、中級に上がるのは一年前後。上級に上がるのは五年から十年と言われている。十年掛かっても上級に上がれない冒険者の殆どは、冒険者を引退している。
冒険者にとって、上級とは一つの壁である。
中級に上がる為の条件は、依頼達成数、依頼達成率、戦闘力である。依頼達成数や率は、冒険者としての素養を判断される。戦闘力は、より難易度の高い魔物討伐依頼を達成する能力を測られる。指定された魔物の討伐、試験官との模擬戦を経て合否が決定される。
上級に上がる為の条件は、戦闘力のみである。真に強くなければ、上級には上がれない。すなわち、上級冒険者とは強者である。
ゆえに、上級冒険者に依頼される内容は命の危険が高く、依頼達成報酬も高額なのである。
瑛斗らの同期で首席であるジェロは、周りからも期待された、才能ある若者であった。
僅か二年弱で上級に昇格した事実は驚異的であり、周りの想像を上回る快挙であった。
「俺らも負けてらんねぇぜぇ!」
ジンガならば、そう遠くない内に上級に昇格できるだろう。だが、俺は無理だ。瑛斗はそう考えていた。何故なら、上級昇格試験で課題となる魔物「デビルベア」には瑛斗の攻撃が通用しないと考えているからだ。
デビルベア。通称、黒熊。体長は三メード程度。全身を真っ黒な毛で覆われている。大木を薙ぎ倒す程の突進力、金属鎧を切り裂く爪、刃を通さない毛皮。これを単独撃破出来なければ上級とは認められない。
ジェロは養成学校時代から水属性の派生である水氷属性の魔法が得意であった。冒険者には珍しいほどの魔法の使い手であった為に、王立魔法学院に行けば良かったのに、と周りからは言われていた。高威力魔法に隠れてしまっていたが、体術もトップレベルであった。所謂、天才である。養成学校の教員からは百年に一人の天才児と呼ばれていた。そんなジェロだからこそ、二年弱という驚異的な期間で上級に昇格出来たのだ。
そんなジェロとは比べるまでもないが、ジンガも中々である。類いまれな怪力の持ち主であり、武器さえ質の良いものに変えれば、今でもデビルベアにダメージを与えることも出来るだろう。僅かだが、単独撃破の可能性も見えてくる。
瑛斗には、ジェロのような才能も、ジンガのような怪力も持ち合わせていない。魔法も武器での攻撃もそこまで高い威力がない。デビルベアとの一騎討ち。負けないかも知れないが、今のままでは勝つことは不可能だろう。
「はぁ。単独撃破は、今の俺には無理だな」
瑛斗は誰に言うでもなく、そう呟いていた。
◇◇◇◇
「黒熊っすか?あれなら十歳の時には倒してたっすよ?」
「はぁ?」「えっ?」
琥珀が衝撃の事実を告げるも、ジンガ、瑛斗は理解が追い付かず、暫く固まっていた。
「急所に一極集中っすよ」
「... ...詳しく、教えてもらおうか」
漸く動き出した瑛斗。何かコツがあるのならば、もしかすると自分にも可能性があるかも知れない。瑛斗はそう考えていた。
「えっ?頭を狙ってズドーンって感じっす」
「... ...えーと、どういうこと?」
あまりにも抽象的な表現というかザックリしすぎな倒し方に、いくら想像力を働かせても想像することが出来ない瑛斗。
瑛斗に理解して貰えなかったことは理解した琥珀。
いまだに固まったまま動かないジンガ。
「だから、こんな感じっすよ!」
一生懸命に倒し方を理解してもらおうと身振りで教える琥珀。既に言葉で説明することは放棄している。
琥珀が腰の革袋から魔石を一つ取り出すと、その魔石が瞬時に巨大な武器へと変貌する。
巨大な鎚である。
瑛斗よりも小さな体で、ジンガの大剣以上に重量のありそうな武器。アンバランスであるが、琥珀は軽々と巨大鎚を振るう。
数歩、走れば、目で追うのが厳しい速度になり、跳躍は軽々と城壁を飛び越えそうな高さに達し、その高さから勢いを付けて振るわれる巨大鎚は、もはや隕石に見えた。
凄まじい音と地響きを起こして砂浜に衝突した巨大鎚。砂埃がおさまると、そこにはクレーターが出来ている。
「ね?こんな感じで黒熊の頭を叩けば、数発で倒せるっすよ!」
どこに驚けば良いか迷う瑛斗。
この威力の攻撃でも数発は持ちこたえるデビルベアの耐久力に驚くべきか。琥珀の人を越えた動きに驚くべきか。魔石が巨大鎚に変わったことに驚くべきか。
百年に一人の天才児と謳われたジェロでさえも霞んで見える。目の前の小柄な少年は、十歳でデビルベアを倒したという。あの天才児ジェロでさえも十七歳で倒した魔物である。
目の前に残されたクレーターを眺め、己と少年の才能の差を実感する瑛斗とジンガ。
二人は暫く言葉を失い、固まったまま動けないでいた。
「ちょっ!二人ともどうしちゃったんすか?」
浜辺には、暢気に焦っている琥珀の声だけが響いていた。
◇◇◇◇