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世界を守るために~Tpw~振り子の世界  作者: 樹瑛斗
第一章 ヴィント王国にて
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Tpw #6 災難と漂流

 ◇◇◇◇



  冒険者養成学校では生徒に武器や防具を低価格で提供している。市場のおよそ三分の一程度の価格である。

  隣接する鍛冶士養成学校の生徒が作成した武具を、冒険者養成学校が買取っているからこそ実現できる低価格である。



  駆け出しの冒険者の多くは鍛冶士養成学校の生徒が作成した武具を使用している。ある程度の収入が確保出来るようになると、買い換える者が多くなる。

  中級冒険者となれば、それなりに収入が確保出来るようになるので、鍛冶士養成学校の生徒が作成した武具を使用する者は皆無となる。一部を除いて。




「おい!デケーの邪魔すんな!」

「んぁ?俺のことか?」

「初級ヤロウはあっちだろうが!どけっ!」



  冒険者ギルドでは度々絡まれる。ジンガも瑛斗も身に付けている革鎧が養成学校製品である為に、格下、貧乏人として舐められているのである。ちなみに養成学校製品の武具にはご丁寧に養成学校の刻印が焼き付けてある。


  ジンガも瑛斗も卒業後に直ぐに武器を購入した。その為、防具は後回しになったのだが、思いの外、養成学校製の革鎧が丈夫で使いやすかったので中級冒険者になった今でも使用していた。



「あぁ!俺に喧嘩売ってんのかぁ?」

「けっ!木偶の坊の初級ヤロウが邪魔だから、邪魔だと言ってんだよ!中級者様の前に立つなボケ!」



  ギルドの依頼掲示板の前で難癖をつけられているのはジンガ。難癖をつけているのは中年の冒険者。中年の冒険者の言葉から彼が中級冒険者であろうことが分かる。



「あーストップ!俺らも一応中級冒険者だからな。仲良くしようぜ」


  少なくともギルドの建物内ではな。と心の中で呟く瑛斗が冒険者ランクが刻まれた金属製のプレートを見せながら喧嘩の仲裁に入った。



「あぁ?おめぇらが中級?はっ笑わせんなよ、いーっひっひっ... ...」



  中年の冒険者が本気で笑い、息継ぎが出来ずに苦しんでいる。



「瑛斗、こいつぶっ飛ばしていいかぁ?」

「やめとけ... ...ここではな」



  瑛斗も本気でムカついており、ぶっ飛ばすことは確定していた。ただ、冒険者ギルド内で問題を起こせば確実に罰せられる。それはなるべく避けたかった瑛斗である。意外と腹黒い。



「どけ」



  一触即発の雰囲気の中、空気を読まずに新手が加わった。その者は長身で、灰色に近い水色の髪に同色の瞳を持つ、端整な顔の男であった。



「おっ!ジェロじゃねーか!久しぶりだぜぇ!」



  割って入ってきたのは、瑛斗とジンガの同期生であるジェロである。



「邪魔だ。どけ」



  ジェロは冷たい口調で静かに、ジンガと中年の冒険者の二人に向かって言ったようだ。



「おぅ、てめぇ調子に乗ってんじゃねぇーぞ!」



  ジェロの目付きや口調が癇に障ったらしく、中年の冒険者が今度はジェロに難癖をつけ始めた。


  その隙に、瑛斗はジンガを引っ張り出し、近くの机に腰掛けた。



「ちょっくら様子を見よう」

「瑛斗、顔が悪人面してるぜぇ」



  冒険者養成学校時代、ジンガと瑛斗はジェロと仲が良かった。ジェロの性格も良く知っている。この後、面白いものが見られると、瑛斗は期待していた。



「加齢臭くせぇ」

「あぁん!てめぇぶっ殺してやる!」



  ジェロの一言にぶちキレた中年の冒険者。ジェロの胸ぐらを乱暴に掴みにいった。



「ギィ...いてっ...あぁん!なんだこれ?」



  掴み掛かった中年の冒険者の左の拳から、白い半透明のトゲが何本も突き出している。



「加齢臭くせぇ。どけ」



  ジェロの冷たく突き刺さるような視線にたじろいだ冒険者。無意識に一歩、体を引いた。

  はっと我に返った冒険者。彼は自分自身が若い男に怯んだことが許せなかったのか、余計に熱くなったようだ。


  中年の冒険者は腰の鞘から直剣を引き抜き、背後からジェロに斬りかかった。


  流石に中級冒険者である。その一連の動作は滑らかであった。



「卑怯だぜぇ!」



  直剣がジェロに届く前にジンガが中年の冒険者を殴り飛ばした。下から腹を突き上げた拳は中年冒険者を軽々と浮き上がらせ、そのまま勢い良く吹き飛ばした。冒険者は、勢い良く床に衝突し、跳ね返り、三回ほど転がると一度だけ痙攣し気を失った。



「余計なことを」



  ジェロが静かに言い放つ。



  その後、言うまでもなく中年の冒険者、ジンガ、瑛斗はギルドから罰則を与えられた。瑛斗は何もしていないのだが、ジンガとパーティーであるため、連帯責任である。ジェロは実質、何もしていないので罰則は免れたようだ。



 ◇◇◇◇



「はぁ... ...」

「... ...」

「すまん... ...」

「過ぎたことだ」



  瑛斗はあのまま何もしなくてもジェロが無事であったと確信していた。ジェロ同様、瑛斗もジンガに「余計なことを」と心の中で呟いていた。



「わりぃ。鞄が遠退いたな」

「過ぎたことだ」



  二人が受けた罰則は、罰金と一週間の依頼受諾の禁止。素材の売買も一週間は禁止された。罰金が思いの外高く、ここ数ヶ月の稼ぎの半分ほど持っていかれた。


  二人は並んで腰掛け、海を眺め黄昏ていた。



「蟹でも食べるか... ...」



  すっかり意気消沈したジンガ。それでも食欲はあるようだ。



  二人は重い腰を上げ、浜辺に向かった。





「ジンガ、あれなんだと思う?」

「人?」

「だよな」



  蟹を探して浜辺を歩き回っていた二人は、それを発見した。明らかに人が倒れている。下半身は波にさらされ、放っておけば溺れかねない。



「死んでるかも知れないけど、助けようか」

「んぁ、そうだな」



  うつ伏せに倒れている人に近寄り、助け起こしてみると、全身砂だらけではあるが、外傷もなく、弱々しくであるが息もしていた。



「おい!起きろ!意識はあるか?」



  ジンガが頬をペシペシ叩きながら呼び掛けると、その者は薄く目を開いた。




「おね... ...たべ... ...」

「あん?何言ってんのか分からねぇぜぇ!」

「ジンガ、多分、食いもんだ」



  ジンガが懐から干し肉を取り出すと、倒れていた者は、肉を奪い取り貪りついた。



「みず...」



  喉を詰まらせながら、今度は水を要求してくる。瑛斗が携帯用の水筒を取り出し、その者に水を飲ませる。


  漸く落ち着いたようだ。



「本当に、本当に、ありがとうございまっす!僕、琥珀と申しますっす!」



  敬語のようだが、変に軽い話し方である。その琥珀は、黒髪に所々金髪が混じっており、瞳も黒ベースに金色の斑模様。背丈は瑛斗よりも低く、歳も瑛斗らよりも若干若いように見えた。この辺りでは見慣れない服装も相まって、瑛斗らからは変わり者に見えたことは仕方のないことである。



「ジンガだ」

「瑛斗だ」

「お二人は命の恩人っす!僕、何でもします!」



  瑛斗とジンガは顔を見合わせる。二人とも特に琥珀に頼みたいことはない。



「あー、琥珀くん。君はなんでこんな所に倒れていたんだ?」

「ん?ここ何処っすか?」



  瑛斗とジンガは再び顔を見合わせる。不思議な子だ。



「メルの南の浜辺だぜぇ」

「ああ!良かった。やっとたどり着いたんだ」

「君は何処からかメルを目指してきたのかい?」

「うーん、多分あの島からだと思いますっす」



  琥珀が指し示す方角には、霞んでいるが僅かにタスマン島が見えた。



「タスマン島?」

「はいっす」

「船が沈没したのかぁ?」

「いや、泳いで来たっす」



  瑛斗絶句。ジンガも絶句。タスマン島とメルの港は定期連絡船がある。確か、船で丸一日は掛かったはずだ。泳いで渡るなんて無茶過ぎる。



「で、溺れたのかぁ?」

「溺れてないっす。いや、溺れたのかな?」

「何があったんだ?」

「お腹が空いて、途中で気を失った気がするっす」



  瑛斗は、ジンガ以上の阿呆を初めて見た。ジンガすら、琥珀が阿呆であると思った程だ。



「何となく状況は理解したけど、琥珀くんはこれからどうするんだ?」



  見たところ、武器を持っておらず、食糧、飲料もないようだ。腰に小さな革袋は提げているが、大したものは入っていないだろう。もしかすると無一文かも知れない。瑛斗はなんだか可哀想になり、数日は面倒を見て上げようかと考えていた。



「僕、お二人の力になりたいっす」



  再び顔を見合わせる二人。



「んじゃ、あそこの蟹、倒せるかぁ?」



  あれを倒せねぇと、俺らの力にはなれねぇぜぇ、とジンガは心の中で呟いた。



「あぁ、やし蟹っすね。お安い御用っすよ!」

「へ?」



  まさかの返答に間抜けな声を漏らすジンガ。そんなジンガには構わずに走り出す琥珀。


  琥珀は腰の革袋から何かを取り出す。目の良い者であれば、取り出したモノが魔石であることが分かったであろう。その魔石が瞬時に長柄の武器に変わったのも見えたかも知れない。瑛斗らから見れば、革袋から長柄の武器を取り出したように見えただろう。まるで、その革袋が次元鞄であるかのように。



「はっ!やっ!」



  短い掛け声とともに、琥珀は二度ほど長柄の武器を振り切った。直後、やし蟹は前後に二つに分かれていた。



  瑛斗もジンガも唖然としていた。二人はそれなりに実力を付けてきた自覚と自信があったのだが、それでも単独では、あの蟹は倒せない。それも一瞬で。



「倒したっすよ!焼きます?生でいきます?」



  暢気な琥珀。固まって動かない二人。その後、一生涯の仲間となった三人は、こうして出会ったのであった。




 ◇◇◇◇

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