Tpw #2 赤黒蛇と葛藤
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オーガス大陸には六つの国が存在する。その内、瑛斗達が属するヴィント王国は、大陸南東部に位置する最も面積の小さな国である。東側と西側を山脈に挟まれ、南側は海、北側はシード連合国に接している。王都メルは海に面した都市であり、海を挟んだ南側には古代遺産であるタスマン大空洞を有するタスマン島がある。タスマン大空洞から採れる稀少金属を各国に輸出しており、大陸随一の金持ち国家である。国の方針として幼少期からの教育に力を入れており、その結果として軍事力も大陸随一であった。
このオーガス大陸は、光明時代と呼ばれる比較的平和な時代が十数年前に終わりを迎えた。
この世界は振り子の様に平和な時代と争いの絶えない時代を揺れ動いている。平和な時代は光明時代と呼ばれ、魔物の力が弱まり、その数が激減する。争いの時代は暗黒時代と呼ばれ、魔物の力が強まり、その数が激増する。十数年前、120年間続いていた光明時代が終わり、この世界は暗黒時代に突入したのだった。
オーガス大陸の南東の端に位置するヴィント王国は大陸随一の戦力を保持している。その中でも王都メルは、暗黒時代に備えて戦力の強化を図っていた。
メルにある騎士育成学校では、六歳から一五歳までの子どもを騎士に育て上げるための機関である。王立魔法学院は、同じく六歳から一五歳までの子どもを魔法士に育てるための機関である。その他にも士官学校、冒険者養成学校、専門職養成学校等々、幼少の子どもを立派な戦力に育て上げるための機関が充実している。
各国からもヴィント王国に留学し、メルで教育を受けた後に自国に戻る者も多かった。
各国間での戦争は、ここ数百年、起こっていない。国同士で争うほど各国ともに余裕が無かったためである。皮肉にも暗黒時代の魔物の活発化が戦争を抑止していた。
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先日、晴れて中級冒険者に昇格した瑛斗達は、初めての討伐系の依頼を受けていた。
王都メルから西に二日ほど歩いたところにある西之森。ここが初めての討伐依頼の目的地である。
「で、ジンガ。それはなんだ」
「だから、食糧だって言ってんだろぉ!」
移動に片道二日。森で討伐に一日掛かったとして、復路に二日。合計五日分の食糧がジンガの背嚢に詰まっているらしい。
「五日分にしては多すぎだろ?」
「いや、むしろ少ないぜぇ!」
ジンガは、でかい背嚢のせいで、大剣を背負えず腰に差しているため、大剣の先を引きずっている。
「つーか、瑛斗。お前は明らかに少ないぜぇ!」
対する瑛斗は、日保ちする携帯用の食糧を必要最小限持っているだけであった。瑛斗もそれなりに大きめの背嚢を背負っているが、簡易テント、毛布代わりの外套、手鍋等々の冒険者必需品セットである。
瑛斗は、次からは、旅立つ前にお互いに荷物のチェックをすることを決心していた。
「腹減っても、俺のはやらねぇからな!」
「要らんわ!」
同じように冒険者養成学校を卒業したはずなのに、冒険者の基本がなっていないジンガに頭を痛めている瑛斗である。
◇◇◇◇
「旨そうだな」
「... ...」
「ちょっとくれよぉ」
「やらん!」
「けち」
西之森の入口を目の前に望んだ場所で野営の準備を終えた瑛斗達は、今、食事中である。
ジンガは、持ってきた食糧の中から好物の干し肉と乾パンを食べている。二、三人前はありそうな量である。
片や瑛斗は、道中で狩った草原兎をさばき、肉に軽く塩をふって香草で包んで蒸したモノ。乾いた若布と貝の乾物を塩で味を整えたスープ。ジンガと同じ乾パンをスープに浸して食べている。勿論、余った兎肉を乾燥させ、明日の食糧を確保することも忘れていない。
冒険者養成学校では、獲物の狩り方だけではなく、獲物のさばき方、簡単な調理方法も学ぶのだ。数日の旅であれば、手持ちの携帯食糧だけでも遣り繰りできるであろうが、長い期間の旅であれば、そうはいかない。現地調達の重要性は、学校で嫌となるほど教え込まれた。はずである。
「なぁ」
「やらん!」
ジンガは、涎を滝のように流していた。
◇◇◇◇
「ジンガ、あれ見えるか?」
森をさまよい、半日ほど経った時、漸くそれらしき魔物を発見した。
「蛇だぜぇ」
「依頼のヤツか?」
「んあ?依頼の蛇って、どんなヤツだか知らねぇぜぇ... ...」
瑛斗の殺すような視線に、さすがのジンガも最後の方は声が小さくなっていた。
「あれの特徴を教えろ」
「んぁ、大体三メードくらいだな」
「色は」
「赤と黒だな」
「縞か?斑か?」
「斑だぜぇ」
「依頼のレッドベリードブラックスネークだな」
「名前なげぇな...」
「...」
レッドベリードブラックスネーク。通称、赤黒蛇。猛毒を持っている蛇であるが、中級冒険者であれば難しい相手ではない。
「一応、猛毒持ちだからな。遠距離から俺が仕掛けるよ」
「お、おぅ。珍しくやる気だなぁ」
瑛斗は背中に背負っていた弓を構える。矢をつがえずに弓を引き絞る。狙いを定め、弦を放すと、無色の魔力の矢が勢いよく放たれた。
「... ...おい、外したみたいだぜぇ?」
「ちょっと距離がありすぎたな」
「おい、気付かれたぜぇ!」
「じゃあ、逃げられる前に仕留めるよ」
狙いの精度には自信を持っている瑛斗であったが、相手は動く魔物である。更に蛇となると、その的も小さい。無色の魔力の矢を外した時点でジンガと交替するのが最善であったが、瑛斗は矢を外した悔しさから、引くに引けなくなっていた。
瑛斗は、左右の腰に携えた旋棒を構え、音もなく疾風のように赤黒蛇との距離を縮める。
鎌首を持ち上げ、威嚇する赤黒蛇。
フェイントを織り交ぜ、見事に接近する瑛斗。
赤黒蛇が大きく開いた口で瑛斗の太股に突撃してくる。
左腕の旋棒で赤黒蛇の頭を弾き、残る右腕の旋棒で胴体を打ちつける。
手応えは感じなかった。
「ちっ」
舌打ちした瑛斗は、再度赤黒蛇の頭に旋棒を叩き込む。
赤黒蛇は身を捻り、頭への攻撃を避けるとそのまま瑛斗の脇をすり抜ける。
赤黒蛇の反撃を警戒した瑛斗は、赤黒蛇の頭部を目で追っていた。
視界の外からの突然の衝撃。
瑛斗は、左足に赤黒蛇の胴体、尻尾が絡み付くように体当たりしてきたことを直ぐに把握する。
体勢を崩しかけた瑛斗であるが、素早く赤黒蛇の胴体から逃れ、背後からの赤黒蛇の牙のアタックを身を低くし、転がるように避けた。
再び距離を取る瑛斗。
それからは延々とその繰り返し。
瑛斗が距離を詰め赤黒蛇を旋棒で殴り、赤黒蛇が反撃。赤黒蛇のアタックを避けた瑛斗が反撃。距離を取っては、再び距離を詰め、同じような流れの繰り返し。
瑛斗は、欠伸を漏らすジンガを視界の端にとらえていた。
致命的な一撃を加えられないまま、一時間が過ぎようとした頃、漸く瑛斗のカウンターが赤黒蛇の頭部を砕いた。
「なげぇぜぇ」
「... ...」
疲労と己の不甲斐なさに返す言葉がない瑛斗。瑛斗は、接近戦での攻撃力の無さが課題であると常々考えていた。
旋棒の利点は、小回りがきくこと。その小回りから防御は長けている。欠点は攻撃範囲の狭さと殺傷力の弱さである。
赤黒蛇には打撃よりも斬撃の方が有効であったはずだ。同じように攻撃範囲の狭いショートソードの方が今回の赤黒蛇には効いただろう。
瑛斗は、ジンガならば一撃で赤黒蛇の胴体をぶち斬っていただろう、と感じていた。
今は亡き冒険者であった瑛斗の父が使っていた武器である旋棒。ただの拘りでしかないが、瑛斗は冒険者養成学校に入学する前からこの旋棒を使用していた。
対人戦ではそこそこ通用するのだが、対魔物戦ではそろそろ通用しなくなってきた。
打撃系の武器であれば、もっと重量を増やして攻撃力を上げるべきであろうか。
接近戦で魔物と戦うのであれば、もう少しリーチの長い武器を使うべきであろうか。
瑛斗は、そんなことは遠の昔から感じていたのだが、どうしても拘り抜いた旋棒を使い続けてしまう。
「ジンガ、待たせた詫びに兎肉を馳走するよ」
「おう!」
ジンガからすれば、特に体力も使わず美味しいものにありつける。何故か分からないが凄い得をした一日であった。
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