Tpw #1 薬草と小鬼
◇◇◇◇
「ギィィィィィャャャャャャャ!!!」
「グァァァァァァ!」
突然響き渡った叫び声に二人はお互いに顔を見合わせた。
ヴィント王国の王都メルから北西に徒歩で二時間ほどの距離にある小さな森。その森は、駆け出しの冒険者が良く訪れることから、初心者の森と呼ばれている。
今日も、いつも通り瑛斗が依頼の品である薬草を採取し、ジンガに辺りを警戒を任せていた。比較的、森の浅い場所であることから、滅多に魔物とは遭遇しないのだが... ...
「なんか聞こえたぜぇ?」
「だな。明らかにヤバそうだ」
瑛斗は更に警戒を強め、叫び声の発生源の方向に目を向けた。ジンガの表情にも警戒の色が浮かんでいる。
「行くかぁ?」
「うん、行こう」
今年、冒険者養成学校を卒業した二人は、本格的な魔物との戦闘経験は少ない。二人に限らず、駆け出しの冒険者は魔物との戦闘経験は少ないはずだ。初級冒険者は、ギルドで薬草等の採取依頼しか受けさせて貰えないからである。当然、この初心者の森に来ている冒険者のランクは初級である。稀に中級冒険者がこの森を訪れることもあるが、その殆どが初級冒険者の引率である。平均的に一年以内に初級から中級に上がれることから、先ほど悲鳴をあげた者が瑛斗達の同期である可能性が高かった。
ジンガはそんなことは全く考えていないだろうが、瑛斗は同期の幾人かの顔を思い描いていた。
「血の臭いがするぜぇ」
瑛斗には血の臭いは感じることは出来なかったが、ジンガがそう言うのであれば、そうなのだろうと微塵も疑っていない。
「ジンガ、あれ見えるか?人が倒れているみたいなんだけど」
「あぁ、見えるぜぇ。血の臭いの元はアレだな」
木々の間から倒れている者が見える。うつ伏せに倒れている者は血溜まりの中にいる。アレだけの出血をしているのであれば、もう助からないだろう。背中から生えている短剣の場所から、背後から心臓をひと突きされたことが想像できる。
「瑛斗、あっちだ。あっちから争いの音が聞こえるぜぇ」
瑛斗達は動かぬ冒険者を迂回し、まだ助かる見込みのある方へ慎重に近付いた。数十メード歩いた先、木々の隙間から、それらの争いが見えるようになってきた。
「瑛斗、やつら、襲われてるぜぇ」
「一、二、三... ...六か?」
「どっちがだ?」
「小鬼の方だ」
「七だぜぇ。一匹後ろの方で矢を構えてやがる」
小鬼七匹に対して、冒険者は五人。初級冒険者とは言え、この人数であれば小鬼七匹に遅れはとらないはずであるが、五人の内、三人が負傷している。多分、小鬼に奇襲を受けたのだろうと瑛斗は予想していた。
「ジンガ、助っ人に行こうか」
「んじゃ、頼むぜぇ!」
「任せろ」
ジンガは真っ直ぐに小鬼の集団に向かう。瑛斗は小鬼の後方に回り込む。
ジンガは背中の大剣を二本抜き放つと森中に響き渡る程の大声をあげた。
「うおぉぉぉぉおおおおおお!」
ジンガの雄叫びに気を取られたのは小鬼だけでなく、冒険者達もであった。すなわち瑛斗とジンガを抜かしたその場にいる全員がジンガの雄叫びに萎縮していたのである。
ジンガが猛然と駆け寄り、大剣を振り回す。その剣筋は研ぎ澄まされた剣術にはほど遠く、巨大な鉄の塊が嵐のように通り過ぎたと形容するのがぴったりである。その嵐が通り過ぎた後には、胴体がちぎれた小鬼や両腕を失った小鬼などが三匹倒れていた。
五人の冒険者が、漸く助けが来たことを認識し、この隙に我らも反撃をと構え直したのだが、既にそこには立っている小鬼の姿は無かった。
ジンガの大声に気を取られている隙に、瑛斗が小鬼の死角から次々に無色の矢を放っていた。それらは狙いを違えることなく、小鬼の頭部に突き刺さっていた。
「やったか?」
「あぁ、終わったぜぇ」
木々の間からひょっこりと現れた瑛斗の姿を見た者が呟いた。
「... ...白銀の狩人と暴風大鬼、か」
今年、冒険者養成学校を卒業した者であれば、二人の渾名は聞いたことがあるはずだった。
白銀の狩人。白に近い銀髪の瑛斗。瞳は黒に近い銀色。主武器として弓矢を使用しており、狙いの正確さは同期の中でも頭抜けていた。
暴風大鬼。金髪坊主で蒼瞳。巨体のジンガ。常人であれば一本でも扱いに困る大剣を二本持ち、野獣のような咆哮と身のこなしで戦う様は嵐のようである。
冒険者養成学校の同期生の中では比較的有名な二人。その二人の特長を良く表している渾名であった。
「君たち、直ぐに逃げるよ」
「で、でもケインがまだ!」
「わりぃが、あいつはもうダメだぜぇ」
一瞬の間が空く。五人の冒険者達もそのことは理解しているようだが、遺体を放っておくことに対して迷いが生じているのだろう。
「すまない。どっかの馬鹿の大声で魔物が集まってくるだろうから、遺体は後日回収してくれ」
「あぁ。分かった... ...こちらこそすまなかった。助けてくれて感謝する。では、行こうか」
五人の冒険者のリーダーらしき者が、そう言うと、皆で森の出口に向かって走り出した。
数々の犠牲の上で成り立つ平和。ここ数百年ほど国家間の戦争がない代わりに、毎年多くの者が魔物に命を奪われている。多くの冒険者が平和を望み、多くの冒険者が命を落とす。
瑛斗は、この冒険者という職業に誇りを持っている反面、このもどかしさを何とかしたいと常日頃考えていた。
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