第八話:善と悪
カニ帝国艦の中を走り、ブリッジに向かうザードとワイズマン。内部構造が国連宇宙開発部のそれと同じなので移動するのは楽だった。
「ターボリフトが使えればもっと楽なんだがな。敵に居場所を知らせるようなものだ」
走りながら軽口を叩く。ブリッジに入るとそこにはわずか三匹の巨大な蟹の姿があった。
「よく来たな。歓迎しよう。愚かな人間よ」
「どうやって国連宇宙開発部と手を結んだ?」
「何だ。そのことか」
カニはカニ語でゆっくりと話し始めた。翻訳機は正常に動作していた。
「そもそも話を持ちかけてきたのはそっちの方だ。人間。我々とて愚かな貴様らとは手を結びたくはない。だがな、預言カニのワームホールが開くと分かった以上、現在の宇宙開発する力すら持たない我々は手を結ばざるを得なかった。見返りに何を渡すかだって? 人間はよくわからないね。預言カニと対をなす悪魔カニレイスの力が欲しいんだとよ。欲しいならくれてやると思うんだが……」
話はそこで遮られた。
『余計なおしゃべりはよしてもらおうか』
強制的に開かされた通信チャンネルから、国連宇宙開発部の総督の声が響いてくる。
『そこにいるのはザード君だね。私だ、ロストだ。今日は地球にとって記念すべき日になりそうだ。カニと人類とが手を結び、反逆者を捕らえるのだ。つまり、ザード君、君のことだ』
「どういうことだ」
「艦長、落ち着いてください。総督はあなたを罠にはめようとしています」
巨大カニはザードをフォースフィールドで囲み拘束した。なおもロストは通信チャンネルから演説を続ける。
『君たちは無断でワームホールを通過した。これが一つ。そして、国連の最高機密である悪魔的存在カニレイスと接触した。これが2つ目』
「カニレイスとは何のことだ!」
ザードが叫ぶ。
『分からんとは言わせないぞ。ほら』
スクリーンに国連宇宙開発部の司令部がうつり、そこにはミーシャの姿もあった。ロストは続ける。
『ほら、ミーシャもそうだと証言してくれた。ここに観測データだってある』
「総督はカニ帝国に操られて……」
ここで、ザードは転送された。転送先は間違いなく地球の国連宇宙開発部だった。ワイズマンはフェイザーガンを巨大カニに向け発射するがもちろん何の効果もない。
『警告。ワープコアオーバーロード。ワープコアの爆発まで後20秒』
エクセルシオール内に響く機械音声。停止した生命維持装置。そして。
「いくら生命維持装置を停止させたって20秒程度は生き残れるぞ」
「そうでもないわ。この部屋は既にワープコアのオーバーロードによって重度の放射線に晒されている。くたばるのは早いわ」
「アホか! 放射線の影響で20秒程度で死ぬか! 人間がここまで愚かだとは思わなかった!」
『機関部、応答せよ。ワープコアを何とかしなさい』
ブリッジから通信が入る。させまいとにじり寄るカニ。コンソールからコマンドを打ち込み、ワープコアの再安定を図るリン。
『警告。ワープコアオーバーロード。ワープコアの爆発まで後10秒』
続くカウントダウン。リンの腕をハサミでちょん切ろうとするカニ。しかし、やはりこの環境ではそうそう力は入らない。それはリンも同様だった。
「駄目だ!」
リンは叫んだ。
ワープコアは放出された。オーバーロードしていたワープコアは爆発し、船体底部に大きなダメージを与えた。事実上船にはエネルギーはほとんど残っていない。
「さて、じゃあ俺様は転送で逃げるとしよう」
「逃がすか……」
再びコンソールを叩くリン。張られる転送妨害フィールド。
「私のクルーを殺しておいておめおめと逃げられると思うな!」
機関部から応答がない。ブリッジはそのことに焦燥感を覚えていた。カニが機関部に侵入し、ワープコアをオーバーロードさせた。そして更に。
「艦長の反応が消えました」
神楽は無慈悲なデータを読み上げた。