第六話:浮遊機械都市カニ帝国前編
侵入者はあっという間に士官室を乗っ取った。
「はっはっは。人間など所詮はこの程度よ」
凄む巨大毛蟹。壁に背をつけ、頭に手を当てているザードたちは抵抗するすべを持っていない。
「とは言え、俺様も特に目的があって此処に来たわけではない……」
「何を言い出すんだ」ザードが言う。
「黙れ。そうだ、ここで面白いショーを見せてやろう」
と言うなり巨大カニの身体が突如光り始めた。転送時の情報量子化の反応に似ていた。
「転送? 逃げる気か。ここは地球から2万光年離れているんだぞ」
ゲンも言う。
「はっはっは! だからこそ面白いショーなんじゃないか。俺様がどこに逃げるのか当ててみな!」
そう言い残して、カニは光の粒となり何処かに消え失せた。
「あの口ぶりだと間違い無く地球のカニ帝国に逃げましたね」
ワイズマンは何時だって冷静だ。
「だが、ありえない。2万光年の距離を転送で移動するなど」
ザードが言う。
「理論上は可能」
ライトが声を出す。
「そう、EPR転送システムなら……」
「いくらカニ帝国の技術が進んでいるとはいえEPR転送システムなんて話ができすぎよ」
クリムも思わず反応する。
「そう、出来過ぎている。そもそも何故あのワームホールは量子的に安定しているんだ? そもそもそこからしておかしい。これは夢か何かじゃないのか」
ザードは言いながら自分の頬を抓ってみたが、勿論痛みはあった。それにホログラム内部に閉じ込められている可能性も考えたがそれも不可能だった。あらゆる計算のキャパシティが、量子コンピュータを持ってしても処理できない量に達してしまうからだ。
「ちょっと待って。EPR転送システムと言っても、転送時に情報を予め登録しておいた座標のそれと一体に結合しないといけない。情報の流れは必ずワームホールを通ったはず……スキャン中……やっぱり。艦長、ワームホールを開けそうです」
ライトが嬉しそうに報告する。
「なるほど! リフレクター盤からあの忌々しいカニの野郎が残したエンタングルメント情報の淀を精製してやるんだな」
「そういうことです。艦長」
直ぐにリフレクター盤の調整は始まり、作業は3時間ほどで完了した。エンタングルメント情報がデコヒーレンスを起こしてしまっていたら万事休すだ。
そして作戦は実行に移された。リフレクター盤から量子ビームが2本射出され、それぞれが情報を独自に操作していく。
「もっと出力を上げろ!」
「そんなことをすると帰りの燃料がなくなってしまいます!」
神楽がいう。
「最悪ワームホールを通過出来ればいいんだ!」
「はい!」
「やった、ワームホール開きました!」
炎が煌めく空間、否、空間そのものが焔である場所に青色の穴が開く。ワームホールだ。
「さっさと突っ込むぞ! スラスター全開!」
ザードはそう命令すると、やっとキャプテンチェアに座り込んだ。
「ふう。皆よくやった。もう大丈夫だな」
ザードは安心してねぎらいの言葉を出す。
ワームホール内を運行する船。予想された預言カニの妨害も特に無く通過できるかに見えた。しかし。
「艦長、ワームホールの出口が開きました。未確認の船団がこちらに向かっています」
「通信、入ります」
通信回線はザードの指示で開かれた。
『我々はカニ。お前たちはここで死ぬのだ』
通信はそれだけで切れてしまった。
「全艦非常警報。我々はこれからカニ帝国との戦闘体制に入る!」