第五話:預言カニの導き
紅く燃える焔。煌めく火の粉。ワームホールを抜けた先。そこに広がっていたのは灼熱の空間。
「これは一体何だ?」
「スキャン中ですが、おそらくは超新星爆発の余波か何かかと」
神楽が推測を述べる。
「違う。ヘリウムはこんな燃え方をしない」
ワイズマンが口を挟む。
「私の目にはこれは何かもっと別なものに見えます。核反応か何か……」
ライトが言う。
「スキャン結果出ました。これは……」
神楽が口を止める。
「どうした? 言ってみろ」
「これは空間そのものが放射性反応を起こした結果です。燃えているのは空間内にある物質ではなく、時空そのものです」
ザードも絶句する。どういうことだ。そしてもうひとつの疑問が生じる。
「そもそもここは一体どこなんだ?」
「座標211・435・方位17・マーク24」
ワイズマンが冷静に場所を告げる。
「バカな! 地球から2万光年も離れているぞ!」
「ワームホールの理論限界は1万光年だ。いくらなんでもこれは……」
「艦長、我々が通過したワームホールの情報を確認したのですが、ちょっと気になることが」
ワイズマンの言葉にザードはそちらを向く。
「どうやら我々は二つのワームホールを通過したようです。一つは安定したワームホール。もう一つは極めて不安定なワームホール」
ザードは一瞬目眩を覚えた。
「すぐに引き返すぞ! 帰れなくなってはたまらん!」
だが、もう既にワームホールは閉じていた。
さて、どうしたものか。ザードたちは士官室に集まり、会議を行なっていた。
「まずは侵入者である毛蟹を退治してから落ち着いて話し合うべきです」
機関部主任のリンが言う。
「ここが2万光年先だと知ったら、あいつだって戦意を喪失するのでは?」
ゲンが言う。
「相手は蟹だ。人類への憎悪だけなら悪魔よりも恐ろしい」
ザードはかつてを思い出していた。そうだ、私の家族はあいつらに……。
楽しい夕食だった。食卓に置かれたのは三匹の美味しそうなカニ。浜ゆでのそれはいつもどおり美味のはずだった。
「いただきます」
「召し上がれ」
「ん? 俺はまだ何もいっていないが」
「私も」
ザードとザードの父が言う。
「そりゃそうだ。俺様がお前たちを食べるんだからよぉ!」
カニはいきなり動き出し、8本の足で動きまわり、2本のハサミで暴れ始めた。いくら人類を抹殺することに特化した巨大カニでないとはいえ、相手はカニ。人一人殺戮するくらい造作も無いことなのだ。
父は二匹のカニをハンマーで叩き潰し力尽きた。母もカニのハサミで腕をちょん切られながらも、カニフォークで果敢に戦い、死んだ。私は守られることしかできないのか。ザードが生涯で最も無力感を感じた瞬間だった。
「艦長?」
「ん? ああ。大丈夫だ」
クリムの言葉で正気に戻る。
「そうは言っても戻る方法なんて……」
「リフレクター盤で量子放射を起こせばワームホールを少しの間開けるかもしれません」 ワイズマンが提案する。それを聞き、ライトは直ぐに計算を始める。
「理論上は可能ですが、計算上は不可能です」
ライトは結果をすぐに出す。
「詳細を」ザードは言う。
「単純な話です。燃料が足りません」
「そうか。元々近距離の調査ということで僅かな燃料しか積んでいない上に、想定外のワームホール通過……使えるエネルギー自体が……」
八方ふさがりだった。そして更に。ドアは突如開いた。
「手を上げろ! 抵抗するな!」
人間の声とは違う、独特なイントネーション。やってきたのは侵入者。巨大カニだった。