第二話:大いなる神殿のカニ前編
そろそろ超高エネルギー帯に近づこうとしている頃に、突如激しい振動がエクセルシオールを襲った。
「報告を」
ザードは冷静に指示を出す。
「量子振動です。超高エネルギー帯のジャクソンシフトがこちらのワープコアと共鳴しているようです」神楽はスキャン結果を報告する。
「ジャクソンシフト? 時間位相がずれているのか?」
ザードが言う。
「あるいは、時間そのものが超高エネルギーの影響から揺らいでいるのかも」
ブリッジで副官の席に座ったワイズマンが言う。
やがて、船は調査地点に到達した。停止命令の後、調査ポッドが再度チェックされ、そして調査ポッドが超高エネルギー帯に向けて投下される。
「ポッド、順調に超高エネルギー帯に向かっています」
ゲンが状況を報告する。
「到着まで後3秒、2、1……超高エネルギー帯内部に突入。さてと、どんなデータが得られるのやら」
ひとまず無事に調査の第一シークエンスが終わったことにほっとするのもつかの間、神楽が声を上げる。
「調査ポッドからの信号が途絶えました」
「全周波数でシグナルを出せ」
「やっていますが応答ありません」
「艦長、超高エネルギー帯のジャクソンシフトが強まっています。更に空間位相にまで変化が」
ワイズマンは何時だって冷静だ。しかし、その報告の内容を聞き、そしてスクリーンに投影された事実を目にし、ザードは大声を上げる。
「この位置に居たら超高エネルギー帯に船が飲み込まれるぞ!」
それは一瞬だった。超高エネルギー帯から展開される様々な周波数放射は、何らかの量子的な干渉をもってしてジャクソンシフトと呼ばれる時間位相のズレを生み出していた。船はそれとプラスして、これまでに観測されたことのないような空間位相の歪にも巻き込まれた。激しい揺れがクルーたちを襲う。そして。
「シールドを上げろ! このままでは船体がぶっ壊れるぞ!」
「ダメです! クロノトン放射が激しくてシールドが展開する先から破壊されていきます!」クリムが叫ぶ。
「じゃあ何とかしろ!」
ザードも冷静さを失い、訳の分からない指示を出す。
『警告。船体強度50%に低下』
コンピュータは無慈悲に状況を読み上げる。
「これは興味深いな」
激しい揺れの中、テーブルに掴まって一人冷静にデータの観測を続けていたワイズマンがつぶやく。
「艦長、これは量子トンネル効果により時空間にあいた小さな穴です。針の穴のようなそれは時空からダークエネルギーを取り出しそれが結果として超高エネルギー帯として観測されていたようです」
「ワイズマン、そういうのは後でいいからまずはこの揺れを」
『警告。船体強度30%に低下。緊急脱出の準備をして下さい。繰り返します。船体強度30%に低下。緊急脱出の準備をして下さい。』
警告音が鳴り響く中、まるでワイズマンはその正体を掴んだことに興奮しているかのようだった。
「これはワームホールなんですよ。クリム、ジャクソンシフトは無視して、空間位相のズレだけ補正してみるといい。きっと揺れは収まる」
直ぐにクリムはリフレクター盤、つまり量子的な波動を調整する特殊な装置を操作することで位相差の調整をやってのけた。そうすると確かに揺れはおさまった。
スクリーンには青いもやのようなものが映っていた。
「ここは……ワームホールの中か……」