1:まずは自己紹介から
この物語は『学園カメレオン』に出てくる登場人物がいます。
『学園カメレオン』を読むことを少しだけおススメします。
私のことをご存じだろうか。と聞いてもこの世界に返事をしてくれる者はいない。今私がいるこの世界は、何もないのだから。
宇宙の作られ方はご存じだろうか? 人間は宇宙の始まりのことを『ビッグバン』と呼ぶらしい。この『ビッグバン』というのはどうして起こったのか。簡単な話である。
「えいっ」
私は手を大きく広げて、叩いた。その衝撃で出来た空間が『宇宙』である。
1つ、私には何でも物を作ることができる。この空間にいる私が、自分なりに考えた結論である。この空間には昔、私以外にも誰かがいたことがある。その誰かも手を叩いて私を作ったらしい。
宇宙を作ってからこの空間の中でも暇がつぶせることが分かった。星を眺めているだけで楽しいことがたくさんある。指で潰すと爆発する。たまに周りの物を吸い込んでしまう星に変わってしまうが、それは『ブラックホール』と言うらしい。
そのうちの一つの星は特に面白い。『人間』という私にそっくりな生き物がたくさん住んでいるのだ。その星を人間たちは『地球』と呼んでいるらしい。
人間は私とは違って『感情』というものがとても発達しているらしい。悲しい、嬉しい、寂しい、辛い、そういう感情を持っている。私には『楽しい』くらいしかわからない。
人間の世界には『神』という概念があるらしい。何でも、目に見えない割には確実に存在しているという不思議な考え方だ。人間からは目に見えていないらしいが、私にはしっかりと見えている。まあ、宇宙を作った張本人が分からないことなんて、あんまり無いからね。
そんな地球に興味を持った私は、とある計画を練っていた。地球に遊びに行ってみよう。人間と会話をしてみたい。地球から世界を眺めてみたい。そう思い立ったのだ。
まずは神から人の姿と同じくらいの大きさになるまで体を縮める。次は年齢を設定する。地球を良く観察してきた私の考えでは、高校生という種類の人間には感情が活発に動いている。私も高校生になって、感情を身につけたいと思った。
もう一つ、興味がある場所は日本という地球にある国。ここには神が無数に存在するのが分かる。何でも、日本の人間はあらゆる物に神が存在するという考え方を持っているらしい。行き先は日本に決めた。
早速、日本の適当な学校に転校してくるという設定を付けて、私は地球へと向かった。
到着した途端、周りの人間からじろじろと見られていた。気づかれないようにこっそり降り立ったのだが、ばれているのだろうか? 良く見ると周りの人間は同じ服を着ている。私は服を着ていないので、それが原因だったのだろうか。とりあえず同じ服を着て、少しだけ時間を前に戻した。
学校の廊下を今、教師と私が歩いている。1年1組という教室の前に立って教師は私に言った。
「■■、少し待っててくれ」
私はとあることを思い出した。そういえば名前を設定していなかった。適当に名前を決めて、もう一度時間を戻した。
「ローザ、少し待っててくれ」
自分の名前が確認できたところで、教師は教室の中に入っていった。廊下には既に誰もいなかった。みんな別の教室に入って椅子に座っているらしい。廊下で待っていると教室の中から声が聞こえた。
「入ってきなさい」
私は教室の中へと入った。座っている生徒の全員が私を注目している。
「じゃあ自己紹介をしてくれ」
私は初めて声を出す。
「ローザです。よろしくお願いします」
完璧な自己紹介だと我ながら感心した。しかし教室全体がざわついた。奥の方に座っていた生徒が立ち上がって質問をしてきた。
「外国人なの!?」
異国の人間に思われたらしい。理由が分からないので、一度時間を止めて近くにいた『潮凪学園の神』に質問をした。
「ねえ、私って外国人に見られてるのかな?」
学園の神は逆に質問してきた。
「お前誰だよ……人間がなんで俺に喋りかけることができているんだ?」
「今そんなことはどうでもいいの! 私は外国人っぽいか?」
自分の姿を確認してもらった。学園の神はこう答えた。
「姿は問題ない。名前だな。ここは日本だ。ローザなんていうカタカナを使った名前は奇妙に思われる。日本っぽい名前にしたらいいんじゃないか?」
「そっか名前か……」
「名字の順番によって座る席が変わってくる。一番注目されにくい端の方に座った方がいいんじゃないか? あんたも多分神だろう。目立った行動は厳禁だぞ」
「わかった。じゃあそれっぽい名前考える」
そう言い、またもや時間を少し戻した。廊下で先生が私の名前を呼ぶ前で一旦時間を止めて、私は名前を考えた。
「席の一番後ろ……わ行の名前ならあの位置は確定だな」
時間を直した。
「渡辺、少し待っててくれ」
完璧だ。これなら一番後ろの席に座ることができる。後は下の名前を考えるだけだ。自分の今の服を見る限り、女子生徒と同じものを着ていることになる。つまり女子っぽい名前を付ければうまくいくはずだ。一番初めに見つけた生徒の名前と同じものを付けてしまおう。これで準備完了。
「今日から、うちのクラスで一緒に勉強することになった転校生を紹介する。じゃあ渡辺、入って来なさい」
名前が呼ばれた、教室の中に入る。やはり生徒はみんな注目している。
「じゃあ、自己紹介をしてくれ」
教師の言葉に反応する。人間としては二度目の声出しとなる。
「渡辺紗希です」
自己紹介と言っても、名前くらいしか自分には無いので、これくらいしか喋ることが無かった。一瞬の沈黙の後、さっきは外国人と疑って来た女子生徒が手を叩き出した。釣られて教室にいる全員が手を叩き出した。拍手というものらしい。
「あそこが渡辺の席になるから、そこに座ってくれ」
教師が指差したのは一番後ろの窓側の席。位置は学園の神が言っていた通りだった。席に座ろうと歩いていくと、やたらと注目してくる生徒がいた。私の席の前の男子生徒だった。私が席に着くとすぐに話しかけてきた。
「山崎慎一。よろしくな!」
私は学園の神の言葉を思い出した。あんまり目立った行動をするのは、神として良くないらしい。理由は後で聞いておこう。
「よろしく、山崎慎一」
ペラペラと喋るのは慎んでおこう。様子を見てからだんだんと溶け込んでいこう。
授業というものが始まっていった。本を眺めて黒板を眺めて、一生懸命になって生徒はノートに文字を書いている。人間の脳はそこまで優秀ではないらしく、見たもの聴いたもの全てを記憶できないようになっているらしいのだ。私には必要のない行為だった。
昼休みに入った。それまでに何人もの生徒に話しかけられて、大体の生徒の名前を確認することができた。生徒は一斉に自分のカバンから箱のようなものを取り出しているのが不思議だった。
何をしているのか観察していると、山崎が話しかけてきた。
「弁当無いの? 半分あげようか」
人間は食事をして生きる生き物だったと思いだした。感情以外にも知らないことを体験する機会ができる。山崎の顔を見る限り、半分も貰ったら良くないらしい。なぜあんな発言をしたのだろうか。
「ありがとう。少し頂きます」
弁当の中身を見る。卵焼きというのが一番初めに目に映った。どことなく、これが一番初めの食事にはぴったりの物だと思った。こいつにしようと指をさした。
「では、卵焼きをください」
「はい、どうぞ」
弁当の蓋の上に置かれた卵焼きを手で口の中へと入れた。初めての感触だ。これが人間の味覚というものなのだろうか。柔らかくて甘い。ここで私の中に感情が一つ生まれた。
『感動』
目から自然と何かが出てくる。水のような物だが、一体なんだか分からない。自然に出てきた物なのでどうしたらいいのかもよくわからない。しかし慌てていたのは私よりも山崎の方だった。
「お、おい……? なんで泣いてるんだよ……」
心配していた。泣くという行為は人の感情を揺さぶるものらしい。山崎の感情が動いているのが分かった。とりあえず、水を調節して止めた。涙というものらしい。
「何かあったのか? 大丈夫か?」
涙は止まっていても、山崎の感情はまだ動いている。とりあえず自分の平気を相手に伝えなければ。
「平気。感動しただけ」
「卵焼きで感動したのか!? 変わってるな、あんたも」
またもや感情が動いていた。私には理解できないが、この山崎という人間と一緒に過ごしていたら、感情がどんどん芽生えてくるかもしれないと悟った。
「ありがとう」
感動を教えてくれた山崎にはとりあえず、礼の言葉を伝えた。