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vector G→N ~Gさんの世界~(前)

ベクトルスピンオフ G→B、C→Gの続編になります。


学生の頃から身体は丈夫じゃなかったけれど、今思えばあんなのはましな方だった。

「ごほっ・・・ごほっ・・・」

立ち上がれない。それどころか起き上がることさえ出来ない。“寝たきり”と言って差支えない状況だけれど、意識がはっきりしている分だけもどかしさが募る。

「ばんり・・・」

呟いたのはやっぱり万里の名前。でも、分かっている。

どれだけ呼んでも、彼は私の元へやって来ないんだってことを。


←↓→


「――万里、お疲れ」

「ああ」

「お疲れさま。はい、タオル」

「ありがとう天野」

マネージャーの仕事は3年になって万里が引退するまで続けた。有能だったのも人望があったのも天野の方だけど。

「頑張って」

「うん?」

「明日」

「ああ、頑張ってくるよ」

万里はそう言って微笑む。

私は天野のおまけだ、分かっている。でも今だけは、万里の笑顔は私のもの。

明日は大事な試合だから、多分私が何も言わなくても万里は頑張るんだろうけれど。

万里が着替えにいって、天野と二人で後片付けに入る。

「最近身体の調子はどう?」

「まあまあ」

しばらく入院もしていない。まあ、マネージャーとしての仕事はほぼ天野任せだし。

「瑞希ちゃんが元気になって良かったって、万里くんも喜んでるよ」

「・・・そう」

多分少し調子がいいだけだ。しばらくすればまたもとの生活に戻る。そう思ったけれど、この子に心配を掛けたくはないから言わなかった。


「瑞希、ちょっと相談したいことがあるんだけど・・・」

そう言われたのは確か、2年生になってしばらくしてからのことだったと思う。

ここのところ浮かない表情をしていたから気になってはいたのだけれど、まさか私の方に相談してくるとは思っていなかったからびっくりした。

「なに」

いつもと変わらない反応を心掛けてはみたけれど、内心は天野より私を選んでくれたことが嬉しくて仕方なかった。

「ええと、実は・・・」

でもその直後に、私は万里が天野を選ばなかった理由を知ることになる。

「――というわけなんだけど、瑞希はどう思う?」

聞いてみれば至極もっともなことだった。相談の内容が天野に関わっていたのだ。

「俺も天野も全くそういうつもりなかったんだけどな・・・」

要するに、天野が万里を特別扱いしているようで周囲が気に入らないらしい。

天野が仕事をさぼっているわけじゃない。むしろきちんとやっている方だけれど、その中でも万里に対してだけ待遇が良すぎやしないか、と言いたいわけだ。

ただの嫉妬だ。気にする必要は全くないのだけれど、こういうふうに悩んでしまうのは万里らしい。

「言えばいいのに」

「何て?」

「『俺は彼氏だからいいんだ』って」

「・・・それってすごく嫌味な言い方じゃないか?」

マネージャーを始めてから万里の彼女が天野だってことはすぐに知れ渡った。だから部員全員それは分かっているはず。それでもこうして突っつくのは、ふたりがあまりにベタベタしているから。

「平気で惚気られないようじゃまだまだ未熟」

「そ、そうか・・・?」

周りにはバカップルを通り越して夫婦のようだ、と評されているくらいだ。しかも新婚の。

「気にしなければいい。万里は間違ってない」

ビジネスでもないのに私情を挟むなという方がどうかしている。天野は仕事をきちんとこなしているのだから文句を言われる筋合いはない。

「・・・そうだよな。うん、気にしないことにするよ」

それでもまだ悩むというのなら、私と付き合えばいい。そんな言葉は飲み込む。今それを言っても何も変わらない。こっちを向いてはくれない。

必ず振り向かせる、天野にはそう宣言したけれど私は未だに動けないままで。万里もそれに気付かないままで。

そうしてそのまま、大人になってしまった。


←↓→


案の定、体調はまた悪くなった。それも今までで一番ひどく。

「点滴換えますね~」

担当の看護師が入ってくる。確か名前は松田志穂。私はあまり名前を覚えない方だと自負していたけれど、一年以上も毎日同じネームプレートを見せられていれば嫌でも覚える。

看護師の後ろからもう一人医師が入ってくる。このネームプレートも見飽きたものだ。

「具合はどう、祇堂(ぎどう)さん」

「・・・別に。変わらない」

「そうか。やはり薬を変える必要がありそうだな・・・」

担当医師――仲村総一郎は顎に手を当てて考え込む。若い医者だが有能らしく、父にその腕を買われて私の担当になったらしい。

「はい、終わりましたよ」

看護師が作業の手を止める。

「では祇堂さん、また明日伺いますね」

仲村はそう言って微笑むと、そのまま病室から出て行った。

「――・・・薬」

薬、なんて悠長なことを言っているのは手術をしたくないかららしい。出来るだけ患者の負担にならないように、それが彼のモットーなのだ。

別に傷付けてくれてかまわない。いっそそのまま殺してくれればいいのに。そんなことを考えるようになったのはいつからだろう。

「・・・万里」

もう一度その名を呟く。けれどやっぱり彼はここにはいない。

わざわざ彼の住む町から離れた病院を選んだのは私の意思だ。全て私が悪い。そんなことは分かっているのに、ここへ来てくれない万里が恨めしくて仕方なかった。

高校を卒業してからもう10年近く経つ。学校がなくなってしまえば万里に会うチャンスは格段に減り、一方で天野と万里はまだ付き合っているらしいと聞いた。

分かっていた。同じようにマネージャーをしていても、万里との繋がりがより深くなっていくのは天野の方で私じゃなかった。むしろ私は離れていくばかりで。

天野の想いはとても強くて優しくて、私が付け入る隙なんてどこにもない。

「瑞希は大事な親友だよ」

そう言われてしまったらもう、それ以上先には進めなかった。


不意に病室のドアが開けられる。

「――久しぶり」

入ってきたのは見間違うはずがない――万里だった。

「万里・・・」

起き上がろうとしても力が入らない。すると誰かがそれを制する。

「無理に起き上がっちゃ駄目だよ、瑞希ちゃん」

「天野・・・?」

一瞬誰だか分からなかった。それくらいに会うのは久しぶりで、それにずっと綺麗になっていた。

「病院移ってたんだな。何も言わないからびっくりしたよ」

「・・・ごめん」

二人を見ていたくなくて離れた。そんなこと、言えるはずもない。

制された胸の方へ視線を下げると、天野の指に銀色のリングが輝いているのが見えた。

「万里、これ」

「ああ・・・うん。そのことを伝えたくて来たんだ」

万里は天野の隣に立つ。

「――結婚するんだ、俺たち」

血の気が引いていく音がした。

でもそう言って微笑む万里の顔があまりにも嬉しそうで、幸せそうで、だから何も言えなかった。

「・・・そう」

天野は少しだけ申し訳なさそうな顔をしている。でもそれを責めるつもりはなかった。

悪かったのは私だ。間違っていたのも私だ。それは今も昔も変わることのない事実。

おめでとう、と言うことは出来なかった。けれど、これが一番正しい結末だということは私が一番よく分かっていた。



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