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「レンっやはりここにいたか!」
「あー兄上ー。こんばんは」
「こんばんは、じゃない!全く油断も隙もないやつだな」
盛大な音をたてて次に侵入してきたのは、マックをもう少し大人に近づけたような、銀色のサラッサラヘアーの男だった。
多分、同い年ぐらいかなー。
「先触れも出していない、招待も受けていない女性の部屋に入るとはな、礼儀がなってないぞ!」
そりゃあんたも同じでしょうが。
そして美形なお兄さんは、自然な動きで胸に手を当てる礼をとった。
「愚弟が大変ご迷惑をおかけしました。何をしていたのかは後で問い質します」
「別にいいわ」
「いや、しかし」
「確かにマックは貴方が言ったようなことをしていないし、いつの間にか部屋に入ってきたけれど、私の知りたいことを教えてくれたしね、私はもう許しているわ。やましいことをしていたわけでもなかったから。むしろ私は貴方に文句があるわ」
「…………とは?」
表面上、顔には出てないけど視線が鋭くなっているわよ。
あまり好意的ではない、と。
当然か。
勇者を突っぱねて父親をコケにした女なんか、敵と同じよね。
ただ、まだ説得の余地はあるからなんとか取り繕っているだけで。
ま、そっちの事情なんか知らんけどね。
「貴方はこの部屋に入るときにノックはしたかしらね?中に誰がいようといなかろうと、自室以外はするべきではない?貴方も十分、礼に欠いているわよ。そんな貴方にマックを叱る権利があるかしら」
「…………おっしゃる通り。申し訳なかった」
ふふふ、面の皮が剥がれてきたわね。
少し敬語が抜けてきてる。
顔はつとめて冷静に、内心ではニヤニヤが止まらない。
説得なんて無駄なこと聞きたくないし、自分が言える立場にないようにしてやんよ!
「――――これ以上、無礼のないように我々は失礼する。突然こちらに来られて混乱や疲れもあるでしょう。今日はここに食事のみを用意させますからごゆっくり、ここで、お休みになってください」
「エナフォード兄上」
マックが嫌そうな顔でエナフォード――――エンでいいか――――に駄々をこねている。
何やっても絵になるわねー。
「レン、いつまでも女性の部屋にいるものじゃない。それに言っただろ、彼女は突然の環境変化に戸惑っている。………同じようなことを何度も言わせるな」
「ちぇ…………ハヅキ、また明日ね」
………なるほど。
混乱、戸惑い、ね。
勇者を拒否したのはまだ現在の環境に慣れていないから『思わず』してしまった。
ここで普通の人や物語になると本当に混乱して戸惑っていると『思い込んで』、困っているんだから助けてあげようかななんて思い始めちゃって、その上言葉巧みに丸め込められて魔王討伐に行っちゃうんでしょうね。
それに帰れないとなればここで生きていくしかないし、世界の英雄なんてどこも引く手あまたでしょうよ。
私は、ならない
絶対に
※※※※※
「レン、いったい何を話したんだ」
「ハヅキが知りたいって聞いてきたこと全部♪」
「余計なことは話していないだろうな?」
「父上や兄上達が思っている余計なことなんか、知らないよ」
「………1から教えてやらなければわからないか?」
「わかるよ。でも俺は俺で彼女の『信頼』を勝ち取るから」
【氷の王子】と揶揄される兄の顔が歪む。
こんなに感情をだすのに、なんで皆わからないんだろう。
それとも、この兄が自分には気を許しているとでもいうのだろうか。
(兄上なんかより、ハヅキがいいな)
彼女に信頼してほしい。
あの一見冷たい性格のようでいて、ちょっと甘さの残る彼女に、認めてもらいたい。
勇者だから、もあるけれど、会話をして少しだけ触れたハヅキの本質。
観察眼はとても鋭い。
質問だって、今後の身の振り方の為だ。
全てが自分の為に。
自身に降りかかろうとしている厄介事を徹底的に排除するつもりだ。
そんな彼女の信頼を得る?
難攻不落の問題だ。
誰も彼もが、親兄弟以外が跪くこの環境でハヅキだけが異質で特別だ。
自分と同じ目線の友人が出来るかもしれない。
そう思うとドキドキした。
いや、今もしている。
俺は、友達が欲しいんだ
誰にも邪魔はさせない
※※※※※
いつの時も、女性の勇者は波乱を呼んだ。
女性は陰の気を溜め込みやすく、また髪の長さにも影響がある。
つまり、魔術との相性がすこぶる良いということだ。
今までの女勇者達も男勇者達に比べ、やはり差が出ていたようだ。
特に今代は、腰まである黒い髪と黒の瞳だ。
黒もまた、魔術の高さに左右される。
さらに幼さが残るものの、整った顔立ちをしている。
………こぞって彼女を手に入れようとするだろう。
せめて自国民との婚姻も狙っているはずだ。
『勇者』はただ魔王討伐のためだけではない
政治・経済にも多大なる影響がある。
彼女はまだ気づいてはないないようだが、もし感ずかれでもしたら………?
混乱、戸惑いと強調してみたが、彼女はいたく冷静だ。
無意識の域でさえ、名声を拒否している。
(何故、勇者など争いのタネになる者が必要になるんだ)
何故、人に酷なことを頼まねばならないのだろう
それでも実際問題、勇者にしか魔王は倒せないのだ。