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なんだこれ
「成功だ!」
「勇者さま!」
私の立っているところは複雑な紋様が床に書かれた円の中。
その周りには白いローブを着たおっさん達。
部屋はいかにも、な教会の中っぽいな。
あれか、異世界トリップとやらか。
しかも王道のかよ。
残念なのは、私が女であることくらいか。
「勇者よ」
白ローブおっさん集の中から一人だけ雰囲気が違うおっさんが進み出てきた。
人生の酸いも甘いもしょっぱいも辛いも受けてきたって感じの鷹のような人だ。
服装も一人違っていて、金の細かい刺繍やらが施されている、これぞいかにもカッコいい系な王様の服だ。
その王様っぽい人が、私に頭を下げた。
「異世界より参られし勇者よ。どうか魔王を倒し、この世界を救ってくれ」
私は、打てば響くような早さで言い返していた。
「他力本願極まりない世界なんて滅べば」
※※※※※
呆然と間抜け面をした白ローブジジイ供(ジジイに格下げで十分だ)の間を王様っぽい男に腕を引っ張られていった先は、どうやら男の部屋(の一部)だった。
「なんなんだ、お前は!」
「そっくりそのまま、熨斗つけてお返ししますよ。なんなんだ、お前ら。ふざけんなってんだよ」
けっ。そんな怖い顔したって、ちぃぃっとも怖くないわ。
「王たる私が頭を下げてまでいるというのに………」
「貴方さっき、私に『異世界より参られし』って言ったじゃない。つまり私は貴方の自国民ではないというわけで、貴方に従わなくてはならないということはないのよ。わかる?自分の言ったことには責任を持ちましょう」
ああ、なんて無利益な会話なんだろう。
「………本当に、困っているのだ」
「知ったこっちゃないね」
「家族を魔物に殺され、失う気持ちがわからないか?!」
「昔、見ず知らずの他人に家族を殺され、今現在は傲慢な男に死にに行けと脅されている真っ最中ですが、何か?」
ついさっきまで、私は小さなアパートで大好きな読書をしていた。
そこを突然光が私を纏って、気づいたらあそこにいたというわけだ。
親と死別したのは二年前、中学三年の秋だ。
飲酒運転の車に突っ込まれた。
運転していた父と、助手席の母は即死、瀕死の重傷を負った私は奇跡的に助かった。
そして目が覚めたときには賠償金と慰謝料と、両親の保険金だけが、私に残された。
親戚は、まあ、それなりに優しかったけれど、事故のお金は莫大だったためそれに目移りもしていた。
だから私は一人になった。
親戚の中で一番信頼できる人をアパートの保証人になってもらって、遺書も書いた。
私はもう一人っきりだから、私は私の為だけに生きていく。
私的に誰かを助けるなんてしない。
誰かと心の交わりをするのはもう、疲れたし面倒だ。
一人にして、一人で十分だ。
「私に何かを求めるな、くそったれ」
※※※※※
「この部屋から出ることは許さん」
そう言い捨てて傲慢男は出ていった。
閉じられた扉の向こうから金属同士がぶつかる音が聞こえて、やはり見張りの騎士がいるようだった。
(今のところ)なんの力もない私が勝てる相手じゃないのはわかりきっているから、とりあえず敵を知らねばと、部屋を見渡す。
第一印象は、無駄な装飾の部屋。
機能性が全くない装飾なんて、三日とたたず飽きるね。
つか税金の無駄だ。
そんなに長くいたくないけど、いるつもりもないけど、なんにせよ知ることから。
何事も情報が大切だ。
「これ、かな」
見たこともない形が書かれている本が沢山あった。
けど、不思議とその形が文字と認識していて、『この世の理』と読むことができる。
これが所謂チート能力というやつなのだろう。
※※※※※
フィズベルクには百年周期で『魔王』が現れる。
『魔王』とはすなわち『闇』であり『恐怖』であり『悪意』であり『孤独』であり『殺意』であり『罪』であり『罰』であり『天災』である。
人々の心の闇から、暗闇に対する畏怖から生まれるため、魔王は一定の形を成さない。
魔王は個々の恐れる姿をしているからだ。
対して『勇者』とは、異世界から神によって招かれる使者である。
勇者は人々の『光』であり『希望』であり『救世主』なのだ。
勇者はフィズベルク世界の人々には与えられない強大な魔力を有し、また新しい知識や技術をもたらす。
その知識や技術によってこのフィズベルクは発展していった。
また我がマルドゥーク国は唯一、勇者を呼び寄せることができる神聖国家である。
勇者の知識・技術をフィズベルク全体に広める役割をも担っている――――
「………ふ」
あまりの綺麗事の羅列に吐き気がしそうだ。