ハロウィンの夜、ちいさなカボチャの王様がやってきた!
ハッピーハロウィン!
ちいさなカボチャの王様のお話をお楽しみください。
十月最後の夜。丘の上のかぼちゃ畑に、夕焼けの名残がとろりと溶けていた。
その畑の真ん中で、いちばん大きなかぼちゃのつるの陰から、ひょっこりと小さな影が起き上がる。
背丈は、人間の幼児くらい。小さな手と足。そして、体に似合わないほど大きな、まんまるのかぼちゃの頭。くり抜かれた目と口の奥では、オレンジ色の炎が、ぽうっと眠たげに揺れていた。
ジャック・オー・ランタンである。
「ふあ……よく寝た」
ジャックは大きな頭ごと、うんと伸びをした。頭が重くてふらりと傾いたが、そこは威厳でこらえる。
そのとき、畑のそばの道から、にぎやかな声が聞こえてきた。
「早く早く! いい家は、先に回られちゃうんだから!」
「待ってよ、お姉ちゃん! マントが引っかかった!」
黒いとんがり帽子の少女と、黒いマントの少年が、かぼちゃ形のバケツをぶんぶん振りながら駆けていく。
「今夜は、お菓子をもらえる日なんだもん。いっぱいもらうんだ!」
ジャックは、つるの陰でぴたりと止まった。
(お菓子の日……?)
人間たちは今夜、家々を回って、お菓子を集めるらしい。ほほう、とジャックは腕を組んだ。
(だが、僕はカボチャのキングだ。王が施しを受けに行くなど、ありえん)
では、どうするか。ジャックの炎が、ぼっと大きくなった。
(お菓子が飛び交う夜。人間たちの口が、甘いものを求めて開く夜。これはつまり――僕のご自慢のかぼちゃを知らしめる、絶好の機会ではないか!)
切り株の上には、籐のバスケットがひとつ。丹精こめたパンプキンクッキーが山盛りになっていて、こんがりと焼けた甘い匂いが、ほかほかと立ちのぼっている。
ジャックはバスケットをよいしょと抱え、畑の真ん中で、小さな胸を張った。
「ふははは! 僕のかぼちゃの虜にしてやる!」
誰もいない畑に、声だけが元気に響いた。
呪文は、さっきの二人組から拝借した。丘を下りながら、何度も口の中で転がしてみる。
「とりっく・おあ・とりーと……とりっく・おあ・とりぃと。ううむ、威厳が足りん。もっと堂々と」
丘の下では、街の灯りがきらきらと瞬いていた。オレンジ色の光が、ひとつ、またひとつ。畑じゅうのかぼちゃが、いっせいに目を覚ましたみたいだ。
ジャックの足取りは、自然と速くなった。落ち葉の積もった坂道を駆け下りても、かさり、という音ひとつしなかった。
* * *
街は、ハロウィン一色だった。
通りの両側に並ぶ家々の窓には、オレンジ色の電飾がずらりと並んでいる。玄関先には、顔を彫ったかぼちゃ。芝生には白いおばけがふわふわと揺れ、軒先の蜘蛛の巣には、大きな黒い蜘蛛が、ちょこんと乗っていた。
通りには、仮装した子供たちがあふれている。魔女に吸血鬼、海賊、宇宙飛行士。ふかふかの着ぐるみの恐竜まで走っていて、みんなきゃあきゃあと、家から家へ駆け回っていた。
(ほほう。民が、こんなに集まっているとは)
ジャックは満足げにうなずいた。
ちょうど一軒の家の玄関から、四人組が出てきたところだった。とんがり帽子の魔女の女の子、赤い裏地のマントを着た吸血鬼の男の子、シーツをかぶった小さなおばけ、それから、緑色の恐竜。
ジャックは、ずいと通りの真ん中に進み出た。街灯の明かりを背に、バスケットを抱えて、胸をそらす。
「とりっく・おあ・とりーと!」
四人は、ぴたりと足を止めた。
沈黙は、三秒ほど続いた。
「すっ……すっごーい!」
魔女の女の子が、バケツを放り出しそうな勢いで叫んだ。
「かぼちゃ頭だ! 見て見て、本物みたい! めちゃくちゃ上手!」
「頭、ちゃんと光ってる! どうなってるの!?」
ジャックは、むふん、と鼻を鳴らした気分になった。鼻はないが、気分は大事だ。
「かわいい、ではない。控えよ。僕はカボチャのキングだ」
「キング! かっこいい!」
恐竜が、短い両手をぱたぱたさせる。キングと呼ばれて、ジャックの炎が、ぽっと明るくなった。
(うむ。民は、僕の威光をよく分かっている)
すると吸血鬼の少年が、おずおずと自分のバケツを差し出してきた。
「あの、キャンディなら、ぼくの分けてあげる。さっき、いっぱいもらったから」
「いらん!」
ジャックは、ぶんぶんと首を振った。頭が大きいので、振るたびに体ごと少しよろける。
「僕は、もらいに来たのではない。与えに来たのだ。さあ、受け取れ!」
バスケットからクッキーをひとつかみ、少年のバケツにどさっと入れる。魔女の子、おばけ、恐竜の手にも、ひとつずつ押しつけた。
「さあ、僕のかぼちゃの素晴らしさを知るがいい!」
四人は顔を見合わせて、それからいっせいに、ぱくりとかじった。
ほくほくと甘い香りが、夜気に広がる。
「……おいしい!」
「かぼちゃの味がする! ちゃんと、かぼちゃ!」
「やわらかいのに、さくさくしてる!」
「もう一枚食べたい! もう一枚ちょうだい!」
あっという間に、ジャックは子供たちに囲まれた。ぎゅうぎゅうと押されて、バスケットが頭の上に掲げられる。
見上げれば、みんなの口もとに、クッキーのかけらがついていた。みんな、にこにこしている。
胸のあたりが、ぽかぽかした。炎が勝手にゆらゆら揺れて、止まらない。
「ふ、ふははは! 当然だ! 僕のかぼちゃだからな!」
ジャックはのけぞって笑った。のけぞりすぎて、尻もちをついた。
「だいじょうぶ?」
「へいきだ。これは、そういう儀式だ」
魔女の女の子に引っ張り起こされながら、ジャックは堂々と言い張った。
そのあいだも、子供たちの質問は止まらない。
「ねえ、頭の火、どうやってるの? 電池?」
「触ってもいい?」
魔女の子が、そうっと、かぼちゃの頭に手のひらをあてた。
「あったかい。でも、全然熱くない! すごい、最新の仕掛けだ!」
「当然だ。僕の炎だからな」
「足音もしないよね。さっきから、ぜんぜん聞こえなかった」
おばけの子が感心したように言うと、吸血鬼の少年が、うんうんとうなずいた。
「忍び足の練習してるんだ。本格派だなあ」
よく分からないが、褒められているらしい。ジャックは、威厳たっぷりにうなずき返した。
子供たちと歩き出した先の家では、玄関先に、顔を彫ったかぼちゃが五つも並んでいた。
ジャックは、そのひとつの前で、足を止めた。
「ふむ。僕の同胞だな」
じろり、と全体をながめる。
「だが、歯が欠けているぞ。彫りが甘い。僕のかぼちゃのほうが、断然上だ」
玄関の扉が開いて、キャンディのボウルを持ったお父さんが、ぶはっと吹き出した。
「言うねえ、小さなキング。それは、うちの娘が初めて彫ったんだよ」
ジャックは、もう一度かぼちゃを見た。そして、ちょっと考えた。
「……初めてか。ならば、悪くない。筋はいい。精進せよ」
かぼちゃに向かって、えらそうにうなずく。ボウルを持つお父さんの後ろで、パジャマ姿の女の子が、ぱあっと顔を輝かせていた。
「ねえ、キング! あっちの角の家で、大人のパーティーをやってるよ! お菓子も、料理もいっぱいあるって!」
魔女の子が、ジャックの手を引いた。
「ふむ。民が集う場所ならば、僕が行かねばなるまい。案内せよ」
ジャックは、意気揚々と歩き出した。
* * *
角の家は、窓という窓から、あたたかな灯りと音楽があふれていた。窓ガラスは、中の熱気でほんのり曇っている。
玄関の扉は、半開きだった。ジャックは迷わず、その扉を、どんと押し開けた。
「カボチャのキング、参上! 頭を垂れよ!」
音楽が、ふっと小さくなった。
居間には、仮装した大人たちが、ぎっしりいた。魔女に海賊、カウボーイ、はちみつ色の蜂。トイレットペーパーでぐるぐる巻きのミイラは、巻きすぎて、ほとんど動けていない。部屋の隅では、フランケンシュタインが、お皿いっぱいのポップコーンを抱えていた。
奥のテーブルには、キャラメルりんご、ポップコーンボール、色とりどりのカップケーキ。ぐつぐつ煮えるチリビーンズの鍋に、湯気の立つアップルサイダー。壁には、紙でできたコウモリが、ずらりと羽ばたいている。
一瞬の静寂のあと、部屋じゅうの大人たちが、声をそろえた。
「まあ、かわいいジャック・オー・ランタンね!」
「ちっちゃい! ちっちゃいわ!」
あっという間に、ジャックは魔女とカウボーイと蜂に取り囲まれた。
「かわいい、ではない!」
ジャックは、ぷんすかと言い返した。
「僕は、カボチャのキングだ。控えよ」
「はいはい、キング。キング、こっち向いてー」
ぴかっ、と白い光が弾けた。
「うわっ! なんだ、その眩しい箱は! 僕を撃つな!」
「撮ってるだけよ。写真」
「写真……肖像画か」
ジャックは、ふむ、と考えた。それから、大きな頭を、わずかに右へ傾ける。
「ならば許す。ただし、右から撮れ。右のほうが、威厳がある」
「まあ、ポーズまで決めてるわ!」
きゃあっと歓声が上がる。誰かの手が、頭をぽんぽんと撫でた。
「頭を撫でるな! 不敬だぞ!」
口ではそう言ったが、頭の中の炎が、ぽわぽわと明るくなっている。それはたぶん、気のせいだ。
「それにしても、完成度が高いわねえ。その衣装、どこで買ったの?」
「買う? 僕は、生まれつきだ」
一瞬の間があって、どっと笑いが起こった。
「やだ、役になりきってる!」
「ユーモアのセンスまで完璧ね!」
(なぜ笑うのだ……)
ジャックは首をかしげたが、みんなが楽しそうなので、まあ、いいことにした。
そこで、本題だ。ジャックはバスケットを、ぐいと突き出した。
「さあ、僕のクッキーを食べるがいい。かぼちゃの素晴らしさを、思い知れ!」
海賊が一枚、蜂が一枚、フランケンシュタインは両手にいっぺんに。みんな、ぱくりと口に入れて、ぴたりと動きを止める。
「……このクッキー、おいしいわ!」
「ほんとだ、しっとりしてる! お店はどこ?」
「店ではない。僕の畑だ」
「レシピを教えてくれない?」
「秘伝だ。教えん」
「えー、ケチ!」
「ならば、せめてもう一枚!」
フランケンシュタインが、巨体を縮こまらせて、手を合わせる。
ジャックは腕を組んで、むむむ、と迷った。
「……一枚だけだぞ」
結局、その一枚は、二枚になった。
やがて、チリビーンズの鍋のそばにいたホットドッグの着ぐるみのお父さんが、アップルサイダーのカップを高く掲げた。
「それでは皆さん! 今夜の素敵なお客様、カボチャのキングに、乾杯!」
「乾杯!」
ジャックの前にも、小さな紙コップが置かれた。湯気の立つ、あたたかいリンゴの飲み物。
ジャックはカップを両手でつかみ、ふんぞり返って、高々と掲げた。
「よい。苦しゅうない!」
かちん、と、いくつものカップが、ぶつかる。
くり抜かれた口に、リンゴのあまい香りが、すとんと落ちた。
部屋の隅で、ミイラがなにか言おうとして、巻いた紙がほどけて、また笑いが起こる。ジャックの炎は、さっきから、ずっとぽかぽかしていた。
気がつくと、バスケットの中には、クッキーが三枚だけ残っていた。
「民よ、また会おう」
ジャックは玄関でくるりと振り向いて、えらそうに手を振った。
「キング、またねー!」
大人たちも子供たちも、窓から身を乗り出して、いつまでも手を振り返してくれた。
* * *
賑やかな通りを抜けるにつれて、音楽も笑い声も、少しずつ遠ざかっていった。
電飾が一本、また一本と減り、街灯の間隔も、だんだん広くなる。道の両側には、低い石垣と、秋の草むら。風が吹くたびに、落ち葉がさらさらと、足元を転がっていった。
空には、やけに大きな月が出ている。
(ふふん。街の民は、すっかり僕のかぼちゃの虜だな)
ジャックは、スキップしかけて、バスケットが傾きそうになり、あわてて堂々とした歩き方に戻した。
やがて、道の突き当たりに、小さな家が見えた。
木造の平屋で、玄関の前には、ささやかなポーチ。窓の灯りは、台所らしい、ひとつだけ。飾りもなければ、かぼちゃも置かれていない。
(……ここには、まだ僕のかぼちゃが届いていない)
ジャックは、バスケットを抱え直した。
(王たるもの、辺境の民も見捨てはせん)
ポーチの階段を、ととと、と登る。扉の前に立つ。道中で、さんざん練習した。今度こそ、完璧に。
こん、こん、こん。
しばらくして、中からぱたぱたと、スリッパの音が近づいてきた。
扉を開けたのは、小柄なおばあさんだった。白髪をゆるくまとめて、毛糸のカーディガンを羽織り、手にはお玉を持っている。
「あらまあ。どなたかしら」
ジャックは一歩進み出て、胸をそらした。
「トリック・オア・トリート!」
言えた。舌も、もつれなかった。
おばあさんは、ぱちぱちと瞬きをして、それから、ふっと目尻を下げた。
「まあ、今日はハロウィンだったのねえ。すっかり忘れていたわ。ごめんなさいね、うちには、お菓子がなくて」
「なに?」
「まあまあ、お菓子がないわ。困ったわねえ。いたずらを、されてしまうのかしら」
おばあさんは頬に手をあてたが、少しも困っていない顔だった。目が、いたずらっぽく笑っている。
一方のジャックは、固まっていた。
(い、いたずら……?)
呪文の意味は、半分くらいしか知らない。いたずらとは、何をするものだ。どうすればよいのだ。
「……僕は」
ジャックは、ごほん、と咳払いのような音を出した。
「いたずらの作法は、知らん。だから、その、かわりに、これをやる」
バスケットから、クッキーを三枚ぎゅっとつかみ出して、おばあさんの手のひらに押しつける。
「僕のかぼちゃのクッキーだ。ありがたく食べるがいい」
おばあさんは、手の上のクッキーを見つめて、それから、ふわあっと笑顔になった。
「まあ。わたしがもらってしまって、いいの?」
「当然だ。王は、民に与えるものだからな」
「ありがとう。立派な王様ね」
おばあさんは、ひとくち、かじった。目を閉じて、ゆっくりと噛みしめる。
「……おいしい。やさしい味ねえ。かぼちゃの甘さが、ちゃんと生きているわ」
「ふふん、当然だ。僕のかぼちゃだからな」
「ええ、本当に」
おばあさんは、お玉を持ったまま、扉を大きく開けた。
「さあ、お入りなさいな。夜は冷えるでしょう。ちょうど、温かいスープがあるのよ。お礼に、ごちそうさせてちょうだい」
「スープ?」
ジャックの炎が、ぴくりと揺れた。扉の奥から、甘くて、やさしい匂いが漂ってくる。
(……かぼちゃの匂いだ)
これは、確かめなければならない。王として。
台所は、小さくて、あたたかかった。
奥の暖炉では、薪がぱちぱちと小さく爆ぜている。そのそばに、使いこんだロッキングチェアと、膝掛け。窓辺には、ハーブの鉢植えが並び、棚の上には、色あせた写真立てが、いくつか飾られていた。
テーブルの椅子は、ジャックには高すぎた。おばあさんが、クッションを三つ重ねてくれる。
その上によじ登って座ると、ようやく、テーブルの縁に顎が届いた。
「どうぞ。お口に合うといいのだけれど」
深皿の中には、とろりと濃い黄金色のスープ。ふわふわと湯気が立ちのぼり、上には、刻んだパセリがひとつまみ。
ジャックは木のスプーンを両手でにぎり、慎重に、ひとさじすくった。
くり抜かれた口に、あたたかい甘さが、ゆっくりと広がる。
かぼちゃの甘み、バターのこく、ほんの少しの黒こしょう。のどを通ったあとも、おなかのまんなかが、じんわりとあたたかい。
(…………)
ジャックは、無言でもうひとさじ。そして、もうひとさじ。
「どうかしら?」
「……ふん」
ジャックはスプーンを置いて、腕を組んだ。
「僕には及ばないが、やるじゃないか」
おばあさんは、ころころと笑った。
「まあ。最高のお褒めの言葉ね」
「ただし、味の検分は、まだ終わっていない。もう一杯、よこせ」
「はいはい。たくさんあるから、どうぞ」
二杯目の湯気の向こうで、おばあさんは、お茶のカップを両手で包んで、にこにこしていた。
「ねえ、王様。お名前を、うかがってもいい?」
「ジャックだ。カボチャのキングの、ジャック」
「ジャック王ね。いい名前だわ。わたしもね、昔は、庭でかぼちゃを育てていたのよ。あなたのかぼちゃみたいに、大きくは、できなかったけれど」
「ほう。それで、そのかぼちゃはどうした」
「みんなに配ったの。ご近所にも、お友達にも。ハロウィンには、玄関の前に、いくつも並べてね」
おばあさんは、暖炉の火を見つめた。懐かしそうに、目を細めて。
「ずっと昔はね、この夜は、玄関がにぎやかだったの。子供たちが、ひっきりなしに来て、お菓子が足りなくなって、あわてて、クッキーを焼き足したりして」
「今は、来ないのか」
「近ごろはね、みんな、街の真ん中のほうへ行くでしょう。年ごとに、少しずつ静かになってしまって」
おばあさんは、ふふっと笑って、ジャックのほうを向いた。
「だから、今夜は嬉しいの。ジャック王が来てくれて。久しぶりに、こうして誰かとお話しできて」
ジャックは、スプーンを握ったまま、少し考えた。
考えて、考えて、結局、いつもの調子で、ふんぞり返った。
「……僕が、来てやったのだ。光栄に思え」
「ええ。とっても光栄だわ」
おばあさんの笑顔が、ふわりとほどけた。
「それにしても、不思議ねえ。あなたの頭の火、ずうっと温かいのね。暖炉がもうひとつ、増えたみたい」
「当然だ。僕の炎だからな」
「ふふふ、そうだったわね」
暖炉の火と、ジャックの炎が重なって、台所の壁に、ゆらゆらと、ふたつの影を落としている。
それから、ふたりは、いろいろなことを話した。ジャックの畑のこと。今年は、大きな実がいくつもなったこと。おばあさんの、昔のハロウィンのこと。仮装した子供たちに、手作りのクッキーを配った夜のこと。
ジャックは、胸を張ったり、のけぞったり、おかわりをしたりしながら、ときどき、黙って暖炉の火を眺めた。
おばあさんは、ジャックの話に、ひとつひとつ、うなずいてくれた。どこから来たのか、とは、一度も聞かなかった。
スープの皿が、三度、空になったころ。
壁の古い時計が、ぼーん、と低く鳴った。
* * *
「……む。もう、こんな時間か」
ジャックは、クッションの山から、ぴょんと飛び降りた。
「そろそろ行かねば。帰り道は、長いのだ」
「まあ、そうなのね。外はもう冷えるわ」
おばあさんは、玄関まで、ついてきてくれた。
ポーチに出ると、月が、さっきよりも高くなっていた。遠くの街からは、かすかに音楽が聞こえてくる。
ジャックは、階段の下で、くるりと振り返った。
「おい、おばあさん」
「なあに、ジャック王」
ジャックは、一瞬、もじもじと足元を見て、すぐに、ばっと顔を上げた。
「スープは、悪くなかった。僕のかぼちゃには、まだまだ及ばないが。だから」
小さな胸が、これでもかというほど、そらされる。
「僕のかぼちゃの素晴らしさを、もっと教えてやる! 来年も来るからな!」
言うが早いか、ジャックは、ぱっと駆け出した。
小さな足が、月明かりの道を、軽やかに走っていく。落ち葉が舞い、バスケットが揺れる。足音は、やっぱり、少しも聞こえなかった。
道のカーブにさしかかった、そのとき。
ふわん、と。
淡いオレンジ色の炎が、夜の空気に、やわらかく広がった。
ジャックの姿は、もうどこにもなかった。ただ、道の真ん中に、小さな炎だけが、ぽつんと残っている。
炎は、ゆらりと揺れて、ふわふわと空へ昇り始めた。街の電飾の灯りよりも、ずっとやさしい色。やがて、いくつもの小さな火の粉になって、星のあいだへ溶けていく。
おばあさんは、ポーチに立ったまま、目を丸くしていた。
けれど、その驚きは、長くは続かなかった。
ゆっくりと、口もとがほころぶ。
「ふふふ、また来年」
おばあさんは、空に向かって、ひらひらと手を振った。
それから、ポーチの明かりを、ぽっと灯した。
「来年は、玄関に、かぼちゃを飾りましょうね。スープも、少し多めに作らなくちゃ」
遠くの街から、子供たちの笑い声が、夜風に乗って、かすかに聞こえてくる。
ポーチの明かりは、その夜、いつまでも灯っていた。




