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寿綾乃という女 第3部  作者: トモサン


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寿綾乃という女 第3部 91

そして、それが、私の顔に現れたのだろう…


 「…あら…なんか、綾乃さん、凄い顔をしていますね?…」


 と、彼女が言った…


 「…一体、どうしたんですか? …私が、今、なにか、綾乃さんの気に障るようなことを、言いました?…」


 と、彼女、菊池リンが、私をからかう…


 私は、頭に来たが、かといって、ここで、怒鳴れば、彼女の思うつぼ…


 彼女の仕掛けた罠にかかったことになる…

 

 だから、悩んだ…


 どう対応しおうか、悩んだ…


 そして、とっさに、


 「…だったら、菊池さん…菊池さんは、社長の居場所を知っているの?…」


 と、聞いた…


 我ながら、うまい手だった…


 「…知っているのなら、ぜひ、教えて…私も社長に会いたいわ…そして、どうして、私にFK興産の株を売却する相談をして、くれなかったのか、聞きたいわ…」


 私は、言った…


 わざと、言った…


 当然、この菊池リンが、答えられるわけがなかった…


 そう思ったからだ…


 が、


 その私の考えは、浅かった…


 「…それは、知ってますよ…」


 と、目の前の菊池リンが、あっさりと、言ったからだ…


 私は、思わず、


 「…ウソ?…」


 と、言ってしまった…


 すると、すかさず、


 「…ホントです…」


 と、菊池リンが、応じた…


 そして、それを、聞いて、


 …だからか?…


 と、内心、納得した…


 なぜ、この菊池リンが、ここにやって来たか?


 納得した…


 なぜ、私に会いに来たか?


 納得した…


 おそらく、その事実を、これまで、持ち出さなかったのは、彼女の最後の手段だから…


 最初は、


 「…私とお茶しませんか?…」


 と、誘い、粘る…


 そして、いくら言っても、私が、応じないものだから、ナオキの居所を、言い出した…


 そういうことだろう…


 そうでなければ、なにを言っても、私は彼女の誘いに乗らないからだ…


 そして、私が、そんなことを、考えていると、


 「…会いたいですか?…」


 と、菊池リンが、聞いてきた…


 当たり前だった…


 私は、


 …それは、会いたいわ…


 と、言いたかったが、彼女の思い通りの返事をするのは、癪に障った…


 だから、一瞬、考えて、


 「…それは、会いたいわ…」


 と、言ってから、いったん間を置いて、


 「…でも、この体調だから…」


 と、続けた…


 要するに、


 …ホントは、会いたいが、この体調だから、会えない…


 と、遠回しに言ったのだ…


 自分でも、天邪鬼(あまのじゃく)と思ったが、彼女の思い通りになるのは、嫌だった…


 どうしても、嫌だった…


 が、


 その返答ですら、彼女は、予想していたかのようだった…


 「…それは、残念ですね…」


 と、彼女は、言った…


 それから、


 「…でも、綾乃さん…」


 と、続けた…


 「…なに、菊池さん?…」


 「…今、社長に会わなければ、また会えなくなっちゃいますよ…」


 「…エッ? …なに? …どういうこと?…」


 「…社長は、今、定期的に、居場所を変えているんですよ…」


 「…どういうこと?…」


 「…社長は、借金の返済で、一時、その筋のひとから、お金を借りようとしたんです…それで、その筋のひとから、恨みを買っているかも、と、思って、記者会見後も、姿を現さないんです…」


 菊池リンが、したり顔で、言う…


 私は、驚いた…


 実に、驚いた…


 そんな話は、聞いたことがなかった…


 これまで、そんな話は、見たことも、聞いたことも、なかった…


 が、


 それが、ウソだとも、思えない…


 なにより、話に信ぴょう性がある…


 それが、事実なら、なにより納得する…


 もし、その筋のひとから、恨まれて、身を隠しているとしたら、私に連絡をよこさないのも、納得できる…


 私をトラブルに巻き込ませないために、連絡をよこさないなら、納得できる…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 なにより、その発言の主が、菊池リン…


 五井一族の菊池リンだ…


 だから、余計に、今の話は、納得できた…


 そして、その話に納得できた私は、


 「…どこにいるの?…」


 と、菊池リンに聞いた…


 これまでとは、打って変わって、強い口調で、聞いた…


 すると、菊池リンは、待ってましたと、ばかりに、


 「…知りたいですか?…」


 と、聞いた…


 にやりと、意地の悪い笑みを浮かべながら、聞いた…


 「…ええ、知りたいわ…」


 「…ホテルですよ…」


 「…ホテル?…」


 「…ホテルを転々としています…その方が、居所を掴めないでしょ?…」


 言われてみれば、もっともなことだった…


 言われてみれば、当たり前…


 誰もが、考えつくことだった…


 が、


 誰もが、考えつくことだが、肝心のホテルの名前がわからない…


 また、わかったとしても、そのホテルに問い合わせても、答えるわけがない…


 守秘義務があるからだ…


 まして、ナオキは、公人…


 公人=有名人だ…


 だから、余計に、答えるわけがない…


 拘置所から出て、FK興産の株を売った…


 その件で、世間を賑わせている…


 それは、ホテルも承知…


 十分承知している…


 だから、余計に、ナオキが、滞在しようと、教えるわけがなかった…


 これは、どこのホテルでも、同じ…


 世間に名の知れた著名なホテルなら、どこも、同じだろう…


 マスコミにでも、探られ、簡単にベラベラしゃべっては、信用されない…


 そんなホテルは、著名人のみならず、一般人も敬遠する…


 その結果、ホテルの信用が、失墜し、下手をすれば、経営危機に陥りかねない…


 当たり前のことだ…


 そして、そこまで、考えたとき、思った…


 と、いうことは、どうだ?


 今の菊池リンの口調では、


 …今、現在、彼女は、ナオキが、どこのホテルに滞在しているか、知っている…


 が、


 その後は、わからないと、いうことだ…


 あくまで、彼女の言葉を信じれば、だが、そういうことだ…


 そして、なぜ、私が、彼女の言葉を信じないか?


 それは、彼女、菊池リンが、五井家を代表して、私に接触してきたとは、どうしても、思えないからだ…


 彼女、菊池リンは、和子の孫…


 あの五井の女帝、諏訪野和子の孫だ…


 だから、和子の命に従って、行動しているか?


 と、問われれば、違うと、思うからだ…


 だから、彼女の目的がわからない…


 なにを、考えているか、わからない…


 だから、なおさら、彼女の誘いに乗っていいか、どうか、わからない…


 いくら、考えても、わからない…


 だから、私は、悩んだ…


 目の前の菊池リンを見ながら、悩んだ…


 

 が、


 結局、彼女の言う通りにした…


 彼女に、従った…


 彼女を疑うより、私の好奇心の方が、勝ったということだ…


 ナオキに会いたい気持ちが勝ったということだ…


 また、思ったより、体調が、良かったことも、大きい…


 私は、癌患者…


 どうしても、自分の体調を優先する…


 自分の体調を優先して、行動を考える…


 どこかに行こうとして、その途中で、カラダが、いうことを、きかなくなっては、目も当てられないからだ…


 だから、なにより、体調が、いいことが、大きい…


 そういうことだ…


 私は、菊池リンと、タクシーに乗って、ナオキのいる、ホテルに向かった…


 菊池リンは、タクシーに乗って、私の住むマンションにやって来ていたからだ…


 だから、私は、菊池リンと、タクシーに乗りながら、


 「…菊池さん…アナタ、クルマの免許を持ってないの?…」


 と、聞いた…


 聞かずには、いられなかった…


 すると、


 「…エッ? …どうして、そんなことを、聞くんですか? …綾乃さん?…」


 と、真逆に、菊池リンが、驚いた表情をした…


 「…いえ、どうしてといっても、菊池さんぐらいの年齢なら、免許は、持っていると、思って…」


 私が、遠慮がちに言うと、彼女が、


 「…綾乃さん…古いですよ…」


 と、私を笑った…


 「…古い?…」


 「…そう…古いです…私の周りの友人、知人で、クルマの免許を持っているのは、少数です…」


 「…エッ? …少数?…」


 「…そうです…」


 「…でも、それは、菊池さんの友人や、知人だから、皆、お金持ちだからじゃ…」


 「…違いますよ…」


 菊池リンが、怒った表情で、言う…


 「…金持ちと、免許があるなしは、関係ありません…」


 菊池リンが、憮然とした表情で、続ける…


 私は、こんな彼女を見るのは、初めてだった…


 これまで、私が見てきた彼女は、FK興産で、


 「…綾乃さん…綾乃さん…」


 と、まるで、私を姉のように慕う、可愛らしく、頼りない彼女の姿だった…


 それが、彼女の演じた仮面の姿であることは、すでに、気付いていたが、それでも、今の不機嫌な姿は、想像もできなかった…


 が、


 彼女の不機嫌な理由は、なんとなく、想像がついた…


 だから、


 「…もしかして、菊池さん?…」


 と、聞いた…


 「…なんですか? …綾乃さん?…」


 「…菊池さん…お金持ちの家に生まれたのが、嫌だったの?…」


 直球で聞いた…


 これまで、思っても、みないことを、直球で、聞いた…


 この質問に彼女のカラダが、こわばるのが、わかった…


 私は、思いがけず、彼女の痛いところを、突いたのだ…


 彼女の弱点を突いたのだ…


 「…それは、嫌ですよ…」


 と、彼女は、口を尖らせて、言った…


 ふてくされたように、言った…


 「…どうして、嫌なの?…」


 「…それは、周囲の目ですよ…」


 「…周囲の目?…」


 「…私が、五井家の人間だと知ると、周囲の目も変わります…」


 「…どう、変わるの?…」


 「…お金持ちの通う学校の中でも、いわゆるスーパーお金持ちだから、周囲の目も変わります…私を持ち上げたり、私を、真逆に、いじめたり…」


 菊池リンが、憤懣やる方のない口調で、言う…


 私は、そんな彼女を見て、以前、伸明が、同じことを、言ったことを、思い出した…


 このタクシーで、隣に座る菊池リンと同じことを、言ったことを、思い出した…


 伸明もまた同じ…


 学生時代、同級生の輪に入れず、苦悩したことを、告白した…


 五井家の御曹司というスーパー金持ちゆえに、周囲から、羨望と嫉妬で、孤立したことを、私に告白した…


 つまり、同じ…


 今、菊池リンが、告白した悩みと同じ悩みだった…


 それを、聞いて、つくづく、金持ちに生まれても、決して、幸福ではないな、と、思った…


 真逆に、私は、幸せだったと、思った…


 お金もなく、母と二人暮らしの母子家庭…


 が、


 それが、不幸だと、思ったことは、一度もない…


 たしかに、お金はなかったが、日々の生活に困るほど、貧しくはなかった…


 なにより、母は、私を愛していた…


 私を溺愛していた…


 いかに、自分の母親とて、娘を愛しているかと、問われれば、正直、それほど、愛していない母親もいる…


 それが、わかるのは、母親が、離婚したとき…


 大半は、母親が子供の面倒を見るものだが、稀に父親が見るものもいる…


 養育費など、いろいろな問題があるが、極論すれば、自分の産んだ子供より、男を取ったということだろう…


 これから、自分が再婚する男を優先する…


 そんな実例も少なからずある…


 私は、そんなことを、考えた…


 同時に、いかに、お金持ちの家に生まれても、決して、幸福な人生を歩んできたわけじゃないんだと、あらためて、思った…


 この菊池リンを見て、思った…


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