寿綾乃という女 第3部 44
ベッドに横になったまま、熟睡した…
いつのまにか、つい、ウトウトして、眠ってしまった…
これは、やはり、カラダの調子が悪いからだろう…
癌持ちの身だから、当たり前だ…
健康なカラダでは、ないのだから、当たり前だ…
大げさに言えば、少し無理をすれば、カラダが、悲鳴を上げる…
だから、日々、自分のカラダの体調を、自分で見て、そのときの体調に合わせて、行動する…
それが、基本だった…
そして、いつのまにか、それが、習慣になったというか…
それは、例えば、古いクルマに乗るようなもの…
三十年も、四十年も前の、いわゆるビンテージカーに乗る者は、その日の、その車の調子を見て、アクセルを踏む…
いわゆる、ビンテージカーは、人間でいえば、おじいちゃん、おばあちゃん…
そんなおじいちゃん、おばあちゃんに、全力で走れと、思いっきりアクセルを踏んでも、下手をすれば、壊れるだけ…
故障するだけだ…
中学生や高校生のカラダなら、思いっきりアクセルを踏んでもよいが、おじいちゃん、おばあちゃんのカラダでは、それは、できない…
それは、無理…
そういうことだ…
私のカラダもそれと、同じ…
それと、いっしょだ…
だから、自分のカラダの体調を見て、その日の体調に合わせて、行動する…
が、
今日は、ユリコの話で、正直、凹んだ…
体調は、悪くなかったが、心が凹んだ…
結果的に、体調も、悪くなって、バタンキュー(笑)…
まるで、スイッチを切ったように、ベッドに横たわると、意識を失った…
そういうことだ…
目覚めると、すっかり、周りが、暗くなっていた…
すでに、夜になっていた…
いったい、どれぐらい寝ていたのだろう?
自分でも、驚いた…
これは、決して、昼寝というレベルではない(苦笑)…
おそらく、5、6時間は、寝ていたのではないか?
そう、思った…
五井記念病院の診察は、午前中だった…
その後、マミさんや、ユリコと、スタバで、コーヒーを飲んで、それから、帰宅した…
だから、考えてみれば、午後2時前には、とっくに、自宅に戻っていたはずだ…
午後1時台には、自宅に帰っていたはずだ…
それが、今、目覚めたら、あたりは、真っ暗…
すでに、薄暗いというレベルではない…
正真正銘の真っ暗…
一体、どれだけ、自分は、寝たんだ?
自分で、自分に、突っ込んだ(笑)…
まあ、これも、カラダの具合が、悪いのだから、仕方がない…
と、自分自身に言い訳した(笑)…
そして、ベッドから、降りて、床に、自分の足が、つくと、途端に、急激に、お腹が減ってきた…
自分でも、自分のカラダの具合に驚いた…
なにより、目が覚めて、真っ先に、思ったのが、お腹が減った、だなんて…
これでは、色気もなにも、あったものじゃない…
我ながら、そう、思った…
世間では、はばかりながら、美人と呼ばれる女の実態が、コレ…
コレでは、きっと、いっしょに住んだ男は、幻滅するに違いない…
が、
それが、当たり前…
当たり前=普段の姿だ…
どんな美人でも、いつも、着飾っているわけではない…
いや、
美人は、着飾らなくても、美人…
すっぴんで、ジャージを着ているだけでも、美人…
だから、着飾るという言葉は、変…
おかしい…
だから、この例えは、おかしい…
そんなことを、考えながら、一方で、お腹が、空いて堪らないから、冷蔵庫の前に行き、なにか、食べるものが、ないかと、冷蔵庫の中を、物色した…
これが、独身の32歳の女の姿だと、思うと、我ながら、幻滅する…
とりわけ、自分で、いうのも、なんだが、私は、美人…
美人で、通っている…
それが、こんなでは?
我ながら、情けないというか…
これでは、色気もなにも、あったものじゃない…
私は、そう、思った…
そう、思いながら、なにか、食べるものが、ないか、冷蔵庫の中を物色した…
すると、冷凍庫の中に、冷凍からあげを発見した…
これを、解凍すれば、すぐに、食べられる…
それから、ご飯をどうすれば、よいか?
考えた…
…そうだ!…
…予備用に、サトーのご飯を買っていたのを、思い出した…
予備用というのは、私は、一人暮らしだから、食事も、基本、一人分だけ…
それでも、普段は、炊飯器で、きちんとご飯を炊くが、急いでいるときや、なにか、あったときは、すぐに食べられるので、サトーのご飯のパックを買い置きにしていた…
それを、思い出した…
それゆえ、今度は、サトーのご飯を探した…
すぐに、見つかった…
これで、食事ができる…
我ながら、満足した…
それから、冷凍唐揚げをレンジで、チンした…
レンジでチン=解凍した…
続いて、サトーのご飯も、レンジで、チンした…
私は、温めた、唐揚げと、ご飯だけで、食事をした…
これが、今夜の私の夕食…
いや、
昼食兼夕食だった…
昼間になにも、食べていないからだ…
しかも、昼間、五井記念病院から、戻ってきたままの服装…
化粧も、まだ落としていないままだ…
お風呂にも、まだ、入っていない…
とにかく、お腹が空き過ぎた…
だから、お風呂に入るより、なにより、食べることを、優先した…
これが、私の日常だというわけでは、決してないが、誰でも、似たり寄ったりだろう…
美人でも、イケメンでも、普通のひとでも、誰もでも、同じ…
家でいるのに、カッコつけてる人間は、いないからだ…
だから、付き合って、いっしょに、暮らし始めた男女が、じきに、相手の日常の姿を知って、幻滅する者も、大いに違いない…
あんな美人が…
あんなイケメンが…
いっしょに生活すれば、会社や、学校では、見られない姿を見せるからだ…
だから、幻滅する(笑)…
そういうことだ…
かくゆう、私、寿綾乃も同じ…
寿綾乃=矢代綾子も、同じだ…
普段、会社で、私を知っている者は、まさか、私が、こんなズボラな生活をしているとは、夢にも、思わないだろう…
会社では、美人で通っている…
そんな美人の日常が、コレでは、男も幻滅するだろう…
会社で、私に憧れた男たちの中には、きっと裸足で、逃げ出す者も、いるに違いない(爆笑)…
私は、思った…
が、
現実は、こんなもの…
こんなものだ…
世の男も女も、美人やイケメンに憧れるのは、アイドルに憧れるのと、同じ…
アイドル=作られた虚像だからだ…
虚像=実像ではないからだ…
だから、アイドルになる前の実像を知っている者は、アイドルになった姿と、それ以前の姿の落差に、驚くものも、いるだろう…
それと、同じだ…
はばかりながら、私も同じ…
この寿綾乃も同じだ…
だから、こんな姿を会社で、私に憧れている男たちに見せるわけには、いかないと、思う一方、見せたら、どんな反応を示すだろう?
とも、思う…
我ながら、天邪鬼…
性根が、ひん曲がっている(笑)…
が、
事実…
事実、正直な気持ちだった…
それは、大げさに、言えば、手品…
手品に近いからだ…
会社での姿と、家での姿が、違い過ぎる…
会社では、ツンとすました姿…
いわゆる、虚像とまでは、言わないが、家での姿とは、違う別の姿…
だから、面白い…
相手が、会社での姿と、家での姿の落差を見れば、どう反応するか?
そう、考えるのが、面白い…
そして、そんなことを、考えながら、テレビをつけた…
そして、家で、テレビを見るときは、見るのは、ニュース番組…
あるいは、グルメ番組…
正直、見る番組は、それしかない…
バラエティーは、嫌いだし、ドラマも、見たいものは、とりたてて、ない…
だから、自然と、ニュースか、グルメとなる…
かといって、真剣に見ているか?
と、問われれば、そうでもない…
ハッキリ言えば、時間潰し…
ほかに、見るものが、なかったり、やることがなかったり、するから、見ているに、過ぎない…
だから、ながら視聴が多い…
今の私のように、食事をとりながら、暇潰しに見るとかが、多い…
なにか、しながら、片手間に見ることが、多い…
現実に、番組を真剣に作っている者から、すれば、冒涜に、なるかも、しれないが、この日本のテレビを見る視聴者の大半が、そんなものだろう…
これと同じようなもので、ずっと、以前、ある有名週刊マンガ誌の編集長が、そのマンガ誌をよく読むと思われる年代の男子高校生たちに、取材した…
いろいろ、取材しただろうが、もっとも、基本的な質問…
「…どうして、読むの?…」
と、ストレートに聞いた…
すると、最初は、初対面の大人に聞かれたから、なかなか、答えなかった男子高校生が、
おずおずと、
「…暇潰しかな…」
と、答えて、それを聞いた編集長が、絶句したエピソードを覚えている…
要するに、作っている側は、心血を注いで、作っているにも、かかわらず、読んでいる側は、その程度の認識なのだ…
もちろん、読む側の全員が全員、そんな認識ではないと、思うが、そんな人間が大半なのかも、しれない…
私は、マンガは、読まないので、わからないが、テレビに至っては、今の男子高校生と、ほぼ同じ認識だ…
だから、ニュースや、グルメ番組しか、基本見ない…
そして、基本は、ニュース…
ニュース番組だ…
そして、家にいて、ネットで、パソコンで、遊んでいれば、ニュース番組も観ない…
なぜなら、すでにネットで、その日のニュースを知っているからだ…
だから、見ない…
が、
この日は、違った…
昼間、五井記念病院に行っていたから、家で、パソコンを見ている時間がなかったからだ…
それならば、五井記念病院の行き帰りの暇な時間に、スマホを見ていれば、いいのでは?
と、思うかも、しれないが、私は、基本、スマホで、検索しない…
パソコンの大きな画面に慣れた私は、どうしても、スマホの小さな画面が苦手だからだ…
それに、スマホで、検索すれば、当たり前だが、それに集中する…
そして、集中するには、気力が、必要となる…
その気力が、私には、あまりない…
癌持ちのカラダだからだ…
気力=体力となる…
気力の元は、体力…
その体力が、あまりない…
だから、普段、外出時には、スマホは、持ち歩いているが、基本は、電話だけ…
あるいは、コンビニやスーパーの買い物のときだけ使う…
いわゆる、お財布機能…
その機能だけ、使う…
決して、パソコン代わりには、使わない…
そういうことだ…
だから、家で、ニュースを見た…
食事を取りながら、ニュースを見た…
ニュースは、当たり前だが、自分になんの関係もないことを、流していた…
どこで、誰が、死んだとか?
また、物価が、上がったとか、そういうことだ…
物価が、上がるのは、正直、困る…
自分に直接関係があることだからだ…
が、
これは、この日本に住む人間は、誰もが、同じ…
同じだ…
別段、私だけが、影響しているわけではない…
そういうことだ…
だから、ながら視聴…
食事を取りながら、見ている…
いや、
聞いている…
あくまで、メインは、食事…
ときどき、顔を上げて、ニュースを見る…
そういうことだ…
そして、食事を取りながら、テレビを聞いていると、突然、
「…五井…」
の名前が、聞こえてきた…
もちろん、錯覚では、ない…
私は、慌てて、顔を上げ、ニュースを見た…
テレビの画面を見た…
と、
そこには、伸明がいた…
現五井家当主、諏訪野伸明の姿があった…




