寿綾乃という女 第3部 21
「…伸明さんが、どうかしたんですか?…」
私は、直球で、聞いた…
相手は、マミだ…
話しやすいからだ…
遠慮する必要がない…
だから、聞いた…
直球で、聞いた…
すると、だ…
「…寿さん…今日、どうして、私が、寿さんに、電話をかけたのか、わかる?…」
と、真逆に、聞いてきた…
「…それは…」
「…それは?…」
「…社長の件ですか?…」
「…そうよ…」
マミが、電話の向こう側から、力強く、答えた…
それから、
「…当たり前よね…」
と、笑った…
「…テレビで、あれほど、流しているんだもの…その最中に、別の件で、寿さんに、電話するなんて、ありえない…」
「…」
「…そして、今、藤原さんの件が、伸明さんにも、飛び火している…」
「…飛び火…ですか?…」
「…藤原さんへの融資は、五井家から、しているでしょ? しかも、それを、公にしていなかった…簡単に言えば、脱税よね…」
「…脱税?…」
「…だって、そうでしょ? 誰々が、どこそこの誰々から、お金を貸して、もらった…それは、当然、税務署に申告しなければ、ならない…申告をして、国は、その人間に税をかける…」
「…」
「…簡単に言えば、藤原さんは、それを、怠ったということよね?…」
「…」
「…だから、今、大騒ぎになった…」
言われてみれば、その通り…
まさに、その通りだった…
ナオキが、キチンと、申告していれば、こんな騒ぎには、ならなかった…
当たり前のことだ…
「…でも、なんで、藤原さんは、キチンと申告しなかったんだろ?…」
マミが、聞いた…
これも、当たり前のことだった…
が、
私は、そのことに、対して、答えることが、できなかった…
憶測で、ものを、言うことが、できなかった…
ハッキリ言えば、私の立場では、なにも、言えなかった…
すると、
「…やっぱり、会社の業績かな…」
と、マミさんが、独り言のように、呟いた…
私は、これにも、反応することが、できなかった…
言及することが、できなかった…
「…藤原さんの会社の業績が、悪いとは、聞いてなかったけれど…」
と、またも、マミさんが、独り言を言った…
私は、それを、聞いて、以前、ナオキが、伸明さんに、融資を受けていて、それに、感謝の電話をしているのを、聞いたことを、話すべきか否か、悩んだ…
マミに、話していいものか、どうか、悩んだ…
が、
言わなかった…
言えなかったのかも、しれない…
言えば、ナオキにも、伸明にも、迷惑をかけるかも、しれない…
直観的に、そう、思った…
マミさんは、五井家の人間だから、伸明さんの味方だと思うが、断言は、できない…
五井は、十三家…
実は、あまり、まとまってないのは、過去の出来事でわかる…
本家は、他家に、比べ、力を持つが、絶対的な力はない…
五井は、本家と東西南北の四支家が、大半を占める…
五井の力の源泉…
それは、五井グループの持ち株会社の株を一族が、支配していること…
それに、尽きる…
その持ち株会社の株の比率は、すでに、何度も説明したように、五井本家が、30%、他の東西南北の四家が、それぞれ、10%…
つまりは、本家と東西南北の四家で、五井グループの持ち株会社の全体の70%を、持っている…
そして、それ以外の八家が、残りの3割の株を持っている…
が、
その八家が、どのような割合で、残りの30%の株を持っているかは、わからない…
また、その八家が、本家や、東西南北の四家に不満を持っているのは、わかる…
それは、以前、ユリコが、その八家から、株を買い占め、五井家の女帝、諏訪野和子に、買ったときの数倍の価格で、買い戻せと、脅したことから、わかる…
五井が、一枚岩なら、決して、ユリコに株を売却することなど、なかったに違いないからだ…
売却したということは、五井が、一枚岩でないことの証明に他ならない…
また、五井では、本家は、絶対的なものではない…
それは、五井家の前当主、建造が、他の五井の一族から、無理やり、結婚を強要されたことから、わかる…
建造は、ホントは、五井一族の女性と結婚したくなかった…
が、
抗うことは、できなかった…
本家の力が、弱かったからだ…
何度も、説明するように、五井本家単体では、五井家の持ち株会社の株の30%を持っているに過ぎない…
だから、残りの十二家が、団結して、本家に歯向かえば、勝てない…
そして、おそらく、そういう状況になったに違いない…
結果、建造は、五井東家から、嫁をもらった…
が、
内心、忸怩たるものが、あったのだろう…
その後、建造は、五井家内で、本家の力を強めることに、尽力した…
本家が、力を強めれば、他の五井の者たちに、文句を言われないからだ…
他の五井の者たちが、口を挟めなくなるからだ…
五井本家と五井東家で、五井の持ち株会社の40%は、支配できる…
それを、元に、さらに、他家を巻き込んで、本家の力を強める…
それが、亡くなった建造の狙いだったはずだ…
が、
私に言わせれば、それは、危険な賭けでもある…
それは、なぜか?
昨日の敵は、今日の味方…
今日の味方は、明日の敵…
というように、どう転ぶか、わからないからだ…
まるで、オセロゲームのように、白が、一気に黒になったり、その真逆だったり…
だから、マミも信用できない…
心の底から、信用することが、できない…
マミさんには、悪いが、それが、本音…
いつ、マミさんが、ナオキや、諏訪野伸明の敵に回るか、わからない…
その恐怖が、ある…
いかに、私とマミさんが、気が合っても、それと、これとは、別…
いかに、仲が良くても、評価は、別ということだ(笑)…
だから、警戒する…
そして、もしかしたら、それは、マミさんも同じかもしれない…
五井家内で、彼女は孤立していた…
当主の愛人の子供だからだ…
愛人の子供だから、正式な五井一族の人間とは、認められないからだ…
だから、それが、性格に影響する…
マミの隠れた、心の傷となって、影響する…
そして、それは、私も同じ…
同じだ…
矢代綾子が、寿綾乃を名乗る…
なりすましだ…
それを、引け目に感じて、それが、行動に出る可能性がある…
そして、どんな行動に出るかと、問われれば、裏切り…
ハッキリ言えば、長いものに巻かれるというか…
強い方に、なびく…
その方が、生き残れるからだ…
それが、逆境に置かれた立場を、経験した者の知恵…
生き残る知恵だからだ…
だから、マミさんといえども、心の底から、信用できない…
そういうことだ…
私が、そんなことを、考えていると、マミさんが、電話の向こう側から、
「…寿さん…藤原さんのことを、まだ社長というのね?…」
と、面白そうに、言った…
たしかに、言われてみれば、その通り…
私は、とっくに、FK興産を退職している…
だから、ナオキのことを、
「…社長…」
と、呼ぶのは、おかしい…
が、
どうしても、つい、公では、
「…社長…」
と、呼んでしまう…
もちろん、自宅で、プライベートでは、
「…ナオキ…」
と、呼び捨てにするが、会社では、
「…社長…」
で、通す…
当たり前だ…
私は、社長の秘書なのだから…
社長=藤原ナオキの秘書なのだから…
だから、ナオキには、面と向かって、
「…ナオキ…」
と、呼び捨てにするが、それは、あくまで、ナオキと二人きりの場合のみ…
間違っても、公の場で、
「…ナオキ…」
と、年下の女性秘書が、年上の男性社長を、呼ぶ捨てにすれば、誰もが、プライベートでは、男女の仲にあるのだろうと、推察する…
それを、恐れて、私は、決して、ナオキを、ナオキ以外の前で、
「…ナオキ…」
と、呼ぶ捨てにすることは、なかった…
思えば、これも、なりすましの効果かも、しれない…
私は、基本、臆病…
矢代綾子が、寿綾乃になりすましているから、どこかで、それが、バレるのを、恐れている…
だから、臆病…
常に、自分の言動に、気をつける…
だからかも、しれない…
だから、ナオキのことを、今も、
「…社長…」
と、呼ぶのかも、しれない…
私は、思った…
思ったのだ…
そして、そんなことを、考えながら、口では、
「…だって、社長ですから…」
と、マミさんには、答えた…
我ながら、実に都合がいい、答えだと、思った…
ある意味、完璧な答えだった…
が、
それが、いけなかったのかも、しれない…
それが、マミさんの怒りに、火をつけた…
「…寿さん?…」
「…ハイ…なんですか?…」
「…藤原さんと、寿さんが、男女の関係にあるのは、わかっている…それを、隠すように、藤原さんのことを、社長と呼ぶのは、どうかと、思う…」
「…」
「…もちろん、今は、寿さんは、藤原さんと、恋人同士でも、なんでもないのかも、しれない…でも、今は、寿さんは、会社を辞めて、藤原さんの秘書でも、なんでもないでしょ? それなのに、藤原さんを社長と呼ぶなんて…」
マミさんが、電話の向こう側で、怒っていた…
そして、そんなことを、言われると、私もどうして、いいか、わからなかった…
たしかに、誰が聞いても、マミさんの言うことの方が、正論…
筋が、通っているからだ…
だから、慌てて、
「…すいません…つい、癖で…」
と、マミさんに、詫びた…
「…いつもの癖で…」
と、続けた…
が、
これが、いけなかった…
マミが、電話口で、
「…寿さんが、そんなことだから、伸明さんも、寿さんに告白できないのよ…」
と、怒って、言った…
意外と言えば、意外…
意外な言葉だった…




