寿綾乃という女 第3部 19
ナオキから、FK興産を取り上げる…
もしかしたら、それが、ユリコの狙いかも、しれないと、気付いた…
要するに、ナオキを丸裸にする…
裸一貫にする…
一文無しにする…
そして、ユリコの狙いは、ナオキではない…
ユリコの狙いは、私…
私、寿綾乃…
要するに、私を丸裸にするつもりなのだ…
ナオキは、私の支援者…
最大の支援者だ…
そのナオキが、丸裸の一文無しになれば、私を支援できなくなる…
おそらく、それが、ユリコの狙いだろう…
そして、もう一人の支援者は、諏訪野伸明…
いや、
伸明を頂点とする、五井一族だ…
が、
いかんせん、五井一族は、大物過ぎる…
到底、ユリコが、おいそれと、手が出せる相手ではない…
下手に手を出せば、ユリコの身がどうなるか、分からない…
殺されることはないと思うが、おそらく、再起不能に追い込まれるだろう…
再起不能というのは、市場で、ユリコが、存在できないと、いうこと…
ユリコは、投資ファンドの代表をしている…
それが、許される状況では、なくなる可能性が高い…
日本のみならず、世界中に知れた五井一族だ…
そんな五井一族の怒りを買えば、どうなるかは、ユリコも、わかっているだろう…
ユリコは、バカではない…
五井一族という虎の尾を踏むほど、バカではないということだ…
だから、ナオキに狙いを定めた…
そういうことだろう…
私は、思った…
ナオキを丸裸の一文無しに追い込み、次は、私を狙う…
この寿綾乃=矢代綾子を狙う…
そういうことだろう…
それに、気付くと、あらためて、あのユリコの陰湿さを思った…
陰湿さ=ユリコの怒りの凄まじさを思った…
きっと、ユリコは、ずっと前から、こうしたかったに違いない…
が、
ジュン君の存在が、それを、阻んだ…
ジュン君の裁判が、それを、拒んだ…
すでに、何度も説明したように、ジュン君の裁判には、私が、必要…
被害者である、私が、加害者である、ジュン君を許すと、一言言ってもらうことが、必要…
だから、ジュン君の裁判が、終わるまで、ユリコは、ジッと、我慢をしていた…
私に復讐することを、我慢していた…
そういうことだろう…
私は、思った…
思ったのだ…
同時に、なんたる執念深さとも、思った…
ジュン君の裁判が、終わるまでは、なにがあっても、ジッと我慢する…
なにが、あっても、死んだフリをするように、我慢する…
いや、
むしろ、私に愛想よくする…
すべては、ジュン君のためだ…
ジュン君の刑を軽くするためだ…
そして、それが、終わった今、ユリコは、もはや、堂々と、私に復讐できる…
そういうことだろう…
なんたる女!…
なんていう執念深い女!…
あらためて、思った…
が、
よく考えれば、同じ…
私も同じかも、しれない…
ユリコの立場なら、同じかも、しれない…
自分の息子の裁判が、終わるまでは、なにが、あっても、ジッと、我慢している…
堪え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ…
が、
それが、終われば、途端に牙を剥く…
それは、私も同じ…
同じだ…
私は、その事実に、気付いた…
だから、もしかしたら?
もしかしたら、私もユリコも似た者同士…
性格が、似た者同士?…
今さらながら、気付いた…
どうしても、許せない人間が、いる…
が、
機が熟するまでは、決して、態度に出さない…
気が熟するまでは、絶対に、行動しない…
誰が、なにを、言おうと、ヘラヘラと、笑って、ごまかす…
が、
気が熟せば、途端に行動する…
それを、思えば、同じ…
私も、ユリコも、同じだった…
私は、思った…
そして、
そして、だ…
私は、これから、どういうふうに、行動しようか?
私は、あらためて、思った…
ホントは、FK興産に出向いて、経理部等に、行って、会社の業績の説明を受けたい…
が、
さすがに、それは、できない…
なぜなら、私は、すでに、FK興産を退職した身だからだ…
いや、
ホントなら、できる?
退職は、したが、私は、取締役…
藤原ナオキの言葉を信じると、すれば、私は、FK興産の非常勤の取締役になっているはずだからだ…
だから、できる…
堂々と、FK興産の非常勤の取締役という身分で、FK興産に、乗り込むことができる…
が、
さすがに、それは、無理…
できない(苦笑)…
ナオキが、私をFK興産の非常勤の取締役にしたのは、私にお金を振り込むため…
私に堂々と、お金をやるために、私に、FK興産の非常勤の取締役という肩書を与えた…
そういうことだからだ…
だから、FK興産の中でも、この事実を知る者は、ほとんどいない、と、ナオキは、言っていた…
おそらく、それを知る者は、ナオキの側近中の側近…
ごく一部の人間だけだ…
だから、もしかしたら、その人間と、いっしょになら、FK興産に、行くことは、できる…
が、
それは、ナオキも、望むところではないだろう…
なにしろ、ナオキは、私にお金を与えるために、肩書を与えたのだ…
私に堂々と、お金を与えるために、非常勤の取締役という肩書を与えたのだ…
だから、その非常勤の取締役という肩書を武器に、FK興産に、私が、乗り込むのは、違うだろう…
むしろ、ナオキが、地検に告発された、このタイミングで、FK興産に乗り込むのは、かえって、ナオキの不利になりかねない…
なぜなら、長年、ナオキの秘書を務めていた、たかが、秘書風情に過ぎない女に、どうして、非常勤の取締役という肩書を、与えたのか?
それに、ツッコミが、入るのは、火を見るよりも明らかだからだ(苦笑)…
そして、それが、公に知られれば、今度は、ナオキの公私混同が、問題になるだろう…
会社でも、私とナオキが、男女の関係にあったのを、知っている者は、知っている…
会社の中で、明らかに、昔ながらの社員は、知っている…
ただ、それを、知っている者は、ごくわずか…
十数年前にFK興産を起業した当時にいた、ナオキの仲間は、すでに大半が、会社を去った…
ベンチャー企業など、所詮、そういうものだろう…
最初は、海のものとも山のものとも、つかないものだ…
成功するか、否かは、わからないものだ…
だから、仕事がきつかったり、給料が遅配したり、あるいは、会社の未来に、希望が持てなくなれば、みんな、辞めて行く…
そういうものだ…
だから、残った一部の者だけが、現在も、会社に在籍している…
その人間たちは、私とナオキの関係を知っている…
が、
他の会社の連中は、知っていても、たぶん、それは、噂だけ…
会社の誰かに聞いた、噂だけだろう…
そして、昔から、残った社員は、知っていても、しゃべらないだろう…
しゃべれば、自分の身が危ういからだ…
だって、そうだろう…
ナオキは、社長だから、会社で、一番、偉い存在…
一番の権力者だ…
その社長のプライバシーを、社員に簡単に社内で、吹聴されれば、いい気持ちはしない…
なにより、ナオキ自身が、過去に、そう言ったことを口にした者たちを、切り捨てた過去がある…
自分の権威を傷つけるからだ…
ナオキ自身は、権力の亡者でも、なんでもないが、社長のプライベートを、簡単に、アレコレ、話す人間には、誰もが、いてもらいたくないものだ…
当たり前のことだ…
だから、今も残っている古参の社員は、私とナオキの関係が、わかっていても、決して、口にしない…
物言えば唇寒し…
自分の身が危うくなるからだ…
私は、思った…
だから、真逆に言えば、私とナオキの関係を、現在、明らかに、知っている者は、FK興産には、いないに等しい…
が、
いくら、こんなことを、考えても、無駄だと、気付いた…
今さら、私が、FK興産に、顔を、出すことは、あり得ないからだ…
いかに、ナオキから、非常勤の取締役にしてもらっていても、あり得ないからだ…
そんなことよりも、これから、どうする?
それが、重要だった…
ナオキは、まだ地検に告訴されただけ…
逮捕されたわけではない…
つまりは、どこかに、隠れているわけだ…
おそらく、ホテルかどこかに、身を隠しているはずだ…
まさか、自宅にいるわけではないだろう…
自宅では、すぐに、マスコミに見つかってしまう…
だから、当たり前だが、自宅に戻るわけはない…
ということは、どうだ?
ふと、気付いた…
ケータイで、電話をかければ、ナオキに、通じる?
ケータイで、電話をかければ、ナオキが出る?
ふと、思った…
試してみよう…
早速、電話してみた…
が、
出なかった…
ルルルル…
音は鳴るが、出ない…
いくら、待っても、出ない…
これは、予想されたことだった…
世間で、今、話題になっているのに、簡単に、電話に出る愚かな人間は、いない…
仮に、私からだと、わかっても、出ない可能性が、高い…
なぜなら、たしかに、私からの電話でも、もしかしたら、私のケータイを使って、私以外の誰かが、電話をかけてくる可能性もあるからだ…
そんな、まさか?
とは、思うかも、しれないが、用心するに、越したことはない…
私は、思った…
だから、出ない…
そういうことだろう…
が、
だったら、どうする?
これから、私は、どう動く?
考えた…
考え続けた…
と、
そのときだった…
私のケータイが、鳴った…
…まさか、ナオキ?…
…ナオキから?…
私のケータイから、かかって来たのを、確かめたのかも、しれない…
着信履歴を見て、調べたのかも、しれない…
私は、急いで、電話に出た…
「…もしもし、寿さんですか?…」
相手の声が聞こえてきた…
ナオキではない、別の声…
女の声だった…




