婚約破棄コンプラ監査局
「ベリンダ、今この時をもって、君との婚約を破棄する!」
「「「――!!」」」
王家主催の、華やかな夜会の最中。
ニャッポリート王国王太子のオリヴァーが、突如婚約者であるベリンダに向かって、婚約破棄を宣言した。
王太子の爆弾発言に、当然ながら場は騒然となった。
「どういうことでしょうか殿下? 冗談にしては、あまりセンスがよろしくないかと存じますが」
だが、当のベリンダは微塵も動揺した素振りすら見せず、いつもながらの凛とした姿勢を崩さない。
「フン! もちろん冗談などではないさ! 僕はもういい加減、君のその可愛げのなさにはウンザリしたんだ! やはり王太子である僕の妻には、このシンシアのような可愛い女こそが相応しい!」
「わあい、オリヴァー様、私、嬉しいです!」
オリヴァーは男爵令嬢のシンシアの肩を抱き寄せた。
二人の間に、ハチミツのような甘い空気が流れる――。
「ちょっと待った!」
「「「――!!?」」」
その時だった。
皺一つないスーツに身を包んだ、メガネの若い男が一人、場内に入って来た。
「な、何者だ貴様は!? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞッ!」
オリヴァーの怒号が飛ぶ。
「これは申し遅れました。わたくしは『婚約破棄コンプラ監査局』から参りました、タナカと申します」
「は? コ、コン……何??」
聞き慣れないワードに、困惑の色を浮かべるオリヴァー。
「なっ!? あ、あなた様が、あのッ!?」
が、オリヴァーの父である国王は、青ざめた顔をしながらワナワナと震え出した。
「知っているのですか父上!?」
「ウム……。婚約破棄コンプラ監査局は、昨今の世相を鑑みて最近設立された機関で、その名の通り、婚約破棄のコンプラを監査するのが仕事なのだ」
「ハァ……」
まったく情報が増えない国王の説明に、オリヴァーも「ハァ……」としか言えない。
「父上、その、コンプラというのは、いったい何なのですか?」
「オリヴァーよ! よいか! 一度しか言わぬから、よおく聞いておけよ」
「――!」
父である国王のただならぬ雰囲気に、思わず固唾を呑むオリヴァー。
「――コンプラは、王よりも偉い」
「……なっ!?」
国のトップであるはずの国王よりも偉いコンプラという謎の存在に、根源的な恐怖を感じるオリヴァー。
「コンプラにだけは、誰一人として逆らうことは許されないのだ。それは王太子である、お前とて例外ではない」
「そ、そんな……」
「よいか、婚約を破棄するからには、このお方の仰ることだけは必ず守るのだぞ! ――さもないと、お前に待っているのは破滅だと思え」
「あ……う……あぁ……」
何故王太子である自分が、こんな苦境に立たされなければならないのか。
本来であれば今頃サクッと婚約を破棄して、シンシアとの幸せな未来が待っていたはずなのに……。
あまりに理不尽な自らの運命を、オリヴァーは心底呪った。
「それでは早速、監査を始めさせていただきます」
「ヒッ!?」
タナカがメガネをクイと上げながら、オリヴァーと相対する。
「オリヴァー様、まず先ほどのベリンダ様に対する婚約破棄宣言の際の発言は、コンプラに違反しております」
「は? ど、どこが?」
そもそもオリヴァーはコンプラというものの存在を今日初めて知ったので、違反していると言われても、全然ピンとこない。
「オリヴァー様はこう仰いました。『ベリンダ、今この時をもって、君との婚約を破棄する!』と。間違いございませんね?」
「あ……うん」
それが何なんだよと、内心イラつくオリヴァー。
「これは非常にマズいです。こういった高圧的な発言は、昨今大変問題視されております。オリヴァー様は婚約を破棄する側なのですから、もっと丁寧に、相手が婚約破棄を受け入れてくださるような言い方を心掛けるべきです」
「ハァ……???」
何故自分がそんなに気を遣わなければいけないのか。
オリヴァーの怒りは沸点に達した――。
「フザけるなよ!! 僕は王太子だぞ!!」
「オリヴァーッッッ!!!!」
「っ!? ち、父上……」
国王からの鬼気迫る勢いに、一瞬で怒りが霧散したオリヴァー。
「先ほども言ったであろう!? このお方にだけは逆らうなとッ! どうなっても知らんぞッ!」
「わ…………わかりました……」
どうにも釈然としないが、言い返す勇気もないので、オリヴァーは渋々従うことにした。
「今の、『フザけるなよ!! 僕は王太子だぞ!!』という言い方もコンプラ違反です。次からは、くれぐれもお気を付けくださいね?」
「あ……うん」
「よろしい。では最初からもう一度。オリヴァー様がベリンダ様に婚約破棄宣言をするところからやり直してください」
「え、えぇ……?」
婚約破棄宣言をやり直すなんて、聞いたことがない。
「オリヴァーッ!!」
「わ、わかりました! やりますよ! やればいいんでしょ! あー、えーと、ベ、ベリンダ、今この時をもって」
「ベリンダ『様』」
タナカがメガネをクイと上げる。
「ベ、ベリンダ様! 今この時をもって、君との」
「『あなた様』との」
「あ、あなた様との、婚約を破棄させていただきたいのですが、よろしいでしょうか!?」
「イヤです」
「っ!?!?」
が、ベリンダの被せ気味の「イヤです」発言に、絶句するオリヴァー。
「な、なんでだよッ!? 僕は言われた通りちゃんと丁寧に、婚約破棄宣言をしたじゃないか!?」
「丁寧に婚約破棄宣言をしたからといって、必ずしも相手方が受け入れてくれるとは限りませんよオリヴァー様。あくまで受け入れるか否かは、婚約を破棄された側に決定権がございますので」
タナカがメガネをクイと上げる。
「そんな!? じゃあベリンダが拒否し続けたら、一生僕は婚約を破棄できないじゃないか!?」
「えー、そうなったら私、オリヴァー様と結婚できないってことですかー?」
シンシアが瞳を潤ませながら、オリヴァーに上目遣いを向ける。
「い、いや、必ず婚約は破棄してみせるから、安心してくれシンシア! ――なあベリンダ! イイ子だから受け入れてくれよ! 頼むからさ!」
「…………」
「無視すんなよッッ!!!!」
「オリヴァー様、今の恫喝もコンプラ違反ですよ」
「グッ……!?」
こちらの恫喝はダメで、ベリンダがこちらを無視するのはアリなのか……?
コンプラというもののあまりの理不尽さに、オリヴァーは今にも泣きそうだった。
「オリヴァー様、ここはやはり、ベリンダ様に誠意を見せる姿勢が大事かと思われます」
「せ、誠意……?」
タナカからの誠意という不審なワードに、悪寒が走るオリヴァー。
「はい、例えば土下座をして、心を込めてお願いするですとか」
「土下座だとッ!? バカにしているのか貴様ッ!? 王太子である僕が、そんなことできるはずがないだろうッ!?」
「オリヴァーッッッ!!!! このお方の言う通りにせんかッッッ!!!!」
「っ!?!?」
国王からもそう言われてしまっては、流石のオリヴァーも従う他なかった。
「ぐ……! ぐぐぐぐぐぐ……!!」
オリヴァーは奥歯を噛みしめながら、震える手を床につける。
そして――。
「……ベリンダ様、どうか婚約破棄を、受け入れてはいだだけませんでしょうか?」
深く頭を下げ、ベリンダに懇願したのである。
しかして、ベリンダの返答は――!?
「イヤです」
「っ!?!?!?」
であった。
「ぬああああああああああ!!!!!! なんでだよおおおおおおおおおお!!!!!! 僕がここまでしたってのにいいいいいいいいいい!!!!!!」
「残念でしたねオリヴァー様、また別の手を考えましょう」
オリヴァーの肩に手を置き、慰めの言葉をかけるタナカ。
いや、元はと言えばお前のせいでこうなってるんだけど??? という言葉を、すんでで飲み込む。
「うわぁ、土下座とかマジ情けない……。百年の恋も冷めました。やっぱり私、あなたとは別れます、オリヴァー様」
「えっ!?!? シ、シンシア????」
突然のシンシアの裏切りに、疑問符を65535個くらい浮かべるオリヴァー。
「さようなら」
「ま、待ってくれよシンシア!! シンシアアアアアア!!!!」
オリヴァーの制止も聞かず、シンシアはスタスタと去ってしまった。
「あぁ……そんな……、シンシア……」
一人残されたオリヴァーは、頭を抱えた。
「殿下、婚約破棄、やっぱり受け入れます」
「っ!?!?!?!?」
が、そんなオリヴァーを更なる悲劇が襲う。
今更になって、ベリンダが婚約破棄を受け入れると言ってきたのだ。
「いやもう遅いよ!!!!!! こっちはもう、シンシアにフラれちゃってんだから!!!!!!」
「でも、私は殿下との婚約を破棄したいです。だから受け入れます」
「なっ……!?」
この時やっとオリヴァーは気付いた。
ベリンダは最初からこうなることまで見越して、自分に嫌がらせをしていたのだ――。
「こ、このクソアマがああああああああああ!!!!!!!!」
遂にはブチギレたオリヴァーが、ベリンダに殴り掛かる――。
――が。
「セイッ」
「ぶべらっ!?!?」
一瞬でオリヴァーの前方に回り込んだタナカが、オリヴァーの顔面に綺麗なクロスカウンターパンチを打ち込んだのである。
「なななななな、何をするんだ貴様あああああああああ!!!!!!」
鼻血をダラダラ流しながら、激高するオリヴァー。
「それはこちらの台詞です。暴力を振るおうとするのは、重大なコンプラ違反ですから」
「お前も僕のことを殴ってきたじゃないか!?」
「それはベリンダ様をお守りするためですので、緊急措置でございます。――国王陛下、今回の監査結果をご報告いたします。オリヴァー様は度重なるコンプラ違反を犯しており、こちらとしても、相応の処罰を要求せざるを得ません。いかがなさいますか?」
「なっ……!?」
「はい……、こうなった以上、オリヴァーは廃嫡のうえ、国外追放処分といたします」
「そ、そんなッ!?!? 父上ッッ!!!!」
「……許せオリヴァー、コンプラに違反した、お前が悪いのだ」
「あ、あぁ……ああああああああああああああああああああああああ」
オリヴァーの慟哭が、会場中に響き渡った。
「承知いたしました。妥当かと存じます。さて、これでわたくしの今日の仕事は終わりですね。――いかがでしょうかベリンダ様、よかったらこの後わたくしと、二人でお茶でも」
「まあ、是非お願いします」
「いや、早速ナンパするのは、コンプラ違反じゃないのかよッッッッ!!!!!!」
拙作、『戦争から帰って来た婚約者が愛人を連れていた』がコミックグロウル様より2026年3月6日に発売された『選ばれなかった令嬢には、本命の彼が待っています!アンソロジーコミック』に収録されています。
よろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




