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 昼下がり、2人は仙台駅にやって来た。球場まではここから仙石線に乗って、宮城野原駅で降りる。仙石線に向かう通路には、多くの人が歩いていた。その多くは、読売ジャイアンツのユニフォームを着ている人や、東北楽天ゴールデンイーグルスのユニフォームを着ている人々ばかりだ。今日で日本一が決まるので、来ているのだろうと思う。


「着いたね」

「こんなに多くの人が!」


 2人は仙石線に乗った。4両編成の仙石線の電車は、まるで都会のように混雑している。その客のほとんどが、宮城野原駅で降りると思われる。だが、その先に感動が待っていると思うと、行かなければと思う。


 2人は宮城野原駅にやって来た。宮城野原駅は高校野球の名門校、仙台育英高等学校の最寄り駅だ。後に東北勢として初めて、春夏通じて甲子園で優勝した事で知られる。Kスタ宮城に近い2番出口は、2005年になってリニューアルし、東北楽天ゴールデンイーグルスのチームカラー、クリムゾンレッドを基調としたカラーリングになった。そして、天井の上には東北楽天ゴールデンイーグルスのヘルメットを模した巨大なオブジェが飾られている。2番出口には多くの人が出入りしていた。


 2人はKスタ宮城にやって来た。だが、すでに満員御礼で中に入れない。


「入れないのか」

「隣の運動場に入ろう!」


 やむを得ず、隣接する総合運動場に入る事になった。ここにも多くの人がいる。彼らのほとんどは東北楽天ゴールデンイーグルスのファンだ。まさかここでパブリックビューイングが行われるとは。


「ここにも多くの人が・・・」


 と、純子は空を見上げた。雨が降っている。これは悔し涙の雨になるんだろうか? それとも、嬉し涙の雨になるんだろうか?


「雨が降っている・・・」


 夜になって、試合が始まった。試合は東北楽天ゴールデンイーグルスが点を入れている。このままいけば日本一だ。今日の先発の美馬学は前の試合で完封勝ちしていて、この試合でも完封で勝つだろうと思われていた。誰もが、美馬に期待していた。美馬が日本一に導いてくれるだろうと。


「美馬頑張ってるな」

「うん」


 と、ブルペンの映像が流れた。そこには背番号18の投手が投げている。昨日、今年初めて負けた田中将大だ。どうして今日もいるんだろう。まさか、投げるんだろうか?


「あれっ、マー君がいる」

「投げるのか?」


 2人とも驚いていた。昨日は先発で投げたのに、今日も投げるんだろうか?


 ふと、健太は思った。負けてメジャーリーグに行きたくないんだろうか? 自らの手で東北楽天ゴールデンイーグルスを日本一に導いてからメジャーリーグに行きたいんだろうか?


「このままアメリカに行けないんだろうな」

「そうだね」


 8回裏が終わり、星野監督が出てきて、審判と話をしている。誰を替えるんだろうか? 2人は気になっていた。いや、この試合を見ている人々誰もが気になっていた。


 突然、球場にファンキーモンキーベイビーズの『あとひとつ』が流れた。熱闘甲子園のテーマソングにもなった曲で、田中将大の写真がジャケットに使われている。それを聞いて、2人は思った。まさか、本当に田中将大が投げるんだろうか?


「えっ、マー君?」

「行くの?」


 そして、満員の観客の声援を受けて、田中将大がやって来た。本当に投げるんだ。


「負けたままでアメリカに行きたくないんだ」

「そうだね」


 これは球史に残る感動の場面かもしれない。パブリックビューイングだけど、それを見る事ができて本当に素晴らしいな。


 田中将大はピンチを招いたものの、それでも微動だにしないピッチングだ。誰もがそのピッチングを見つめていた。


 そして、矢野謙次を三振に仕留めた時、東北楽天ゴールデンイーグルスは球団創設初の日本一に輝いた。誰もが感動していた。きっと、天国の家族も喜んでいるだろうな。そして、この雨はきっと、嬉し涙の雨だろうな。


「日本一!」

「すごい! 感動だね!」


 2人とも感動していた。野球を見てきた中で、こんなに感動した事は初めてだ。野球って、こんなに泣けるスポーツなんだな。誰かのために戦う、それがスポーツであって、それを達成した時の感動は計り知れないな。


「やっぱり最後はマー君が締めてくれた!」

「きっとこの雨は涙雨だね。天国のファンが泣いているんだろうな」


 純子は空を見上げていた。家族はこのシーンを見ているんだろうか? 感動しているんだろうか?


「そうだね。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、お兄ちゃん・・・」

「きっと喜んでるよ」


 と、健太は何かを言いたそうな表情だ。ここ最近、こんな事が多かったけれど、何を言いたいんだろうか?


「どうしたの?」

「結婚しよう! 日本一になったら、プロポーズしようと思ってたんだ」


 そう言って、健太は結婚指輪を渡した。まさか、ここでもらうとは。純子は戸惑っていたが、すぐに元の表情に戻った。


「ありがとう・・・。私を支えてくれて、一緒に応援してくれて、ありがとう」


 そして、2人は結ばれた。それは、東日本大震災のボランティアから生まれた友情からスタートしたものであって、その先に待っていた恋のゴールだった。




 将は真剣にその話を聞いていた。そして、その話を聞いていて、感動していた。こんな素晴らしい出会いがあったのか。自分はこの先、どんな出会いをするんだろう。そして、どんな人と結婚するんだろう。


「そうだったんだね」


 そして、純子は嬉しそうに、どうして息子にこういう名前を付けたのか明かした。


「そしてあなたの名前、田中将大投手から1文字取った名前なのよ」

「そうだったんだ!」


 思えば、東日本大震災から来年で15年が経つ。その日は遠くなっていく。そして、記憶が薄れていくだろう。だけど、忘れてはならない。ボランティアがやって来て、支えあったあの日を。東日本大震災を乗り越えて、2年後、東北楽天ゴールデンイーグルスが日本一になったあの日を。

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