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第8話 雨音より早い笑い声

 朝露の残る路地を、ミレイは材木を抱えて駆けていた。昨日確認した空き家の屋根、穴だらけの瓦と抜けた(はり)を、今日中にどうにかふさぎたい。


 倉庫で譲ってもらった板材は想像より重く、腕が小刻みに震える。と、後ろから小石を蹴るような足音が三つ、四つ。


「手伝おうか、姉ちゃん!」


 振り向くと毛糸の帽子をかぶった少年が二人、背の小さな少女が一人。みんな膝まで泥。


「リアム兄ちゃんが、『板を運ぶのに小さい手もいる』って」


「お給金はパン半分でいいから!」


 ミレイは吹き出した。


「じゃあ、パン1個。でも仕事は本気でね」


 歓声が上がり、子どもたちは木片を抱えて走り出す。空き家の前に到着すると、ノアが既に脚立を立てて待っていた。帳面には《屋根修繕 九時開始》と走り書き。


「記録係さん、見張り番お願い」


 ノアは頷き、脚立の下で板の長さを測り始める。


 まずは瓦礫を外へ投げ、梁の折れた先端を鋸で落とす。少年たちは釘拾い係、少女は道具渡し係。誰かが転べば全員が笑い、板が上手くはまれば「やった!」と高く手を打つ。


 昼前、最後の板を打ち付ける頃には太陽が屋根の穴から差し込み、埃と光粒が混ざって舞った。


「もう1枚で終わり!」


 ミレイが声を張る。すると少女が手を上げた。


「ねえ……板、あと1枚足りないよ?」


 確かに在庫はゼロ。困惑が走る。だが足元から風が吹き抜けた瞬間、屋根裏に立て掛けたはずの予備板が、コトリと転がり出てきた。最初に数えた時には無かったはずの長さ。


(偶然……? でも、ありがとう)


 最後の板は寸分違わず穴をふさぎ、陽射しはきれいに遮られた。


 外へ出ると、屋根の影がちゃんと家形になって伸びている。子どもたちは瓦礫の山をバンザイの形で飛び越え、ノアは帳面に《屋根完了 光度+0.5》と追記して微笑んだ。


「パン1個ずつ、約束通り!」


 硬いパンを割り、蜂蜜を少し垂らして配る。少年たちは口を甘くしながら、ミレイの家──いや、自分の拠点──を眺めた。


「姉ちゃんもここに住むんだよね? じゃあ今度、一緒に星見よう!」


「星?」


「昔はね、この家の裏の丘がいちばんよく見えたんだって!」


 星。背比べ線の柱が頭をよぎる。あの線を刻んだ子どもたちも、星を見上げていたのだろうか。


 夕方、梁の狂いを確認しに来たリアムが、整然と並んだ瓦礫と板釘リストを見て目を細めた。


「……見違えたな。屋根に登れる奴は居ても、帰りに釘を数える奴はいなかった」


「お代はパン1個と、この家の鍵で」


 ミレイが笑って手を差し出すと、リアムは無言で古びた鍵束を渡した。触れた瞬間、鉄の冷たさがやけに確かだった。


「今日の夜は雨らしい。音がしたら天井を見に来る。獣は……まあ、吠え声がしたら呼べ」


「リアム……ありがとう」


 名を呼ぶと、彼はわずかに肩をすくめた。


「礼は屋根が保った後に言え」


 言い残し、夕焼けに染まる路地を去っていく。その背を子どもたちが手を振って見送った。


 ミレイは鍵を胸に当て、深く息を吸う。埃と泥の匂いの奥――わずかに甘い香草の匂いが混じった気がした。


(心の鍵も、少しだけ開いたかな)


 遠くで雷の低い音。空の端に黒い雲が芽吹く。だが恐ろしいより先に、屋根の手応えを確かめたくて胸が弾んだ。


 今夜、雨漏りがしなければ──奇跡は、また一歩こちらへ近づく。


 そんな予感を抱きながら、ミレイは扉の錠をゆっくり回した。

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