表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/17

第3話 名前のない村に、灯るもの

ミレイは、地図も持たずに歩いていた。


 神殿都市オルステリオンを出てから、どれだけ経ったのか分からない。朝が来て、夜が来て、それだけの繰り返し。


 国境の石碑には《イザレア王国領》と刻まれていた。けれど胸は動かない。国が変わっても、私の明日は変わらない。


 行商人や警備隊に声をかけられても、「旅の途中で」とだけ言って通り過ぎた。

 行き場はない。でも、戻る場所ももう消えている。


(“私のいた場所”なんて、最初から無かったのかもしれない)


 靴底はすり減り、石に引っかかるたび踵が痛む。頼りの魔信端末は落として割れ、時刻も方角も映らない。


(この体、ほんとに私のだったっけ……)


 立ち止まると涙が出そうで怖かった。でも結局、涙は出なかった。心も体も空っぽだった。

夜風が頬を撫でても温度が分からない。


 (私は、何かを信じたかっただけなのに)

たった一度の「ありがとう」を待っていただけ。

その言葉は、最後まで届かなかった。


だからせめて、歩く。


(“ここじゃないどこか”に行けば変われる? ……もう期待はしないけど)


雲の重たい夕暮れ。


 小さな峠を越えると、木々の隙間に寂れた村のようなものが見えた。


 石造りの門。傾いた鐘楼。草に埋もれた広場。名札を失った立て札が斜めに揺れている。


「……ここ、どこ……?」


荷車を直していた老人が肩をすくめる。


「ファレナだよ。知る人なんて、もうほとんどいないがな」


《ファレナ》


 昔、神の奇跡があったと噂された村。今は地図の余白にさえ載らない。


 観光客もおらず、残るのは空っぽの神殿と少しの家、人影だけ。


それなのに、足は止まらなかった。


門をくぐり、無人の広場を抜ける。


 ふと見上げた神殿の階段。閉ざされた扉の隙間から、細い光がこぼれていた。青白く、小さく、揺れている。


(……こんな村にも、まだ灯りが残ってる)


 奇跡なんてもう信じない。けれど、その光は私を引き寄せた。


 石段を上がり、扉に手を置く。古い蝶番(ちょうつがい)がかすかに鳴く。


(ここで、少しだけ息をついてもいい?)


「……ちょっとだけ、休もう」


誰に聞かせるでもなく呟く。


(休んだら――もう一歩だけ、進めるかな…)


 物語はここから動き始める。

イザレアの最果て、名を失くした村と、立ち止まる場所を失くしたひとりの女。

 

 薄闇に浮かぶ青白い光が、その新たなページを静かに開こうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ