第2話 そして、すべてが崩れた日
光焔祭、前夜
神殿都市オルステリオンは、その夜、いつになく静かだった。
本来ならば祭りの前日。
祈りの言葉と浮かれた声が夜空に舞い、子どもたちが灯火を追いかけるはずの夜。
けれど今年の“聖遺物光焔祭”は、そうはいかなかった。
神殿観光事業部では、最後の最終確認が続いていた。
「……よし、リハーサル映像も魔信にまとめた。次は――」
ミレイは机の上に資料を広げ、魔結晶の残量を睨みながら手を動かし続ける。
自分の指先が冷えているのも、もう感覚が麻痺していた。
寝てない。食べてない。でも、終わりは見えてきた。
(……明日、絶対成功させてやる。私の全部、これに賭けてきたんだから)
信者の合唱演出、聖遺物の発光タイミング、投影魔法の準備、警備隊との連携、すべて完璧に整えた。
何十時間にもおよぶ資料とリハーサルは、ルシアンの手柄として報告済みだ。今さら文句を言う気もなかった。
(別に、手柄が欲しいわけじゃない。ただ、“この祭りは私が作った”って、自分で思えたら……)
そのとき。
パンッ、と何かが爆ぜるような破裂音が、遠くから響いた。
「……え?」
魔導端末が揺れる。部屋の照明が一瞬、明滅した。
(まさか、爆発……?)
慌てて外に出ると、事業部の通用口の向こう――
聖遺物の保管室が、赤く染まっていた。
ミレイは走った。
石畳を踏みしめ、ほつれた袖が風を切る。
保管室の前には警備隊が集まり、騒然としていた。
「中に入れません! 高熱反応がまだ……」
「何が……何が起きたんですか!?」
誰かがミレイを振り返る。その視線は、なぜか“敵意”を含んでいた。
――そして、それから数分後。
ミレイの名は、“聖遺物の暴走事故の責任者”として記録されることになる。
しんと静まり返った会議室
ルシアンの声は、いつも通り穏やかだった。
「……ミレイくん。これは非常に残念なことだ」
会議室の空気は重く、何人もの上役が沈黙を保っていた。
「君がこの祭りにかけていたのは分かっているよ。
だが……ここまでの損害が出た以上、責任は取ってもらわなければならない」
「ま、待ってください! 私は……!」
反論しようとしたミレイの声を、ルシアンが軽く手で制した。
「もちろん、すべてを押しつけるつもりはない。
だが、保管室の管理責任は“形式上”、君にあった。書面でも、記録でも」
彼は書類の一枚を差し出す。
「――この件、君の責任ってことで処理しておいて。……大丈夫、わかってるよね?」
ミレイの視界が揺れた。
何が起きたか、すぐには理解できなかった。
でも、これは「処分」じゃない。
「切り捨て」だ。
ミレイが震える声で尋ねた。
「……まさか、本物の聖遺物が、あんな簡単に暴走するなんて……そんなこと、本当に――?」
その瞬間、ルシアンの笑みが少しだけ、歪んだように見えた。
「……さぁ? それは専門家に聞いてくれたまえ」
(あれは――壊れてたんじゃない。“最初から、偽物だったんじゃないか”)
そう確信した瞬間には、もう“発言権”はなかった。
ミレイは事業部から正式に除籍され、
すべての権限を剥奪された。
行先も、手当も、明日の仕事もない。
あるのは、“なかったこと”にされた日々だけだった。
(――全部、私のせいになったんだ)