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第16話 丘の上、同じ空の下で

 子どもたちの足音が、石段を軽く跳ねていく。

 先頭を歩くのはリアム。肩に小さなランタン、腰には縄。振り返るたび、列の間隔を目で測っては短く声をかける。


「段差。――3歩、詰めるな。迷うな」


「はーい!」


 少し後ろにミレイ。両手を左右の子が握り、笑い声が風にほどける。

 ノアは列のいちばん後ろ。石板を胸に抱え、時々空を見上げて歩幅を合わせる。《雲 薄》《風 弱》の二行が、灯に淡く浮かんだ。


 丘の上は、思っていたよりずっと広い。草は低く刈られ、東側の斜面に小さな石が点々と積まれている。昔、ここで何度も星を見た気配が、まだ空気に残っていた。


「ここ、座っていい?」


 リアムが低く言う。「座る前に靴を揃えろ。転ぶぞ」


 手早く敷布を広げ、いちばん小さな子の肩に自分の上着をかける。ノアは周囲を一巡して、石板に《危険なし》と書いて掲げた。

 空は、待たなくても勝手に暗くなる。最初の星、次の星。子どもたちの指が数える速度に、光の数が追いつかない。


「1個!」「2個!」「3個!」


 ミレイが蜂蜜の小瓶を開け、パンくずにほんの少し垂らす。甘い匂いが風に混じった。

 離れた草むらで、ふっと青白い粒がまたたいた。光というほど強くはない。息の白さみたいな明滅。


 ミレイはふいに息をのむ。

 肩の力がほどけ、空の深さに目が追いつかない。


「……きれい」


(仕事以外で、こんなふうに息を呑むの、いつぶりだろう)

(“奇跡”なんて言葉、簡単には使わない。でも――今夜は、それでもいいや)


 ノアの石板がさらりと鳴る。


《丘面 点在 光度+1.0(仮)/観測者:子 ミレイ 私》


 ミレイが小さく笑って肩をすくめる。子どもたちは「見えた!」と声を重ね、布の上で小さな手が忙しく空を指した。

 リアムは少し離れた場所に腰を下ろし、列の端から端までの顔を順繰りに確かめる。まぶたの奥の硬さは残ったままなのに、目の色は夜ほど冷たくない。


 しばらくして、彼は立ち上がった。

 星を見上げているミレイの横に来て、喉の奥で言葉を丸めるようにしてから、ぶっきらぼうに口を開く。


「……お前なら、何て言う」


「え?」


「誰かに、伝えたいことがあるとしてだ。言い訳はしたくない。――けど、言葉が見つからない時。……どう言えば、いい」


 ミレイはすぐには答えなかった。空を一度見て、草の上の青い明滅をひとつ数えて、それから声を落とす。


「“正しい言葉”より、“同じ景色”かな。今、何を一緒に見てるかを指さすこと。『今ここで、同じ空を見てる』って。

 それから……“並んでいたい”って未来形。長くなくていいよ。短いほうが、たぶん届く」


 リアムは視線を上げ、また下ろす。喉仏が小さく動いた。


「……それで、足りるか」


「足りないよ。たぶん何度も要る。でも、最初の合図にはなる」


 短い沈黙。風の音。子どもが「4個!」と叫ぶ声。

 リアムは息を吸って、顔を少しだけ横に向ける。


「ノア」


 呼ぶ声は低いが、迷いはなかった。

 離れた場所で星図みたいに点を記していたノアが、石板を胸に戻し、こちらへ歩いてくる。足取りはゆっくりだが、途中で止まらない。


「……少し、いいか。――ミレイ、お前も来い」


 ミレイが瞬きをする。リアムは短く続けた。


「きっかけはお前だ。間に立て。いや……一緒に聞いててくれ」


 ノアはこくりと頷き、石板に小さく《同席 可》と書いて見せる。

 ミレイは布の上を振り返り、年長の子に声をかけた。


「ちょっとだけ“星数える係”お願い。5までいったら、最初から数え直しね」


「はーい!」


 ノアが石板に《すぐ戻る》と追記して掲げる。子どもたちは「行ってらっしゃい」と手を振った。


 丘の端――風が通る、少しひらけた場所。

 3人が並んで歩き出す。肩は触れない。けれど、同じ方向へ。

 草の先の青い明滅が、星の流れに合わせるように細く増える。


「ここで、話す」


 リアムが立ち止まり、空を一度だけ見上げてから、2人へ向き直る。

 ノアは石板を胸の前に構え、ミレイは息を整えて頷いた。



 子どもたちの笑いが丘の斜面を転がっていく。

 和解の頁は、いま開かれようとしている。

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