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第13話 流れの上の衝突

 川の匂いは、朝より薄くなっていた。

 橋脚の石は苔でぬめり、手をかけると冷たい。水位はわずかに下がり、流れの肩が東に寄っている。


「まず杭を打つ。西から行く。――命令だ」


 リアムが縄を肩から外し、杭を手渡す。

 ノアは石板に素早く書く。


《東側 渦 残 右岸 地盤 緩》


「西から固めれば体勢がつく。東は後だ」


 ノアは川面へ葉を1枚落とし、指で軌道を示す。葉はくるりと回って東へ吸い込まれる。石板に太字。


《導流 先 必要》


「後回しにできないこともある」


 言葉が鋭くなる。ノアは一瞬だけミレイを見て、石板の最上段に短く記した。


《中止》


 空気が張った。思わず息が止まる。


「待って!」

 ミレイは手を挙げて踏み出す。「喧嘩したいわけじゃないよね。――提案させて」


 リアムは短く息を吐く。「言え」


「仮綱は東に先張りして、渦の肩を抑える。杭は西から本杭。板は軽いのを東の仮渡しに、重いのは西から本渡し。負荷を分けて、同時並行。指揮は村長で、テンション監視は記録係さん。結果で判断して」


 ノアは即座に追記する。


《東 仮綱 私 監視/西 本杭 村長 指揮/板 番号順》


 リアムはミレイを見つめ、それから川へ視線を戻した。


「……5分、お前の段取りで行く。失敗したら俺のやり方に戻す」


「了解。――始めるよ!」


 ミレイはタグ紐を取り出し、板に番号を振る。1、2は軽い板。3以降は本渡し用の厚板。釘は短/長で色分けし、袋の口を固く結んだ。


 最初の杭が打ち込まれる。乾いた音が風に運ばれるたび、土の奥で手応えが積み重なっていく。

 ノアが東の仮綱を張り、結びを滑らせる。指が迷いなく動き、輪が一瞬で形になる。ミレイは板1を差し入れ、リアムが重心を殺す位置に押し込む。


「張り、どう?」


 ノアが掲げる。


《張り 適 余力 少》


「仮綱もう1本追加。――ノア、結びは任せる」


 リアムが短く言う。ノアはこくりと頷き、《二重 結 滑止》と書いて二本目を走らせた。

 東の渦の輪郭が、わずかに薄くなる。2、3。板が噛む音が心地よく続き、呼吸が合ってくる。


 そのとき、上流から暗い塊が流れてきた。

 流木だ。太い。ぶつかれば板が浮く。


「流木!」


 ミレイの声と同時に、ノアが仮綱の端で輪を作り、流木の頭を引っかける。リアムは梃子棒で押し返し、ミレイが板の端を足で押さえる。

 3人の力が同じ方向に乗り、流木は橋脚をかすめて流れていった。足の震えが遅れてやってくる。


「……助かった」


 リアムの低い声。ノアは息を整え、《安全 再確認》と短く書く。


「続ける。4、いくよ!」


 杭の頭を叩く音が揃い、釘の打ち込みが同じ深さで止まる。ミレイは在庫表で残りを確認して、厚板5、6を本渡しへ回した。

 西の本杭が立ち、東の仮綱が肩を押さえる。板の下を水が走る音はまだ強いのに、足元の揺れは小さくなっていく。


 足場の石が、ごり、と沈んだ。リアムの足首が取られて体が傾く。


「っ――!」


 ノアの綱が先に動き、ミレイが背中を押し戻す。リアムは膝で踏ん張って体勢を戻した。

 汗が冷たく流れる。


「地盤、思ったより脆い。――本杭を2本、予定より詰める」


「了解。板7は短く切って隙間へ。釘は短で。ノア、テンションは?」


《適 上限近い 追加 必要》


「仮綱もう1本。最後に手すり用の綱も張ろう。転落防止、必須」


 午後の日差しが川面で砕け、釘の頭で跳ねる。8、9。

 最後の厚板10を抱え、3人で合わせ目に落とし込む。板同士が呼吸を合わせるみたいに、ぴたりと収まった。


「……通すぞ」


 リアムが全体を見渡して頷く。ノアが石板に大きく記す。


《橋 本設 完了/重歩行 可/軽荷車 注意》


 向こう岸で待っていた年寄りが杖をつき、一歩、また一歩。板は軋まない。

 次に、村の若い衆が空の小荷車を押してきた。ミレイは思わず息を止める。


「荷車はゆっくり、1台ずつ! 間隔、3歩!」


 リアムが声を張る。ノアは石板に《1台ずつ/間隔3》と追記して掲げた。

 小荷車が中央を越え、対岸へ抜ける。橋は揺れるが、崩れない。

 歓声が静かな波になって広がり、胸の真ん中が熱くなる。


「……渡せた」


 リアムが縄端を手繰り寄せ、手すり用の綱を張り直す。

 ミレイは札を並べ替え、入口に《本設完了/夜間は通行注意》を立てた。ノアは帳面へ清書し、最後に一行、そっと足した。


《光度+0.6》


「数えるの、好きだね」


 ミレイが笑うと、ノアは目を伏せ、それでも石板はしっかりこちらに向ける。


《覚えておきたいから》


 リアムが短く言った。


「……正直、さっきは言い過ぎた。止め札、正しかった」


 ノアは小さく頷き、《安全 優先》とだけ書いて石板を閉じた。

 風が川を越えて頬を撫で、湿った匂いが薄れていく。向こう岸では子どもたちが跳ね、年寄りが手を振る。


「手すり、もう1段足せる? 子ども用に」


「ああ、縄は上段の右、乾いたやつ」


 段取りが自然と口をつく。3人の影が川面に並び、揺れて、重なって、また離れる。


(橋は板と杭だけじゃない。意見と、譲り合いと、手の力でできていく)


 川は相変わらず流れている。

 けれど、今は怖くない。足元には、自分たちで置いた板がある。向こう岸には、笑い皺がある。


「お疲れさま。――帰ろう」


 二人が、同じタイミングで頷いた。

 夕方の光が、釘の頭で小さく跳ねた。

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― 新着の感想 ―
有機的に繋がったお仕事が成されるの気持ちいいのよね〜
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