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第12話 昼の路地で拾ったもの

 昼の鐘が鳴る少し前、ミレイは村の路地をぶらりと歩いた。

 雨は上がり、土の匂いに陽の匂いが混ざっている。屋根の板は午前中ずっと乾いたままで、胸の奥の緊張もようやくゆるんだ。


 広場の片隅で豆のさやをはじく音がした。

 腰を下ろした年配の女性が、籠を膝にのせて豆を弾き、空になったさやを足元の袋へ落としていく。目が合うと、女性はあごで隣を示した。


「座りなさいな。働きづめの顔してるよ」


「少しだけ。午後は橋の作業があるので」


「そうだろうねえ。村長が縄と木槌をかき集めて回ってたよ」


 言われて路地の先を見ると、材木置き場の方からリアムが縄の束を肩に、ノアが木槌と釘の袋を抱えて戻ってくるのが見えた。並んで歩くというより、同じ方向を向いて同じ速度で進んでいる、という距離感。


 女性は豆を弾く手を止めず、ふっと目じりを下げた。


「……あの2人が、少しでも一緒に動くのをね、久しぶりに見たよ」


「久しぶり……ですか」


「ミレイちゃんが来てからだね。あの子らが並ぶの」


 ノアとリアムの背中が、陽に薄く縁取られる。

 ノアは石板を脇に抱え、リアムは縄の端を直しながら何か短く言った。ノアがこくりと頷く。声は聞こえないのに、やり取りはちゃんとあった。


「昔はね、あんなに一緒だったのに」


 女性はそう言って、指先からころんと豆をひと粒、ミレイの掌へ転がした。青くて固い匂いがした。


「星の出る夜になると、丘に上ってさ。村の子らを連れて、空の話をしてくれたのは……あの子らでね。どっちが先に星を見つけるかで、いつも言い合ってた」


 丘。星。胸のどこかが静かに鳴る。

 ミレイは豆を見つめたまま「そうなんですね」とだけ返した。


「……あんな事がなければ」


 女性の声が、豆の音より小さくなった。

 言い直すでもなく、言い足すでもなく、たださやを弾く指の速さだけが少し遅くなる。


 ミレイは視線を落とし、膝の上で豆をころりと転がした。

(“あんな事”。言葉にならない重さって、あるよね)


「でもね」


 女性は顔を上げ、路地の先を見た。

 リアムが縄の束を地面に置き、ノアに釘袋を渡している。ノアは袋の口を整えて、手短に指で数を示した。リアムが顎で橋の方角をさし、2人はまた同じ方向を向いた。


「久しぶりに、良い方へ動きそうな顔をしたんだよ。さっきね、村長が。ほんの少しだけ、ね」


 ミレイは小さく笑って、豆を女性の籠へ戻した。


「午後は、私も一緒にがんばります」


「そりゃそうだ。あんたが倉庫を片づけてくれたおかげで、仕事の段取りが分かりやすくなったよ。あとは橋を渡すだけさ」


 女性は立ち上がり、籠を腕に掛けた。

「昼のスープ、器を持っていけば分けてもらえるはずだよ。あそこの長屋、火の番をしてるから」


「ありがとうございます。終わったら、器を返しに行きます」


「返す時に、器の中に“今日の話”をひとつ入れておいで。あんたの声は、よく通る」


 不思議な言い方だった。けれど嫌じゃない。

 女性が去っていく背中を見送り、ミレイは深く息を吸った。湿った土の匂いの奥に、少しだけ甘い香りが混じっている気がする。


 路地の向こうで、リアムとノアがこちらに気づく。

 リアムは短く手を上げ、ノアは石板を掲げた。《午後 橋 開始》


「行こう」


 ミレイは小走りで2人に追いついた。

 リアムが縄を肩から下ろして渡し、ノアが釘袋を半分に分けてミレイに持たせる。何も言わなくても、仕事の並びは自然に決まる。


(“あんな事”は、まだ知らない。けど――)


 橋へ向かう道に、風が通り抜けた。

 午後の日差しが、3人の影を長く繋いでいく。


「まずは杭を打って、渡し板を仮で置こう。流れはまだ速いから、気をつけて」


 リアムの声に、ノアが頷く。ミレイも同じように頷いた。

 同じ釘、同じ板、同じ風。違う手で、同じ方向に。


 昼休みは終わり。

 でも、今から始められる話がある。誰かが途中でこぼした昔話の続きを、少しずつ拾いながら。

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