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第1話 「これが終われば」の呪い

はじめまして、ねたら まんでーです。


寝ても疲れが取れないあなたへ。

それでも、生きてるあなたへ。


「これが終われば」って、何回思った?

これは、“それ”を何百回も繰り返した女の物語。


小さな村と、自分自身を取り戻すまでのお話。

午前4時35分




 「……もう鐘、早くない?」

(いや、私が寝坊ギリギリなだけか)


 鏡をのぞくと、目の下のクマが紫色を越えて“聖遺物(せいいぶつ)級”の威厳を放っていた。

乱れた髪は肩でハネ、口元の血色はどこかへ失踪中。

制服――濃灰の事業部支給コートは、袖の端が擦れて少しほつれていた。


 22歳という若さは、睡眠不足と無力感の中で日々削られ、肌の色もどこか透明がかって見える。


「化粧? ムリムリ。そんな暇あったら資料確認」


  冷え切ったハーブティーを一口。

(味? 知らん。胃に何か入ればいい)


 石畳を急ぎ足で抜ける途中、露店のパン屋のおばちゃんに呼び止められる。


 「お嬢ちゃん、また始まりの鐘より早いじゃないかい」

「おはようございます。今日は“ほぼ徹夜明け”コースでして」

「これ、昨日売れ残ったやつ。腹は膨れるよ」

「助かります。死にかけの神に祈っときます」


(こういう優しさだけで、まだ生きてる気がするんだよな……)




 「……おはようございま――」

返事、ゼロ。


 ここは神殿観光事業部、目の前に広がる無人のオフィスはもう見慣れた光景だ。


 空気の重さが真冬の井戸水並み。

“聖遺物光焔祭(こうえんさい)”と書かれた企画書の山にランタンを灯す。


 カチッ。

「……あー、魔結晶(まけっしょう)また交換忘れてる。私か? 私だな」


内部メモをめくると、同僚セルマの走り書き。


 『ルシアン部長から追加依頼♡ ミレイちゃんよろしく!』


(♡つければ許されると思うなよ……)




 無理やり気持ちを切り替え、朝一の会議準備を進める。


 資料複製機――ガガッ、ガガガガ。

「ああもう! 紙詰まり……ッ」


そこへ、寝癖を直しながらセルマ到着。


 「ミレイ~ 今日も鬼早いね。資料できてる?」

「紙が神に召されそう。あと五分で直す」

「部長、8時ピッタリに来るってさ。私、会議室デコレーション担当だから!」


(それ私の“前日に終わってる仕事”なんだけど?)


 その後、そんな私のもとに、直属の上司ルシアン・ヴェルグレイヴは颯爽と現れた。


 ルシアン・ヴェルグレイヴ部長、いつも通りの8時ちょうど出社。

金の鎖ボタンが輝く上質な外套に、光の反射すら計算されたかのようなブロンドヘア。

目元は涼しげで、整った顔立ちには常に微笑が浮かぶ。


 周囲からは「理想の上司」「神殿都市の顔」とまで称される男。

その佇まい一つで、信者たちを魅了し、貴族たちに信頼されるのも納得だった。


 ……ただし、実際に彼の影として働いている者にとっては別だ。


 ミレイは彼の顔を見るたび、胃の奥が無言でキリキリと軋むのを感じていた。

(笑顔はうまい。でも、人の手柄を奪うのは、もっと上手い)


ルシアンは机の資料をひょいとつかみ、ニコリ。


 「これが本日の計画書だね? ――ふむ、よく出来てる。私の名前で配布して構わないかな?」

「……はい。問題ありません」


 ルシアンの指がさらりと書類の作者欄をなぞる。

魔導ペンの軌跡が“ミレイ・ローレン”から“ルシアン・ヴェルグレイヴ”へと滑らかに変わる。


 (もう何度目だろう。最初は腹が立った。でも、今は……)

(“これが終われば”って、ずっと言い聞かせてる自分がいちばん嫌だ)




 幹部A「部長、さすがです! 予算十倍でも採算が取れるとは!」

幹部B「“聖遺物降臨”の演出、感動しました!」


ルシアン「皆さんのご協力あってこそ、ですよ」


 私の作った企画書でいつも通り会議は進められていく。


 私は後方席で小さく拍手。

(あー、はいはい。私、空気。これで給料据え置き残業“40時間”コース確定)




昼休みという名の実働時間。ちなみに5分。


 干しパンをかじりながら魔信端末を確認。

ルシアンから新メッセージ。


 【至急】輸送保険の追加契約と書式整備、今日中。よろしく頼んだよ。


 「“よろしく”じゃねえんだよ」

声に出た。けど誰もいない。


 (これが終われば――ほんの少し、私だって変われる)


 頭の中でだけ、“光焔祭”当日の光景が鮮やかに輝く。

信者の歌声、夜空を舞う光粒、子どもたちの笑い声。

(それを見たい。私の手で、現実にしたい)




 仕事を終え、私の住まいが視界に入った時には既に

時計の針は23時を過ぎていた。

 


(今日、何時間働いたっけ……)

 


 もう思い出す気力もない。魔信端末のログイン記録を見返せば、たぶん20時間は超えてる。

靴を引きずるように住まいの共用階段を上がり、いつもの二階へ。天井の魔光灯は半分切れていて、蛍みたいにピカッ、ピカッと不規則に明滅していた。

 


「ただいま……」

 


 鍵を回す音だけが、やけに響いた。

部屋の空気は冷えていて、誰もいない。いや、“誰かがいたことすらない”空気だった。

スイッチを押すと、天井の光がピクリとも動かない。

 


 「あー……、また魔結晶切れ? てか、まだ替えてなかったっけ」

 


(そもそも、いつからだっけ……?)

 


 玄関に鞄を落とし、脱いだコートは床に直置き。片づける気力もない。

散らばった書類。畳まれていない洗濯物。洗ってない皿。

それ全部、「明日でいっか」で積み上がった結果だ。


 


 ソファに倒れ込むように座って、無言のまま天井を見上げた。

天井は何も言ってこない。今日のことも、明日のことも、知らないふりだった。

 


(……あー……やっば。泣きそう。いや泣いてもいいか、別に)

 


 でも、涙は出なかった。

泣く体力すら、どこかで落としてきたらしい。

 


「はぁ……。……さっむ、今日暖房つけてないや」

 


 手を伸ばして魔導スイッチを押す。作動音がするだけで、あたたかさは来ない。

 


(また魔結晶切れてる。明日買う……いや、明後日……いや、今週中に……)

 


 言い訳みたいな独り言が、天井に向かってぽつぽつと浮かんでは消える。

 


 視界の端に、光焔祭のスケジュール表がある。

その上に置かれた、ルシアンの名刺。

あの笑顔。あの声。あの「助かるよ、ミレイくん」。

 


 ミレイは無言で枕を顔に押し当てた。

叫びたい。殴りたい。何もかも投げ出したい。

でも、そうしてしまえば“自分が全部ダメだった”ことになる気がして、できなかった。


 


(……だめだ、また“これが終われば”って思ってる)

 


 それを何回繰り返した? 5回? 10回? 100回?

 


(でも、ほんのちょっとだけでいい。報われたい)

 


 誰にも届かない願いを呟きながら、ミレイはまぶたを閉じた。

目の奥が熱い。

でも涙は、やっぱり出なかった。


 

 次に目が覚めたら、また鐘が鳴る。

そして、仕事に行く。

それだけの生活を、また一日繰り返す。


 

「……寝よ。死なない程度に、寝とこ」


 

その呟きだけが、闇の中にぽつんと残った。

はじめての投稿作品なので、至らないところも多いかと思いますが、

ここまで読んでくださったこと、本当にありがたく思います。

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