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第四話『ハナミズキ』後編

薄暗い部屋に目が慣れてきた頃。鈴蘭は華やかな香りに誘われた。


「花・・・全部同じ?なんで部屋に?」


「・・・ハナミズキです。私が好きだった花・・・でももう、どこに逃げてもこれが咲いてるから、もう・・・」


少女は不愉快をあらわにする。それを見る度『ハナくん』のことを思い出してしまうため、白色や淡いピンク色の花々から逃れるように俯いた。


「あんた(呼びもアレか)・・・お嬢。ここ、もしかしてお嬢の実家?」


「・・・はい。多分、ここは1階の客間です」


「お嬢の部屋は2階?」


「はい・・・」


店長はそうかと呟き、この部屋に1つしかない扉を手にかける。鈴蘭は慌てて反対の手を掴んだ。


「まっ待ってください!行くんですか!?」


「『ハナくん』に会わないと帰れないだろ。せめて俺ら部外者だけでも解放してもらうぞ」


「待ってよ!自分たちだけ助かるなんて・・・!」


店長が廊下に出ると、壁一面に幼女の写真が飾られていた。その全てに――『ハナくん』が一緒に写っている。


「これ全部お嬢?本当に気に入ってたんだな」


「・・・昔のことです。当てつけみたいに貼られてて・・・こっちの話はガン無視だし」


少女は声に嫌悪を混ぜ、両端を視界に入れないよう歩く。2階の部屋までは何事もなく辿り着いた。


先頭にいた店長が少女に手の平を向ける。


「じゃあ・・・入って?」


「・・・え!?」


「いや。仮にもお嬢の部屋だし。俺がズケズケ入る訳にはいかんだろ」


――今その紳士感いらない!


少女は断固拒否と訴え、店長に入室の許可を出す。彼は気怠げに首をかき――


『キイィ・・・バタン!』


――ドアを開けてすぐに閉めた。何故?と鈴蘭が聞くまでもなく・・・全員が鼻を抑えて悶絶する。


「クッッッサ!」「んだこの臭い!ゴミ!?」「はあっ・・・ううぇぇ・・・」


店長がドアを少し開けた途端、隙間から鼻が曲がるほどの嫌な臭いが漏れた。脳が瞬時に『嗅ぎたくない』という信号を送り、鈴蘭は涙目で臭いの正体を推理する。


「何の臭いですかこれぇ・・・生ゴミだけじゃなくて、もっと独特な・・・他の色んな臭いが混ざってますって絶対・・・」


「・・・お嬢。今までこの部屋に入ったことある?」


「いやっ。2階だって上がったの今日が初めてです・・・」


「はぁ・・・これ以上こんなとこにいられるか!俺は帰るぞ!」


――でもちゃんと開けてくれるんだ・・・。


店長は大きく口を開けて酸素を吸い込み、勢いよく部屋の中へと入る。鈴蘭も彼の背中を見習い、両手で口と鼻をしっかりと抑えた。


ブウンブウン・・・ブブッ、ブブブブーーン・・・。


『・・・』


「あんたが・・・『ハナくん』か?」


蝿が飛び交う少女の部屋には1体のぬいぐるみがいた。『ハナくん』は店長の問いかけに頷き、光の無いプラスチックアイを少女に向ける。


『ダイスキ』『ズットイッショ』『ステナイデ』『ソバニオイテ』


少女はヒッと声を震わせ、鈴蘭の肩にしがみつく。傍から見ればゾウのぬいぐるみが主に健気な愛情を伝えているシーンだが・・・おどろおどろしい内装と、酷く汚れて変色した見た目が彼等の心情に負のイメージを与えていた。


「なぁ。『ハナくん』もああ言ってるし、洗濯して部屋においてやれよ。置くだけなら別にいいだろ」


「――」


――めちゃめちゃ拒絶の空気感を打ち破ってそんな台詞を吐けるのはこの世でアンタしかいない・・・。


鈴蘭の中でそんなツッコミが浮かんだが、店長のぶっこみ具合が凄すぎて開いた口が塞がらなかった。


「い、嫌・・・!本当に気持ち悪い」


「献身的だと思えよ。てか普通、あんな長く一緒にいた『ハナくん』をあっさり手放そうとするもんかね。愛着はどこ行った」


『・・・』


――!?部屋の雰囲気が変わった・・・?


店長が『ハナくん』を擁護するにつれ、部屋に充満していた瘴気が薄れる。鈴蘭が恐る恐る鼻から呼吸すると――最初の部屋と同じ、甘く優雅な香りが激臭を上書きしていた。


――そっか。店長はあえて『ハナくん』側に立つことで、ちょっとでも場の空気を良くしようと・・・。


ここは『ハナくん』が生み出した呪いの空間。何が起こるか、鈴蘭たちにどう危害を加えるのか――全てぬいぐるみに宿った怨霊の意のままである。少なくともこの部屋で『ハナくん』に逆らうべきではない。


相手の目的がハッキリしている状況で、ご機嫌を取るのが最善策――そう鈴蘭と店長は理屈で理解した。


『オネガイ・・・ハナレタクナイヨ』


「――っ嫌・・・!無理無理無理無理。私はもう18になんの!この年でぬいぐるみ部屋に飾ってるとかダセーから!私の部屋にも合わないし!やっと付き合えた彼氏だって『ガキ臭い』って・・・。だからもう、二度と私の前に現れんな!大人しくゴミになってろ!」


がしかし。当事者である少女には難しかった。


ポロッ。ポタ・・・ポタ・・・。


『ハナくん』は作り物の目ごと黒い水を零し、感情を怒りで歪める。


――やべぇ!


「きゃっ!」


揺らぎにいち早く反応した店長は鈴蘭を部屋の外に突き飛ばした。


「逃げろ!どっか安全な場所に隠れて絶対出るな!」


「店長――」


彼は鈴蘭が入ってこないよう扉を抑え、少女を一瞬でぶつ切りにした『ハナくん』と対峙する。


――ゾリッ、ゾリ・・・ゾリゾリゾリッ・・・。


「あの・・・『ハナくん』さん?なんでまた、お嬢をすり潰してんの?」


つい数分前まで鈴蘭の肩に触れていた手は『ハナくん』の鼻に繋がれ、業務用のおろし器で細かく砕かれていく。彼等が最初に入った時とはまた別の生臭さを感じた。


「・・・店長!店長!こんなとこで1人にさせるとか無いでしょ馬鹿!返事してください!」


「馬鹿にすんな!鈴蘭、俺は大丈夫だから、大人しく最初の部屋で花に癒され・・・」


『ハナくん』がすり潰した肉片を集め、近くに植えてあるハナミズキの土に混ぜた。幾分元気になった花を見て店長は言葉に詰まる。


――えぇ・・・あの部屋にあるハナミズキの養分ってそういう・・・?


「花がなんですか!?早く逃げましょうって一緒に!」


「いや・・・もうそこに居て。すぐ終わらせるから」


店長は手で顔を覆い、白衣の内ポケットから『RP』と書かれた小瓶を取り出す。


『マタ・・・マダ。マダマダキット。モウイッカイ・・・』


「もう無理だよ。このまま無視して帰っても、またお嬢に巻き込まれそうだし。ごめんけど諦めてくれ」


『・・・ハハハハハハハハハハハハハ』


『ハナくん』の鼻から出た水とフローリングに溜まった少女の血が()()()()滴り落ちた。強い酸を含んだ液体はみるみるうちに部屋を溶かし――店長と鈴蘭を空間ごと消しにかかる。


――これも試練か。


「お嬢は『ハナくん』がいない未来を望んでる。呪いの暴走を耐えた先に、希望は必ずあるから・・・今は甘んじてでも受け入れろ」


店長が小瓶の中に入った液体をかけた瞬間『ハナくん』が逆さ吊りの状態で拘束された。その後に起こる出来事を悟ったのか、悲し気な顔でもがく。


『ヤダ・・・ヤダ・・・ズットズットズット、イッショウ・・・』


パチン・・・。


「・・・」


「・・・はっ!?」


鈴蘭はいつの間にか閉じていた目を開け、勢いよく起き上がる。視線を向けた先にある時計は午後19時を指していた。


「おー起きたか。『日没前が一番暑いまである。日焼けしたくないから涼しくなるまで待機』っつったのを許すんじゃなかったな・・・起きるまでそっとしてあげた俺優しくね?」


「・・・はぇ。あれ・・・」


――なんだろ。今すぐこのバイト辞めたくなるくらいトラウマなことを経験した気が・・・。


「どした?1人で帰れる?」


「いや近いし・・・大丈夫です」


――まあ、いっか・・・?


鈴蘭は曖昧な思考を回し、今日の所は大人しく帰ることにした。


「あれ。何ですかこの鉢植え」


花水木(ハナミズキ)。偶然咲いてんの見つけて・・・土変えて持って帰って来た。スゲーんだぞ。ただ綺麗なだけじゃなくて薬用植物だからな。それに花言葉も良い」


「えっそうだったんですか?あっでも実が毒なんだ・・・」


鈴蘭は店長のスマホで勝手に調べ、自分の名前であるスズランと重ねる。


――毒にも薬にもなるなんて・・・私と一緒じゃん。


「花水木の花言葉は『幸福』『華やかな恋』・・・あとは『苦境を乗り越える愛』と『私の想いを受け取って』とか色々あるぞ。いい花だよなー」


「・・・なんかアレですね。おっさん店長が言うとちょっと・・・」


「オメーはもう帰れよ!ここ20時で閉めんだから!」


「わぁーお疲れ様でしたー!」


――7月でもこんな春みたいな花咲くんだな・・・?


鈴蘭は違和感を覚えて足を止めるが――またすぐに動かし、後ろ髪を引かれる思いのまま帰路に就いた。


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