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第三話『ハナミズキ』前編

「ぶえっくしょ――い!っきしょーい!」


「店・・・」


――きたな。


「っくしょ――い!あ゙ぁ゙〜ズッ!ズズッ!ズズズッ!お、どうしたー?」


鈴蘭は鼻炎に侵されている店長を汚物とみなし、底冷えする声で質問した。彼女の露骨な態度に傷ついた彼は箱ティッシュ片手に吠える。


「しょーがねーだろぉ!今さっき花粉症の気分が味わえる薬を投与したばっかなんだから!っあー鼻水・・・」


「また変な薬の効果調べてる・・・なら息止めてください」


「俺に死ねって言ってる?」


「それかもっと静かにクシャミしてください。おっさんの大声って汚くてうるさくてビックリするからマジで無理」


――酷ぇ・・・こっちは花粉症初体験で死ぬ思いしてるってのによー。まぁせめてクシャミだけでもどうにかしねえと。


店長は鈴蘭から滲み出る生理的に受け付けないというオーラに気圧され、耐えきれずまた新たな薬を投与した。


「くちゅん!はくちっ!ズズッ!ブーーーッ!」


「うるせぇーー!クシャミだけ可愛くなっても鼻水啜る音と鼻噛む音が野太すぎ!勢いありすぎ!あとその見た目で女の子っぽくしてもキモいだけだから!」


「だって・・・だっておっさんのクシャミはうるさくて無理って・・・くちっ!」


店長はクシャミが可愛くなる薬を飲んだまま泣きべそをかく。鈴蘭は心の声をぶっちゃけすぎたかと反省し、多少不快でも我慢して仕事を続けることにした。


「花粉症はいつまで続くんですか?」


「もう治る・・・ぷしゅっ!」


「――あの!」


高校の制服を着た少女が来店と同時に声を上げ、鈴蘭は咄嗟に店長の後ろに隠れる。しかし・・・。


「・・・グジュグジュ」


――お――い!


彼は鼻水に溺れ、会話が困難な状況にいた。彼女は自分が最も苦手とする年が近い同性を前に――震える声で対応する。


「ど、何かお探しで・・・」


「ここっ!ここ、変な薬いっぱい売ってるんでしょ!?アイツを・・・お化けを倒す薬はある!?」


「へ?」


「毒でもスプレーでもなんでもいい!倒せないなら私が死ぬ!楽に死ねる薬を出して!」


――えぇ・・・何事?


鈴蘭は苦手なタイプの人間が切羽詰まった様子に引き、視線で店長に助けを求めた。


「あーよし。治った・・・はいはい。除霊薬をお求めですか?」


「何その薬。初めて聞いた」


「ありますよ。差し支えなければ、どのような霊にお悩みなのかお聞かせ願えますか?」


「・・・はい」


女子高生は唇を噛んで俯き、ぽつぽつと話し始めた。


少女は、とあるゾウのぬいぐるみを非常に愛好していた。彼女はそれに『ハナくん』と名前を付け、寝る時も旅行に行く時も――ふたりは常に一緒だった。


しかし、少女は心身共に成長を遂げ『ハナくん』に不要性を抱いてしまった。『ハナくん』の場所はベッドから棚、棚からクローゼットの奥へと追いやられ――とうとう先々週、普通ゴミの袋の中に入った。


「そっから・・・ママに言われて捨てたのが学校から帰ってすぐだったんだけど、その時間が近くなると・・・」


「なると?」


「・・・あの、ぬいぐるみに追いかけられる夢?を見るようになったんです。毎日、ずっと」


少女が明確に『ハナくん』を捨てた17時54分。その時間が来る度、彼女はどこか別の場所に連れて行かれるようになった。


「知らない、真っ暗な場所でずっとアイツに追いかけられて・・・こっちが拒んだら怒って攻撃してくるんです。逆に謝っても『ならずっと一緒にいてくれる?』って聞いてきて・・・あんなことされた後じゃ無理じゃないですか!ちょっと見た目も不気味になってて怖いし・・・」


少女はひとしきり語った後、悔しそうな目を店長に向けた。


「飛ばされるのはいつも私だけで、その前は学校とか外にいても・・・アイツに攻撃されたらいつも部屋で目が覚めるんです」


「要するに、ゾウのぬいぐるみを捨てたら毎日決まった時間に連れて行かれたと」


「はい」


「どこにいても強制的に『ハナくん』との面会が始まり、次に意識が戻ると・・・直前にどれだけ離れた場所にいても、必ず自室にいる。ということで合ってますか?」


「はい。先に行っておきますけど妄想じゃないです。夢って言ったけど、意思はハッキリしてて・・・全部記憶に残ってるんです。とにかくアイツに対抗できる薬をください。お金もちゃんとあります」


――どうせ信じられないんでしょ?って顔してんな・・・でも同情して励ますのは俺の仕事じゃない。


彼は息を吐き、あくまで『ドラックストアの店長』として奇怪な悩みを抱える少女と接することにした。


「でもその話が本当なら、もうその時間来ますけど・・・」


現在時刻は17時52分。少女から事情を聞いたものの・・・未だ鈴蘭と店長は、眉唾が過ぎる話を咀嚼しきれていなかった。


「チッ・・・時間がねぇ。今日は一旦、ここに名前と住所、連絡先を書いてくれ。明日届けに行くから」


「え・・・さっき言ってた除霊薬は?それ売ってくれれば・・・」


「除霊薬は虫除けスプレーと一緒で、対象によって主成分が違うんだよ。今日はサクッと『ハナくん』に会ってこい」


「いっ、嫌嫌嫌!なんで!?何でもいいから!はやく頂戴!」


詳細を理解しきれていない状態で売れないと説得する店長と、てっきり今日で全て解決すると思い込んでいた少女の想いが交錯し――


「・・・あれ!?」「は?」「もうヤダァ・・・ってえ?」


――鈴蘭と店長は、少女と『ハナくん』の物語に組み込まれてしまった。


「・・・何で?友達といた時も私だけ飛ばされて、友達は『普通に途中で別れるまで一緒にいた』って言ってたのに・・・」


「店長!帰れる薬は!?」


「んなもんあるか!鈴蘭、恐らくこの空間は外の時間の干渉を受けない。つまり今ここにどれだけいようと時間外手当は――」


「なんかめっちゃストレスなんでー。それの手当は後でしっかり貰います」


鈴蘭は今日も残業か・・・と独りごち、早くも落ち着きを取り戻す。


――高校生のお姉さんがパニクってるのと、店長もいるし・・・意外と平気かも。


――最悪・・・だけど、1人じゃないのは今日が初めて・・・この人たちなら巻き込める・・・!?


――って思ってんだろうなぁ。あーあ。こりゃ解決まで付き合うコースじゃねーか。


店長を見て安心する鈴蘭。そんな彼女を見て一つの事実に気づく少女。2人の空気を読んで溜息を吐く店長。


『・・・』


その様子をどこかで見ている『ハナくん』は、長い長い鼻から水を吸い込んだ。

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