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【5】ひとつ目の能力

 王の執務室の机は、以前はキングが使っていたらしい。そのため、レクスには少々大きかった。机の端まで手が届かず、書類の置き場を考えなければならないだろう。椅子はレクスの体に合わせて新調されたが、机の高さに合わせるとどうしても足が浮いてしまった。書類の多さを考えれば机は広いほうがいい、ということらしい。

 レクスが事務机に着くと、五人の従者が並ぶ。竜人族(リザードマン)の騎士フィリベルト、セイレーンの魔法使いルド、デーモンの執事ブラム、鬼人(オーガ)の侍女カルラ、亡霊王(デュラハン)の騎士ミラ・ローシェンナだ。

「この者たちがお前の侍従になる」キングが言う。「ブラムは事務仕事の手伝い、フィリベルトとルド、ミラは護衛だ」

 ブラムとカルラは恭しく辞儀をし、フィリベルトはドンと胸を叩く。

「なんでもお任せくださいっス! レクスのお役に立てるなら、いくらでも働くっスよ!」

「ありがとう。頼りにしてます」

 ブラムは魔王軍側だ、とレクスは考える。フィリベルトとルドは攻略対象。主人公ノアとともに勇者として新魔王(レクス)の討伐に立つ。つまり、魔王軍から反魔王軍が生まれることになる。物語のクライマックスはレクスの就任後から一年後。命運は、この一年に懸かっているのだ。

「フィリベルトとルドは常にそばにいるわけではない」と、キング。「必要なことがあれば呼ぶといい」

「わかりました」

「では、さっそく仕事に取り掛かりましょう」

 ブラムが手をかざすと、黒いもやが浮かび上がる。ブラムはその中に手を入れた。空間魔法の“アイテムボックス”だ。ブラムの手には大量の書類が出現していた。

「しばらくは引き継ぎのための書類整理になります」

 ブラムが取り出した書類は三つの山を作る。王の仕事は多いと覚悟していたが、最初からこれほど積まれるとはレクスは思っていなかった。

「こんなにあるんですね……」

「はい。いまのところは」

「いまのところは……」

 一国の王となったと考えれば当然、とレクスは思い直す。もしかしたらこの先、書類の山はさらに(うずたか)くなっていくかもしれない。

 フィリベルトとルドが下がって行くと、ミラとカルラは壁際に控えた。キングはソファに腰を下ろし、ブラムがレクスの隣に来る。こうして、レクスの王としての一日が始まった。

 ブラムの説明を聞きながら、レクスは苦戦しつつ書類整理に取り掛かる。説明してもらえばなんとかわかりそうだが、この山を崩していくのは果たして何日かかるのか。そう考えると、気が遠くなりそうだった。

 レクスが書類と格闘しているあいだ、キングは何をするでもなくレクスを眺めていた。物語では登場しないと考えれば、退位したいま、暇を持て余しているのかもしれない。勇者に討伐された時点でキングに子はなかった。現状、王妃がいる様子もない。そのため、リベルが王となったのだ。

 つくづくと見ても、攻略対象でもおかしくないほどの美形だ。

(きっと僕のことは揶揄っているだけ。僕は……村から出たこともない世間知らずだから)

 思い出すまいと堪えていると、どうしても眉間にしわが寄る。どうしたのかと問いかけるブラムに、難しくてよくわからない、と曖昧に笑って誤魔化した。

 一時間かけて「確認済み」に移動した書類はたったの二枚だった。ブラムの説明はわかりやすいはずなのだが、そもそもレクスは領地経営にすら関わったことのない平民。国政に関することは専門外も専門外。理解が及ばない部分が多かった。

「レクス、お茶が入りました。少し休憩なさってはいかがですか?」

 カルラの優しい声が言うので、レクスは安堵しつつ頷く。ちょうど頭が痛くなってきた頃だった。

 花の香りがする紅茶を啜っていると、執務室のドアがノックされた。どうぞ、とレクスが応えた声で顔を覗かせたのはフィリベルトだった。

「キング、お客さんがお見えっス」

「客?」

 首を傾げつつ、キングが腰を上げる。そのとき、レクスは微かな耳鳴りに意識を取られた。それと同時に、頭の中に朧げな映像が浮かぶ。気付いたときには、少し乱暴にティーカップを置き、キングの腕を掴んでいた。

(なんだ、いまの映像……)

 動きを止めるレクスに、キングは不思議そうに首を傾げる。

「どうかしたか?」

 僅かな胸騒ぎに、レクスはミラを振り向いた。視線を受けたミラは小さく頷く。

「フィリベルト、一緒に来て」

「えっ、はい!」

 フィリベルトは目を丸くしつつ、ミラに続いて執務室を出た。ミラに任せておけば大丈夫、とレクスは息をつく。

「どうしたんだ?」

 キングがレクスを覗き込む。ブラムも案ずる表情をしていた。

「何か嫌な予感がして……」

 映像は鮮明ではなかったが、明らかに炎が見えた。微かな金属音も合わせると、何か戦闘のような気配だった。どこかで何かしらの戦闘が起こる。そんな予感だった。

「もしかして、ミラと回路同調(シンクロ)しているのですか?」

 ブラムの問いに、レクスは正直に頷く。隠し立てする必要もないだろう。

「たぶん、同じ映像が見えたんだと思います」

 レクスがそう答えるのと同時に、爆発音と怒号が響き渡った。緊張に空気がピリと痺れ、キングがレクスの肩を抱く。ブラムとカルラはレクスを挟んで警戒し、音の出所を探った。近い場所ではなかったらしく、その騒がしさは次第に消えていく。

「確認して参ります」

 音が止むと、カルラが執務室をあとにした。キングとブラムは依然として警戒している。

「王に仇為す存在が紛れ込んでいたようですね」

「随分と命知らずな魔族がいたものだね」

 呆れをはらんだブラムとキングの言葉は、その危険がレクスに届くことはあり得ないと証明しているようだった。

「カルラだけで大丈夫でしょうか」

「心配は要らない」と、キング。「カルラのほうがフィリベルトより強いからね」

「そうなんですか」

 カルラは淑やかで麗しい女性だ。あの快活な騎士フィリベルトに勝つ姿は想像できない。だが、キングがそう言うのなら間違いはないのだろう。能ある鷹は、という言葉が頭に浮かんだ。

 入れ替わるように、ミラが執務室に入って来る。まだ戦いは終わっていないようで、気の抜けない表情をしていた。

「ブラム、ちょっと来てもらっていい?」

「はい」

「キングとレクスはそこにいて」

 ブラムがミラとともに行ったことで、レクスの護衛はいなくなってしまった。それはつまり、キングだけでも充分にレクスを守れるという証拠だった。

 しんと静まり返った執務室。外では“王に仇為す者”がレクスの護衛たちに囲まれていることだろう。

 ひとつ息をついたレクスは、キングに持ち上げられたことで小さく声を上げた。キングはすとんとレクスを膝に置く。

「どうやら命を救われたようだな」

 そう言って微笑むキングの瞳には、レクスに対する慈愛が湛えられている。頬を優しく撫でられると、どうにもレクスは居心地が悪いような気分になった。

「でも、キングはあの五人より強いんですよね」

「あの五人が束になって掛かって来ても私には及ばないよ」

 キングは爽やかに微笑んでいる。その自信に満ちた言葉には、きっとレクスの護衛たちも頷くのだろう。

「だから、お前は私から決して離れないようにな」

「はい」

「それにしても……へえ」

 キングの声色が変わるので、レクスは嫌な予感に顔を強張らせる。キングはレクスの体を軽々と持ち上げると、いとも簡単にテーブルに押し付けた。レクスを見下ろすキングの微笑みは、先ほどとは明らかに違った。

「ミラと回路同調(シンクロ)していたなんてね。そんなに親しい間柄だとは知らなかったよ」

「む、昔馴染みですし……。姉弟(きょうだい)みたいなものなので……」

 しどろもどろになるレクスに、キングは愛おしそうに目を細める。

「ぜひ私とも繋がってもらいたいものだ」

 キングの指先が首筋を撫でる。この雰囲気はまずい、とレクスは頭の中でミラに呼び掛けた。シャン、と軽い鈴の音とともに、執務室にミラが姿を現す。ミラは剣呑な視線をキングに投げかけた。

「キング、大人しく(・・・・)お待ちいただけますか」

「参ったな。召喚までできるのか。まあ、身を守る手段は多いほうがいい」

 降参、というように両手を挙げたキングは、またレクスを膝に乗せる。レクスは、心臓が爆発するかと思った、と息をついた。こんな美形に追い詰められてどぎまぎするなと言うほうが無理な話である。

「それで、何があった?」

 真剣な表情になって問うキングに、ミラも居住まいを正した。

「南の町の使者を名乗る者が王への謁見を求めて来ました。レクスに接触しようとしていたようです。武装していたため、捕らえました」

「なるほどな」と、キング。「だからフィリベルトは私を呼んだのか」

 フィリベルトの判断は正しい。実際、南の町には使者を送る理由がある。だが、レクスが応対に向かい武器を向けられたとしても、護衛たちにかかれば一瞬の出来事となるだろう。それでも、その切っ先がレクスに届く可能性はゼロではない。その点において、キングであればどんな武装でも無意味というものである。

「どうして僕に……」

「お前が新しい王となったことを認められない者たちだろうね」

 王の代替わりには、少なからず不支持が生じる。真っ先に王自身に向かって来たところは賞賛に値するかもしれない。レクスが弱き王であることを把握しているのだろう。だが、そばには常にキングがいるという事実までは想像が及ばなかったようだ。

「だが、魔族はお前が王であると認めざるを得ないよ。しばらくは警戒するに越したことはないがね」

「はい……」

「じゃあ、私は後処理をして来るわ。キングは大人しくお待ちいただきますよう」

 鋭い視線をキングに投げ、ミラは執務室をあとにする。キングは、やれやれ、と肩をすくめた。

「僕に見えた映像はなんだったのでしょう」

「おそらく“未来視”の類いだろうね」

「未来視……」

「予知能力のようなものだ。お前は一介の魔族だったとは思えないほど高い魔力値を感じる。レクスの名を冠した際に、いくつか能力が開花しているかもしれない」

 神から授けられた力だ、とレクスは考える。魔法を使ってみたいと望んだ紫音に、無双できるくらいの魔力を授ける、と神は言っていた。二度とこの世界を破滅させないために、リベルは弱体化されている。それでも、紫音の唯一の願いは叶っているらしい。

 キングが優しくレクスの頬を撫で、穏やかに微笑んだ。

「私の可愛いレクス。就任早々、命を救われたようだ」

「……でも、キングならそもそも勝負にならなかったんじゃないですか?」

「それはそうだが、私が力の弱い魔族を制圧することはできないよ」

 レクスが首を傾げると、キングはまた柔らかく微笑む。

「私の力は圧倒的すぎる。いくら武装していたとしても、制圧するのは簡単だ。だが、前魔王である以上、武力を発揮するわけにはいかないんだよ」

「戦力差がありすぎるってことですか」

「そうだね。ミラとフィリベルトを向かわせたのは正しい判断だ。彼女たちなら、武装した者たちを制圧する権限があるからね」

 ミラとフィリベルトはレクスの護衛である。レクスの脅威となる存在を制圧するのは、護衛たちの役目だ。それでも、戦力差は目に見えていることだろう。

「それより、私との回路同調(シンクロ)を考えてみてくれ」

「……えっと……まあ、いずれ……?」

 曖昧な返事をするレクスに、キングは愛おしむように頬を撫でる。それから触れるだけの優しいキスをするので、レクスはまた心臓が爆発しそうになった。揶揄われているだけだとわかっていても、経験のほとんどない彼には、どうしたらいいかわからない。この時間が早く終わるように祈ることしかできなかった。



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