【21】魔王国の復興[2]
カルラにティーカップを返すと、さて、とレクスはまた地図を広げた。
「各地に必要な魔法はなんでしょう」
魔王国はかねてより魔法によって成り立って来た。魔法を利用することで、復興を早めることができるようになるだろう。
「北の町は建築魔法ですね」ルドが言った。「大工でなくても建築ができる魔法です。それに合わせて職人を送り込めば、家屋の再建は速やかに達成できまるよ」
「ふむ……」
北の町の被害状況の報告書に目を走らせ、レクスはその復興への道を思い浮かべた。
「家屋が再建できれば、北の町の次の課題は雇用ですね」
「家屋が再建できれば、それぞれ自分の事業も再会できるはずです」
ルドに次いで、ブラムが口を開く。
「それまでは他の町や村の雇用を利用するといいでしょう」
「なるほど……」
「家屋の再建とともに」ブラムが続ける。「日常生活も建て直さなければなりません。漁業を再開ための資源も必要になります。そのための支援金を出すといいでしょう」
「わかりました」
レクスは書類にペンを走らせる。これからやることが増える。メモを取っておかなければ頭が混乱を来すことだろう。
レクスのペンが止まると、ブラムが再び口を開いた。
「北の村は幸い、被害はほとんどありません。酒造を安定させる支援で充分でしょう。大口の取引を増やせば、事業として成長できるかもしれません」
「大口の取引と言うと」レクスは言う。「王宮や貴族、ですか」
「はい。輸出が利用できないいま、国内での消費活動を促進するしかありません」
「広告を打ち出すといい」キングが言う。「知名度を上げれば、それで雇用に繋がることもあるかもしれない」
「ふむ……」
紛争の被害を受けた町村は、必ずしも魔法を必要としているわけではない。北の村には、魔法より物質的な支援が必要だった。必要なのは魔法か物資か。レクスはそれを見極めなければならなかった。キングと家臣たちがいれば、判断を間違えることもそうそうないだろう。
「西の町には採掘に利用できる魔法を民に宮廷魔法使いが伝授するといいっす」ルドが言う。「土地も改良できるならそれに越したことはないすけど、それはあとでいいはずっす」
「わかりました」
「西の村は宿泊施設で重宝する魔法を伝授するといいっす。掃除やら洗濯やらに役立つ浄化の魔法がいいですね」
「ではそうしましょう」
「北の町が漁業を再開できたら、宿泊施設に卸す流通経路を確保するといいかもしれません」
「はい」
レクスは新しい紙にルドとブラムの案を記した。各町村には、これから王宮も支援がどう届くかを報せておかなければならない。それと同時にどう再建していくかを指示することもできる。民にとって、町村の再建は急務。王宮の支援を待ち望んでいるはずだ。
「東の町には医療系の魔法を伝授するといい」キングが言う。「製薬技術の向上も期待できる」
「それと同時に流通経路を確保する必要がありますね」レクスは言った。「医療を必要とする民は国中にいます」
「いずれ東の町の医療従事者を他の町村に派遣することも考えましょう」
ブラムに頷いて、レクスはまた書類に判を捺す。考えれば考えるほど、レクスの仕事が増えていく。それも王であれば当然のこと。きっと従者たちが喜んで手を貸してくれることだろう。
「南の町には農地を整えるための魔法が必要すね」ルドが言う。「干ばつが改善したら、宮廷魔法使いを派遣するといいっす」
「南の村は名前を付ければさらなる発展が期待できる」と、キング。「最初に名を付けるのは南の村がいいかもしれないな」
「わかりました」
ひと通りの案がまとまると、レクスはブラムに書類を引き渡した。あとはブラムが各町村への通達のための書類を用意するはずだ。
「本当に魔法だけで復興できるんでしょうか」
カルラの用意したレモン水を飲みながらレクスは言った。同じように休憩しながら、ルドが朗らかに口を開く。
「魔王国はそういう国っす。魔法によって発展してきました。金銭的な援助も必要でしょうが、魔法を利用すれば再建は早いはずですよ」
「ルドには魔法の面で頼ることが多いと思います」
「いくらでも~。魔法学が国の役に立つなら本望ですよ」
「レクスも魔法学を習得すれば魔法の制御が上達するはずだ」
キングの言葉に、レクスは自分の魔法の練習風景を思い出す。いまは魔法を習いたての子どもと同じレベルの能力らしい。魔法学は魔法を科学として捉えた学問。もと居た世界にはもちろん存在しなかったものだ。まだまだ学ぶことは多いだろう。
「ルド、教えてもらえる?」
「もちろん。自分の知識がレクスの役に立つなら光栄っすよ~」
ルドはいつも気怠そうで、ともすれば不真面目のような態度に見えるが、その実、魔法学に対しては真摯に向き合っている。きっとレクスにとって良い教育者となるだろう。
「小難しい話だ」
揶揄うような口振りで言いながら、ガーゴイルがレクスの肩に停まる。話がひと通り終わるまで待っていたらしい。
「王というのは堅苦しいものであるな」
「お前は王に対して馴れ馴れしすぎる」キングが顔をしかめる。「礼節というものを弁えろ」
「細かいことを言いなさるな、先代王殿下。我はガーゴイル。ただの魔獣ですぞ」
「言葉を持つ時点でただの魔獣ではない」
溜め息交じりに言うキングに、レクスは首を傾げた。
「何が違うんですか?」
「保有するマナの量だ。そのポケットラットたちのように、普通の魔獣は言葉を持たない。言葉を持つ魔獣は、魔族と魔獣の中間。お前と従属契約を結べば魔族に進化するんだ」
「我としては大歓迎だ。王に仕えることができるなら光栄の極みである」
「それを狙っていたのではないだろうな」
レクスは、自分がガーゴイルを発見したのは偶然だったと思っている。だが、キングの口振りからして、狙ってレクスを呼び寄せることも可能だったのだろう。
「何を仰います。我があの場で傷付き動けなくなっていたのは本当ですぞ」
「実際」ブラムが言う。「ガーゴイル殿を傷付けた宮廷騎士は処罰を受けています」
「護衛は多いに越したことはないっス!」と、フィリベルト。「レクスは戦う術を持たないっスから」
そうだ、とレクスは心の中で呟く。原作では、悪の大魔王レクスは勇者パーティと戦っていた。だが、いまのレクスに戦う能力はない。神が能力値を下方修正したためだろう。その分、護衛たちが強くなっている。おそらく、レクスは戦いの場に出るべきではない。
「まとにかく」ガーゴイルが明るく言う。「我も魔族に進化した暁には、レクスの役に立つことに尽力しましょうぞ」
「期待してます」
キングは不服の表情だが、レクスは自分が戦えない分、自分を守る者は多いに越したことはないと思う。魔族の王として、万がいちにもやられるわけにはいかないのだ。
* * *
今日も今日とて、リベルは私室に着くなりベッドにダイブした。今日も頭を使って、へとへとだ。従者たちがリベルに無理を強いることはないが、それでもどうしてもまだ疲れてしまう。
「町村に名前を付けるのって簡単なことじゃないよね」
「もちろん」イーリスは微笑む。「キングの祝福が別のものでしたら、きっとキングがおやりになられたのでしょうけれど……」
「祝福って大事な要素なんだね。僕の祝福は能力値の向上だった」
「リベル様の祝福を賜れば、私たちはさらなる進化を遂げることになりますわ」
従属契約を機に、フィリベルトの能力値は爆発的に向上した。ミラとルドもリベルの祝福を受けた際、従属契約ほどではないが能力値が上がっている。他人の能力値を向上させる祝福は、戦う者にとって利便性が充分に高かった。
「進化はそんな簡単にできるものなの?」
「私たちには王がおられますから。王の加護の元に在れば進化は簡単です」
「ふうん……」
「リベル様の能力値は、なんらかの神のご加護をお受けになられていることがよくわかります。きっと私たちは、さらなる高みへの進化を期待できるでしょう」
リベルはぎくりとする。転生の際、リベルは少女の声の神の祝福を受けた。それが爆発的な魔力値によく表れている。本来、ポケットラットの家系の者はこれほどに高い魔力値を保有するのはあり得ないことである。
ドアをノックする音が聞こえると、お茶を淹れて参ります、とイーリスは立ち上がる。部屋に招き入れられたのは当然、キングだった。
「やあ、私の可愛いリベル。元気だったか」
「さっき会ったばっかりですよ」
朗らかに微笑み、キングはいつも通りリベルを膝に乗せてソファに腰を下ろす。リベルもそろそろ慣れてきた。
「あのガーゴイルはお前に近付きすぎているな」
いまだ昼間のことを気にしている様子でキングは顔をしかめる。あのガーゴイルは、いまはまだ一般的な魔獣に過ぎない。本来、王の肩に停まることは懲罰を受けることだろう。
「なぜ張り合うんですか? 先代王に敵うとは思えないんですが」
「力ではな。問題はお前の心だ」
「心……」
「先代王だからお前の心を奪える、とは限らない。だからこうして必死なのだよ」
キングは優しい手付きでリベルの頬を撫で、真紅の瞳でリベルの目を射抜く。やはり慣れてなどいない、とリベルは俯いた。
「どうしてそこまで僕を……?」
「その理由を聞けば、お前は私を選ばざるを得なくなるよ」
「じゃあやめておきます」
「いまはな」
余裕を湛えた笑みを浮かべ、キングはリベルの顎に手を添える。触れるだけの優しいキスにも、やっぱり慣れない、とリベルは体を強張らせた。
「お前の心を奪うためには、どんな手段も厭わないさ」
また顔を伏せながら、自分はキングの愛を受け止めきれるだろうか、とリベルは考える。そこで、いやいや、と自分に苦笑した。
(キングは僕を揶揄ってるだけだし、大人しく飽きてくれるのを待とう)
そう思ってはみても、キングの愛おしげな瞳に嘘の色は見えない。これが真実でないならとんだ役者だ。もし真実だったとしても、リベルにはそれを受け止める自信がない。いまはただ、この時間が早く過ぎ去ってくれるのを待つことしかできなかった。
……――
『呪ってやる』
低く唸るような声に顔を上げる。目を塞がれているような闇。その中に立ち尽くし、胸中に広がる不安が息を荒くさせた。
『私が死んだのはあんたのせいよ』
不快な不協和音が耳の奥に響く。心臓まで届きそうなほどの混声が、耳を塞ごうと伸ばした手を止める。
『いつまで居座るつもりなんだ』
『私を救えなかったくせに』
『お前に王は相応しくない』
次々と浴びせられる言葉に意識が追いつかない。言葉であると認識することだけでやっとだった。
『邪魔をしないでくれ』
『お前に愛される資格なんてない』
『忘れるな。お前は――』
ゆっくりと目を閉じる。二度と開かぬよう祈りながら。




