【21】魔王国の復興[1]
レクスはいまのところ実感が湧いていないが、魔王国はつい最近まで人間の国と戦争していた。各地の被害は軽いものではなく、王宮の支援を待つ民が残されている。レクスはまず、戦争が各地に及ぼした被害を把握することが任務だった。
ブラムは各地に騎士団を派遣し、被害の実態を報告書にまとめてレクスに提出した。支援の内容を決めるのはレクスだ。
資料を見ながら、ブラムが説明を始める。
「北の町は人間の襲来を受けました。建物の損壊が激しく、避難所で生活する者もおります。漁業が盛んな町で、漁に必要な道具を強要してなんとか生活費を稼いでいる状況です」
ふむ、とレクスは報告書に目を通す。民家がどれほど被害を受けたかがわかりやすくまとめてある。
「住むところがなければ健全な暮らしはできません。家を失った民の多い地区から復興を始めましょう。北の町には、王都から職人を送ってください」
「はい。ではそのように」
ブラムは書類にペンを走らせる。レクスは王になってまだ日が浅く、前世でも領地経営などもちろん携わったことはない。それでも、被害を受けた場所にどんなことをすればいいかはわかる。それが間違った支援であれば、キングかブラムが指摘することだろう。
ブラムが書類を1枚めくって続けた。
「北の村は幸い、町に人間軍が流れたことで特に被害はありません。酒蔵が無事でしたので、町の民の雇用にひと役、買っています。酒を王都に卸すことで生計を立てることができています」
「では、それを維持できるよう支援しましょう。王宮に卸す流通経路を作れれば、生産数を上げることもできるかもしれません」
「かしこまりました」
キングはいつものように、ソファでくつろぎながらレクスを眺めている。いまのところ口を挟む点はないようだ。
「西の町は戦争による被害はありませんが、戦前より貧しい土地でした。農地の開拓もできず、水資源も豊富とは言えません。その代わり、鉱山があります。鉱山は戦時中、民の避難場所として利用していました。鉱山の資源は豊かです。西の町の民は鉱山の稼ぎだけでも暮らしていけます」
「西の町はガラス細工やアクセサリーを王都で見ました。土地の開発より、鉱山の産業の安定したものにするための支援に絞ったほうがいいんでしょうか」
「土地の貧しさを改善できるならそのほうがいいだろうね」キングが言う。「ただ、鉱山だけで生活ができるなら、優先的に支援する必要はないだろうね」
「そうですね……」
レクスには戦争の被害だけでなく、民の困窮についても把握しなければならない。すべての民が健全な暮らしを送っていなければ、魔王国は成り立たないのだ。
「西の村は国境の関所が近くにあるため、魔王国の玄関口と言えます。関所に滞在する騎士隊に宿や日用雑貨を提供しています。ただ、魔王国の玄関口というだけあって、人間軍の侵攻を受けました。ただ、関所があるためあらかじめ人間軍の侵攻を想定し、即時、対処できたため、被害はそう大きくありません」
「建物の損壊などはないのですか?」
「戦闘の規模が小さかったので、建物の被害はありません。西の村にはもともと北野町から魚を卸していました。流通経路の拡大で、北の町の収入源を増やすこともできるでしょう」
遠くないうちに各地の視察に向かわなければならないだろう、とレクスは考える。書類だけでは把握しきれないこともあるかもしれない。民の声を直接に聞くことで、民が必要とすることもわかるはずだ。
「東の町は医療機関と研究施設があるため、戦時中は守りを強固にしていました。戦争での被害はほとんどありません。ある程度の雇用も確保できていますが、専門職ですので、雇用の促進には繋がりません」
「熱傷病のこともありますし、医療が発展するよう支援しましょう」
「はい。ではそのように」
フィリベルトの破滅を防ぐためにも、医療の発展は必要になる。熱傷病は魔王国に深く根付いている。厚い支援が必要になるだろう。
「東の村は武具が特産で、国内に広く卸すことで収入を得ています。戦時中は武具が要でしたので、すでに王宮の支援を受けています。これから特別な支援をする必要はないでしょう」
「そうですか……。では、いまの支援を維持しましょう」
「はい」
最後の一枚は、レクスの故郷である南の村のものだ。
「南の村は昔から豊かな土地です。人間軍の手が及ばなかったのは幸いでした。戦時中、民が食事に困窮しなかったのは、南の村の農作物のおかげです。水車のような事業を各地に用意できれば、各地の特産を強化することができるかもしれません」
「水車は村の民からの提案でした」レクスは言う。「他の地区にも同じようにアイデアを持つ民がいるかもしれません」
「そうですね。民の声に耳を傾けましょう」
魔王国は魔法によって成り立っているが、ときには技術的な発展が必要になることもある。特産物の生産を安定させることができるのは魔法ばかりとは限らないのだ。
カルラがお茶を淹れ、小休憩となる。王の仕事は、いまだレクスの頭を疲れさせた。
「この国の町や村には名前がないんですか?」
書類をめくりながら言うレクスに、そうだね、とキングが頷いた。
「それで困ることはなかったからね。この国には八つの集落があるだけだ」
前世の世界では、どんな小さな集落でも名前があった。レクスにとっては「町」と「村」の違いだけでは覚えきれる自信がない。各地で暮らす民からすれば、自分の地区さえ覚えていればそれでいいのだろう。
「でも、名前があったほうが何かと便利なんじゃないですか?」
「町や村に名前を付けるのは王の役目だ。王が名前を付けることで、町村に祝福を授けることができる。復興を早めるひとつの方法だな」
なるほど、とレクスは心の中で呟く。レクスの祝福は対象者の能力値を向上させる。それを町村に付与することで、生産性を上げることができるのかもしれない。
「なぜキングはやらなかったんですか?」
「私の祝福は町村の発展の助けとなるものじゃないんだ。向き不向きの問題だね」
「町村に名前を付けるには、複雑な手続きが必要になります」
ブラムのその言葉に、レクスは少々怯んでしまう。いまでさえ通常の任務をこなすだけでいっぱいいっぱいで、これ以上に複雑な仕事となると、周囲の手を借りずに片付けることはできなくなるだろう。
「でも、町村の発展に繋がるなら、名前を付けることも考えてみましょう」
「きっとすべての民が喜びます。少しずつ手続きをしていきましょう」
ブラムの言う通り、民は喜ぶはずだ。それに加えて発展の促進になるなら、レクスとしても積極的に行いたい。だが、レクスは不安になって背後に控えるミラに呼び掛けた。
《 もしかして僕、大変なことをしようとしてるかな 》
《 それはそうね。でも、この国を滅ぼさないためには必要なことかもしれないわね。国が豊かになれば、それだけ戦力も上がるわ 》
《 僕が破滅の大魔王になっても止めることができるようになるんだね 》
《 ええ。まあ、そんなことはないでしょうけど。あなたは神の力で再生のために転生したんだし 》
《 うーん……まあ、頑張ってみるよ 》
レクスにとって、この国を自分から守ることが最優先事項だ。そのために大変な目に遭おうが、この国の民を救うためには必要なことである。神との約束を果たすために、多少の負担は覚悟の上だ。きっと周囲にいる者たちが、レクスの助けとなってくれることだろう。自分は恵まれている。レクスは心からそう思っていた。




