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転生したら姉の遺作BLゲーム世界の悪役魔王だったので破滅回避のために無限の天啓で魔王国を救います【改定前】  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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【20】視察

 地に膝をつき、荒々しく呼吸を繰り返す背が見える。その姿は痛々しく、胸が締め付けられた。それでもどうすることもできず、ただ眺めていることしかできなかった。

「ふうん」

 嘲笑う声が聞こえる。憎らしさを感じさせるその表情に苛立ちを覚える。何もできないのが歯痒かった。

「たったこれっぽっちの魔力で宮廷魔法使いのトップを名乗っていたわけ?」

 この場面を知っている。知っているからこそ、胸が苦しくなるのだ。

「自分の魔力を奪って、いったい何がしていんですか……」

「何も。ただ、少し魔力を補充したかっただけ」

 その残虐性を湛えた笑みが恨めしい。それでも止めることができない。役立たずの自分が腹立たしい。

「魔族にとって魔力を奪われることがどれだけ危険か、あなたも知っているはずです」

「でも、きみは耐えた。その点ではさすが宮廷魔法使いだね。僕の魔力補充係に任命しようかな」

 それが何を意味するのか、どういう結果をもたらすのか、すべて知っている。それでも笑っている。心の底から楽しむように。

「せいぜい僕の役に立ってよ」

「そんなことをしたら身がもちません!」

「もたせる必要がある? もうきみは天涯孤独なんだから」

「……まさか、家族を……」

 あまりの仕打ち。だが、これが未来の自分なのかもしれない。そう考えると全身から血の気が引く。

「悪いね、目障りだったんだ。まあ、少しは足しになったよ」

「……どうして……」

「魔族の中で最も強いのは僕でないと。これからも僕の役に立ってね」

 この未来が訪れないように。そのために必要なことをしなければならない。この未来が現実のものとなれば、すべてが終わってしまうのだ。



  *  *  *



 目を覚ますと、リベルはようやく安堵の息をついた。酷い夢だ。

 セイレーンの魔法使いルド。その豊かな魔力に目を付けられ、従属契約を利用して悪の魔王レクスに魔力を搾取される。それでもルドは死なない。それだけ魔力が豊富なのだ。レクスは、魔力を搾取され弱っていく様を楽しんでいた。

(魔族の中で最も強いのは僕……笑わせてくれる)

 レクスは最弱の魔族、ポケットラットの家系。それがコンプレックスだっただけ。魔力があればあんな思いをせずに済んだ。それがレクスを突き動かしていただけ。そんなことを望んでいるはずはないのに。



   *  *  *



 朝食のあと、サロンで南の町へ視察に向かうための準備が進められた。南の町の干ばつは視察団だけでは原因を究明することができず、レクスが様子を見に行くことになったのだ。

「私が行ったところでなんの解決にもならないと思いますけど」

 ブラムが腰に剣のベルトを装着しているあいだ、腕を横に伸ばしながらレクスは言った。

「それでも、レクスのお顔を見れば民も安心するでしょう」

「そうかな……。キングが行かれたらいいんじゃないですか?」

「私のこの能天気なつらのどこに安心要素があるんだい?」

「いや、腐っても先代王ですし」

「腐っても……?」

 いいですよ、とブラムが言うので腕を下げ、レクスは腰の剣を確かめる。彼が使うためにあつらえた物で、長さも重さも彼の身体能力に合わせてある。使うかどうかはさておき、多少なりとも安心感を与えてくれるようだった。

「まあ、どちらにしても私も行くけどね」

「あ、そうなんですか。じゃあ私は行かなくても――」

「レクス、王のお役目ですよ」

 ブラムがぴしゃりと言うので、はい、とレクスは硬く頷いた。

 視察団でも解決できない問題が自分に解明できるとは思えない、とレクスは考える。自分の能力がこの王宮内で最も低いことは自覚しているし、頭が良いわけでも回転が速いわけでもない。知識が豊富ということもないし、ともすれば一番の役立たずなのではないかと思う。

「ミラ、フィリベルト、ルド」と、ブラム。「支度はできましたか」

「ええ」

「はあ~い」

「準備万端っス!」

 今回の視察は、レクスとキング、ミラとブラムに加え、フィリベルトとルドが同行する。王の護衛として人数が少ないように思えるが、レクスを除く五人は相当な手練(てだ)れだ。その実力は一個中隊くらいなら簡単に退けるだろう。むしろ五人も要らない、とはカルラが言っていたことだ。護衛としては充分すぎる戦力と言えるだろう。



  *  *  *



 馬車は二台、用意された。一台目にはレクスとキング、ブラムが乗り込み、二台目には護衛たちが乗っている。南の町に向かうあいだ、レクスは町のことをまとめた書類に目を通していた。

「南の町は土地が豊かで」ブラムが言う。「農作物の他に果物農園もあります。ですので、川の干ばつは深刻な問題です」

「南の町で不作が続けば」と、キング。「食糧に困る民は大勢いるだろうね」

 ブラムの資料によると、南の町は各地に食料を届けるため、復興は優先的に行われたらしい。しかし、ある程度の復興が済んだいま、干ばつによって不作が続いているとなると、他の町村にとっても打撃となるだろう。


 南の町では、民が畑の周囲に集まっていた。視察団の報告では、川から水を引き上げられないか模索が続いているらしい。それも魔族の知識だけでは足りず、難航しているらしい。それが可能になれば雨が降らなくとも干ばつを解決できるだろうが、残念ながら、レクスもその知恵を持ち合わせていない。

 レクスたちが歩み寄って行くと、茶髪の青年が振り向いた。

「よう、リベル」

「レクス、です」

 ブラムが即座に厳しい声で言うので、悪い、と茶髪の青年――エーリクはそばかすだらけの顔を引き攣らせた。エーリクはレクスの故郷で暮らす幼馴染みだ。

「友人なんだから、いいんじゃないですか?」

「魔族を統べる王というけじめです」

 きっぱりと言うブラムに、ふうん、とレクスは呟いた。

「堅苦しく考えなくていいんじゃないの?」

 キングがのほほんと言うので、キングは相変わらずだな、とエーリクが笑った。

「やや、これはレクス、キング」

 慌てながら駆け寄って来るのは、この町の長だった。ふくよかな頬に汗を垂らしながら、帽子を脱いでふたりに辞儀をする。

「どんな状況ですか?」

「ええ、ご覧の通りで……。元々こちらに流れて来ていた川のため池が干上がってしまいまして……。ため池の上流の川は流れているのですが、流れが不規則になりため池に流れ込まなくなったのです」

「そうですか……おかしな話ですね」

 町長の話と報告書を照らし合わせる。何か奇妙な魔法でも掛かっているのではないかと分析したが、特に何も発見されなかったらしい。木の枝など堰き止める障害物があるというわけでもなく、奇妙な流れでため池への水路に流れ込まないらしい。

「何か“雨の神”の気に障るようなことでもしたんじゃない?」

 枯れた作物の葉を見ながらキングが言った。

「雨乞いの儀式はやっていますよね?」

 レクスの問いに、町長とエーリクが揃って目を丸くする。

「しておりませんが……。神官が病に臥せっておりまして」

 ひたいの汗を拭いながら町長が言うので、今度はレクスが目を剥く番だった。

「なぜそれを報告しなかったのですか?」

 町長が怪訝に首を傾げる。エーリクが代わりに口を開いた。

「雨乞いの儀式がそんなに重要なのか?」

「なに言ってるの。雨乞いの儀式は雨の神のご機嫌取りのようなものだよ。雨乞いの儀式をしなければ、雨の神も機嫌を損ねるんだ」

 町長とエーリクは顔を見合わせる。予想外、といった様子だ。

 雨乞いの儀式は各地で定期的に行われる。その名の通り、雨の神に雨を降らせるよう懇願するための行事だ。長らく風習として続けられているため、その本来の目的が薄れてきているのかもしれない。

 この国は、雨乞いの儀式をしなければ雨が降らない温暖で乾燥した土地だ。雨が降らなければ畑はすぐに干上がる。そのための雨乞いの儀式なのだ。

「とにかく」レクスは言う。「神官のもとへ案内してください」

「は、はい。こちらです」

 町長は木造の一軒家にレクスたちを案内した。ドアをノックして名乗った町長は、返答を待たずに家の中へ入って行く。おそらく家主は応対に出て来ることができないのだろう。

 奥の部屋で、初老の男性が蒼白な顔でベッドに横たわっていた。この町の神官で、雨乞いの儀式の神主を務める人物だ。

「ああ……これは、レクス」

「そのままで構いません」

 慌てて起き上がろうとした神官を制し、レクスはベッドに歩み寄る。神官は顔から血の気が引き、頬は痩せこけ呼吸も乱れている。

「医師には見せたのですか?」

「ええ」町長が頷く。「魔力回路に異常があるとのことですが、どの魔法を試しても効かず……」

「そうですか……」

 小さく呟いてから、医師に見せても解決しない場合はどうしたら、と考える。医師でも解明できなかったことを自分が解けるかと考えると疑問だ。それから、こんなイベントがあったかと考えてみる。テストプレイではこんな場面はなかった。何か解決策があるだろうか、と頭の中でミラに語りかける。

《 ミラ、原作にこんな設定あったっけ? 》

《 私には心当たりがないわ。でも、ここが現実世界になったいま、原作になかった出来事が起きてもおかしくはないわね 》

《 どうしたら解決するかな 》

《 ルドに診てもらうといいかもしれないわ。魔法で原因を検知できるかも 》

 ミラとの念話を終え、レクスはルドを振り向いた。

「ルド、診てみてください」

「あーい」

 気怠げに返事をしたルドは、神官のひたいに触れて目を閉じる。神官の中にある魔力回路を鑑定しているのだ。ややあって顔を上げたルドは、片眉を上げて見せる。

「アンチマジックが掛かってますねえ」

 ルドの言葉に、そんな、と町長が目を丸くする。

「いままで何人もの魔法使いに見せてきたのですよ」

「かなり複雑に掛けられてますからねえ。それこそ、宮廷魔法使いくらいの手練(てだ)れじゃないとわかんないっすよ」

「そうですか……」

「ルド、解けますか?」

「よ~ゆう余裕~。複雑つっても、解く方法はひとつっすからねえ」

 軽い口調で言いながら、ルドは再び神官のひたいに手を置く。目を閉じて意識を集中させるルドの手のひらから淡い光が溢れ、ゆらゆらと瞬いた。風に吹かれたように光が消えるのと同時に、パキン、とガラスが割れたような音が響き渡る。ルドはゆっくりと目を開き、静かに立ち上がった。

「こんなもんすかねえ」

「どうですか、神官」

「ああ、体が軽くなりました。ありがとうございます」

 アンチマジックはその名の通り、魔法の力を封じ込める魔法だ。魔力の保有量が多い魔族にとって、アンチマジックにより魔力回路の動きを止められるのは危険なことである。アンチマジックに掛かると神官のように起き上がれなくなるほど衰弱してしまう。アンチマジックを魔族に掛けるのは、殺すも同然ということだ。

「なぜアンチマジックなんかに?」

「実は先日、国境付近に迷い込んだ人間がいたので、近隣の町まで案内してやったのです。思えば、そのときからおかしかったような気がします」

「そうですか……。それについては、回復し次第、報告書を王宮に提出してください」

「承知いたしました。お手を煩わせて申し訳ありません」

「いえ。私のほうこそ、もっと早く来るべきでした。とにかく、いまはゆっくり休んでください。ひと晩もすれば元通りですよ」

「はい、ありがとうございます」

 雨乞いの儀式は雨の神との交流のようなもので、高度な魔力を持つ神官にしか執り行えない。この町には神官がひとりしかおらず、彼が倒れたことで滞ってしまったようだ。

 神官が回復し次第、雨乞いの儀式をするよう町長に伝え、レクスたちは南の町をあとにした。これで南の町の干ばつは改善されるはずだ。

「一件落着でよかったね」

 帰路の馬車でキングが朗らかに言うので、レクスは曖昧に頷く。先ほどから考えていることがあり、キングの言葉をよく聞いていなかった。キングは、そんなレクスの変化に目敏く気付く。

「どうした、レクス」

「……町長たちは、私が当てにならないと思って報告しなかったんでしょうか」

「事態を軽く見ていたというだけさ」

「そうでしょうか……。ですが、キングがいなければ、私は神官のことに気付かなかったと思います」

「私の独り言を雨乞いの儀式に結び付けたのはお前だよ」

 キングは慰めるようにレクスの頬を撫でる。レクスは自信を失くしたまま俯いていた。

「視察団がそれに気付かなかったことで、王宮は当てにならないと思ったのではないでしょうか」

 視察団の派遣は王の務めだ。王命により調査に向かった使いが原因を究明できなかったと考えると、ともすれば信用度を下げることになるのではないだろうか。とは言え、視察団に罪はない。レクスに彼らを咎めるつもりはない。

「雨乞いの儀式はやっていて当然という頭だったんだろうね。視察団が難しく考えすぎていたというだけだよ。それで信用を失ったとしても、お前が解決したことでそれも取り戻せたんじゃないかな」

 キングの言う通りかもしれない。そう思うが、キングがいなければ雨乞いの儀式のことは気付かなかったし、神官のアンチマジックを解いたのもルドだ。自分は何ひとつ役に立っていない、という無力感で頭がいっぱいだった。

「ルドがいてくれてよかったです」

「頼りになる側近だ。昔から要領の良いやつだったよ」

「もっと手腕を遺憾なく発揮できる機会があるといいんですが……」

「これからきっと役に立ってくれるさ。国の復興には魔法が必要になる」

 優しく言うキングに、レクスは小さく頷く。それから、ふと思い立って言った。

「魔族には魔法があって、それは人間には敵いません」

「そうだね」

「それならなぜ、魔王国の被害も軽くなかったんでしょうか」

「数の問題だね。人間の数は魔族よりはるかに多い」

「復興に当たって、各地の被害状況の確認をしなければならないようですね」

「人間には魔族が大きな脅威であることは知れ渡ったはずだ。魔王国が戦争に巻き込まれることはしばらくない。じっくりやっていこう」

 レクスはまた小さく首を縦に振った。これからレクスは、各地のこういった問題をひとつずつ解決していかなければならない。王としての役目を全うし、この魔王国の復興に尽力しなければならないだろう。

「ところで、レクス。気付いていないようだけど」

「……? なんですか?」

「いま、私たちはふたりきりなんだよ」

 頬に触れながら言うキングに、レクスはハッと我に返る。ブラムはミラたちと同じ二台目の馬車に移ったのだ。

「い、いや、御者台にフィリベルトがいますし、ふたりきりではないと思いますけど」

「御者台なら何も見えないし、何も聞こえないんじゃないかな」

 笑顔で言うキングに、レクスは頬を引き攣らせた。

 それからキングに愛を囁き続けられたレクスは、王宮に到着する頃には、悩んでいたこともすっかり忘れてしまったのだった。



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