【17】忠誠の騎士
到着した救護隊が、第二、第三騎士隊も合わせて民の被害状況を確認する中、レクスは被害が最小限で済んだことに安堵していた。レットル医院も患者も傷ひとつなく、避難所の民も怪我を負った者はほとんどいないらしい。
救援隊を眺めていたレクスのもとに、ミラが身を寄せて来た。
「お疲れ様。王らしい采配だったわ」
「ありがとう。……僕は、ミラたちの王になった」
レクスは、ようやくそれを実感する。ポケットラットの家系であり、転生者の自分が王になるなど、現実味の薄い話であった。しかし、それは間違いなく事実なのである。
「三人とも、それに見合うだけの働きをしてくれてる。今度は僕が応える番なんだ」
レクスの視線の先で、フィリベルトと妹が抱き締め合う姿が見える。彼らの王として、守らなければならない光景だ。
「あなたなら大丈夫よ」
ミラは優しく言う。レクスに対する信頼の言葉だ。
「あなたはこの国を守っていくだけの素質を持ってる。この国を、民の幸福を」
互いの無事を喜び会う民。騎士隊を称える者。この場にいるすべての民が笑みを浮かべている。王は民のためにある。民の笑顔を守るために。その希望を捨てさせないために。
* * *
「うう……緊張する……」
東の町の無法化から数日。レクスは王宮の聖堂で大きく息をついた。そんな彼に、キングが優しく肩に手を添える。
「緊張なんて必要ないさ。従属契約はただの手続きのようなものだ」
この数日間、レクスは考えに考え抜いた。前約束を果たすための従属契約。それがレクスの配下たちに必要なものかどうか。必要なものであることはわかっている。それでも、従属契約を結べば、レクスは配下たちの命を掌握することになる。自分が従属にとって良き王であるか。それをずっと考えていた。その結果、フィリベルトと契約を結ぶ判断が下されたのだ。
「教えて通りにすれば大丈夫だ。何より、フィリベルトを見てみろ」
東の町を無法化から救った英雄フィリベルトは、宮廷騎士たちに囲まれて称えられている。その表情は幸福そのもので、レクスとの従属契約を心から喜んでいることが見て取れた。
「お前は民を守った。私たちの王としてな。その誇りを胸に、背筋を伸ばせ」
キングに軽く背中を叩かれ、レクスはまた小さく息をつきつつ頷く。この場で王が背中を丸めているわけにはいかない。
神官が定位置に着くと、レクスは台の前に立った。跪いたフィリベルトは、深く頭を下げる。先ほどまでフィリベルトを祝福していた騎士たちも、キングとミラの背後に整列した。
神官が台の上に腕輪を用意する。従属契約の証だ。
「忠実なる騎士フィリベルト」神官が言う。「その魂を生涯、王のために捧げると誓えますか」
「はっ。この命を以って誓います」
「忠実なる騎士フィリベルト。その剣を終生、王のために振るうと誓えますか」
「この命の限り。王のため、民のための剣となります」
神官に促され、レクスは腕輪を手に取る。フィリベルトは跪いたまま、右腕をレクスに差し出す。
(教えられた通りに……)
レクスの緊張は最大まで引き上げられていたが、ここで失敗するわけにはいかない。教わった手順を思い浮かべ、小さく息を吸う。
「忠実なる騎士フィリベルト。これは最初の命令です」
腕輪を装着することで、従属契約は完了する。従属となったフィリベルトは、終生この腕輪を自主的に外すことができなくなる。
「私がこの従属契約を無効とする決定を下した際は、必ず逆らわずに従うこと」
フィリベルトは少しだけ面食らったように目を丸くしたあと、また深く低頭した。
「誓います」
レクスはフィリベルトの右腕に腕輪を差し出す。それを嵌めようと腰を屈めたとき、レクスはフィリベルトの耳に口元を寄せた。
「これは忘れてはならない命令です。私がこの国の脅威となる王となったとき、迷いなくこの首を斬ること」
フィリベルトがハッとしてレクスを見上げる。レクスは薄く微笑み、フィリベルトの右腕に腕輪を装着する。これで、フィリベルトはレクスの命令に背くことはできなくなった。
「これで従属契約は完了です」神官が言う。「さあ、みなで彼の新しい門出を祝いましょう」
静かに見つめていた騎士たちが、わっとフィリベルトのもとへ集まる。口々に祝福の言葉をフィリベルトに送り、その功績を称える。
フィリベルトの直属の騎士団長ガードナーが、その険しい表情を柔らかくして言った。
「おめでとう、フィリベルト。お前は我らが第一騎士隊の誇りだ」
「……はい!」
王は民のために在る。その言葉を体現する光景だった。
これは誓いだ。誰も絶望させない。魔王国のすべての民の幸福の守ること。決意を固めたレクスを祝福するように、鐘の音が響き渡る。
「で?」
身を寄せたミラが言うので、レクスは首を傾げた。
「私との従属契約はいつになるの?」
レクスは苦笑いを浮かべる。ミラはレクスとの従属契約を心待ちにしていた。
「連続はできないらしいから……」
「最初に選ばれたのがフィリベルトなのは悔しいわ」
ミラは心の底からそう思っている。原作者として、姉として、一番にレクスを守れるのが自分であると自負しているのだ。
「それは私も同じだ」キングが言う。「最初は私だと思っていたんだがね」
ミラは目を細め、じとりとキングに視線をやった。キングは飄々と笑っている。
レクスは、なぜ競い合うのだろう、とまた苦笑する。キングはともかく、ミラとルドもいずれ契約を結ぶことになる。その順番はまだ決まっておらず、ルドもその日を心待ちにしているのがよくわかった。
(……これで、神との約束をひとつ果たせたかな)
二度と会うことのない少女の声の神。神との約束は、この世界を崩壊から救うこと。従属契約はそのためにも必要なことである。二度と会うことができないからこそ、レクスは自分にできる最大限のことを叶えたい。そう願っていた。




