【13】従属契約
「いや~、思ってた以上の魔力値でしたね~」
レクスのステータスボードを手に、ルドがのほほんと笑う。レクスの能力をひとつ残らず記したステータスボードは、これからキングに提出される。
自分の能力値が数値化され、レクスはようやく自分の膨大な魔力値を思い知った。体力値に対し、バランスが崩れるほど魔力値が高かった。それと同時に、自分に戦う能力がないことも把握した。護衛を伴わず単独で戦いの場に出たことが自分の思っていた以上に危険なことだったとよくわかった。
ついでに五頭のポケットラットの能力値も鑑定したが、一般的なポケットラットの能力値で、そばに残ったからといって特別な個体というわけではなかった。もちろん戦闘能力はない。
「レクス」
静かに呼び掛ける声に振り向くと、フィリベルトが歩み寄って来た。いつになく真剣な表情をしている。
「自分との従属契約を考えてもらえませんか?」
フィリベルトは落ち着いた声で言う。心からそう望んでいる表情だ。
従属の契約。王と配下の魔力回路を繋ぐ契りだ。回路同調と似ており、念話はできないが、感覚の共有と召喚を可能にする。回路同調と違うのは、主の意思に背くことができないという点だ。誰かを殺すよう命じられたとき、その命に背けば自分の命が脅かされる可能性がある。魔力回路を繋ぐことで、主の魔力が従属に供給される効果もある。強い種族との契約では、従属の能力値が伸びることが期待される。
「……フィリベルトにとって、私との従属契約に利点があるとは思えない」
レクスには、まだ自分が悪の大魔王になる可能性が残されていると感じられる。もしそうなったとき、従属契約は邪魔になる。従属契約を結べば、フィリベルトはレクスを討伐することができなくなってしまう。
「でも、また同じようなことがあったら……」
「次は自分だけで解決しようと思わないから大丈夫だよ」
今回はミラとの回路同調に助けられる形となったが、同じようなことをすれば今度こそキングに愛想を尽かされるかもしれない。少なくともイーリスに伝えていれば、すぐに援軍が向かったことだろう。
「自分が最大限にレクスをお守りするためには、従属契約は必要っスよ」
「うーん……」
もし自分が悪の大魔王になれば、とレクスは考える。きっと悪の大魔王はフィリベルトの妹を人質に取るだろう。フィリベルトには、悪の大魔王となったレクスを討伐してもらわなければならない。従属契約はそれを不可能にするのだ。
「自分はアリだと思いますけどね~」ルドがのんびりした声で言う。「レクスの身を守るのに、感覚共有は利点がありますよ~」
「それに」と、フィリベルト。「国中のポケットラットがレクスの目になったんスよね。感覚共有ができれば、どこで何かが起こったって自分にも共有することができるようになります」
「レクスが無茶な命令をするとは思えませんし、自分たちの従属契約は必要になってくると思いますよ~」
「レクスの身を守る手段は多いに越したことはないっス」
フィリベルトの瞳は真剣だ。彼らの言いたいことは、レクスもよく理解できている。自分が守られなければならない存在だということもわかっている。だがいまは、まだ自分が悪の大魔王にならないという確証はない。簡単に頷くことはできなかった。
「……キングに相談してみます」
あの少女の声の神も、ミラも、いまのリベルは前回の転生者のような悪の大魔王にはならないと確信している。だが、リベル自身がまだ自分のことを信じられずにいた。この世界において、同じリベルであることに変わりはない。同じ運命を辿ることはないと、確証があるわけではないのだ。
「鑑定は終わった?」
穏やかな声に、レクスは少し安堵する。優しく微笑むミラが歩み寄って来た。
ルドの鑑定したステータスボードを見ると、ミラは薄く苦笑いを浮かべる。
「本当に魔力値だけがずば抜けてるわね。バランスが悪すぎて、戦いの場に出ることはできなさそうだわ」
「ミラも自分たちとレクスの従属契約は必要だと思うっスよね」
同調を求めるフィリベルトに、うーん、とミラはレクスを見遣る。彼が前向きではないことはわかっているのだろう。
「必要だとは思うわ。今回は私の回路同調でどうにかなったけど、二度と同じことが起こらないとも限らないし」
「そんなことないよ」
苦笑いを浮かべるレクスに、ミラは軽く肩をすくめる。
「レクスは無鉄砲なところがあるから。まさかひとりで飛び出して行くとは思わなかったわ」
「反省してるよ」
ミラが真っ直ぐにレクスの瞳を見つめる。念話の合図だ。
《 自分が前回のレクスのようにならないかって心配しているんでしょ? 》
《 うん……可能性はゼロではないでしょ? 》
《 ほとんどゼロだと思うけど。能力値でわかるように、神があなたの能力値をかなり弱体化させている。それに、キングもいる。あなたが彼らを傷付けるとも思えないわ 》
前回のリベルとの大きな違いは、キングが生存していることだ。いまのレクスの能力値では、キングを打ち負かすことはほぼ不可能だ。レクスが悪の大魔王となったとしても、キングに負けることは目に見えている。フィリベルトたちと従属契約を結んだとしても、キングがいればレクスを止めることができる。レクスを溺愛しているキングも、レクスが魔王国を脅かすとなれば容赦はしないことだろう。
《 それに、私もいる。そんなに心配する必要はないわ 》
《 うーん…… 》
フィリベルトとルドは、レクスとミラの念話が終わるのを静かに待っている。ミラがレクスを説得していることはわかっているようだ。
レクスは小さく息をつく。
「とにかく、キングに相談してみるよ」
「ええ、そうね」
歩き出したレクス三人が続く。私室に戻るまで付いて来るようだ。
随分と夜が更けてしまった。先ほどレクスが争いを感知したとき、すでに王の業務は終わり、イーリスが湯浴みの支度をして一日を閉じようとしていた。
レクスは、私室に戻るのが少し怖かった。イーリスに叱られることはもちろんのこと、キングがどんな顔をして来るか。それを想像すると背筋が凍るほど恐ろしい。今日ばかりは姉と同室で寝たい、そんなことを考えていた。
「あの野盗は、このあいだ関所に来た人間と同じ者だったのかな」
どうにか思考を変え、レクスはフィリベルトに問いかける。
「違うと思うっス。雇われた可能性はありますけど、まあ、自白させれば完結っスね」
「自白するかな」
「それ用の魔法がありますからね~」
あくまでいつもの調子でのほほんと言うルドに、ひえ、とレクスは小さく呟く。宮廷魔法使いを前に口を閉ざし続けることのできる者はいないようだ。
「もし雇われた者だったら、関所に来た人間は拒否するしかなくなるね」
「そうねー。人間がそこまで愚かだとは思いたくないわね」
レクスもミラも、かつては人間であった。現在は魔族であるため人間とは対立する関係性にあるが、レクスは個人的に考えるとすれば人間とは良い関係を築きたいと思うのも確かだ。だが、魔族の王である現状、その判断は慎重にならなければならない。
「でも、今回のことを民が知れば」と、ミラ。「きっと人間に対する心証はさらに悪くなるわ」
「一応、関所の騎士たちは口止めしたっスけど、噂が広がらないといいっスね」
襲撃を受けた関所は町から離れている。騒ぎは届いた可能性があるが、夜が更けていたこともあり、ポケットラットの視点からも目撃者は発見されなかった。関所の騎士たちの緘口令が徹底されれば、噂が広がることは防げるだろう。
寝室が近付いて来ると、レクスはどんどん憂鬱な気分になっていった。イーリスはどんな顔をして待っているだろうか。キングはどんな顔をして来るだろうか。
「そんな心配しなくて大丈夫よ」
レクスの心中を察したように、ミラが優しく言う。
「きっともうキングも怒っていないわ」
「そうかな……」
「むしろいつも以上に甘やかされるんじゃない?」
レクスは顔が熱くなる。彼がキングに溺愛されていることはすべての侍従が知っていることだが、改めて言われると気恥ずかしい気分になる。それも姉に見られているとなると、恥ずかしさはさらに増すようだった。
寝室が近付くと、ドアの前でイーリスが待っているのが見えた。レクスの姿を認めると、安堵の表情を浮かべる。キングが来ることを嫌がって戻って来ないと思っていたのかもしれない。
「じゃあ、おやすみなさい、レクス。また明日」
「うん。おやすみ」
三人に見送られ、レクスはようやく寝室に戻る。イーリスは穏やかに迎え入れた。




