第五章・第八話:Cross Over
「おい、鬼丸! 鬼丸、返事をしろよ、おい!」
鬼丸の声が突然かき消された。
それが目の前の黒い球体によるものだと分かると、金太郎はその拳を打ち付けた。当然、黒い壁は依然存在している。
「くっそ、いい加減壊れろよ、この結界。邪魔くせえんだよ!」
「だから無理だって、キンちゃん。注連縄は絶対に破れない。さっきの鬼丸君の声も、幻聴だって」
「そんなことない! あいつの声は確かに聞こえたんだ!」
まだ諦めない、そう言っている金太郎を見て今日何度目か分からないため息をつく。
注連縄はもはや魔術の領域ではない。魔術は所詮、この世界の枠組みで決められた常識の中で存在している。手間と労力を掛ければ、誰もが到達する領域なのだ。
しかし目の前のこれは違う。これは空間が遮断され、誰もが到達できないような領域だ。こんな“ここからは俺の領域”みたいに陣地取りごっこを真面目に、しかも絶対的に存在するのは魔術という領域から超えている。
――――僕ら魔術師はそれを奇跡と呼ぶ。
奇跡、そう、奇跡だ。
人間では起こしえないような、神の領域。それを奇跡と呼ばずして何と呼ぼうか。その絶対的な奇跡を目の前にしてウラシマはただそれをボウ、として見つめるだけであった。
「道はあるもんじゃない。作るものだ。だったらこじ開けてやる!」
……奇跡がもし常識外れを意味するのならば、目の前のこの男も十分奇跡だろう。
絶対的力を目の前にして、まだ諦めないような人間などウラシマの常識からすでに外れていた。
「そんなこと無駄なのに……」
「無駄かどうかはやってみて分かることだろ! まだ間に合う。鬼丸を助けられるんだ!」
そう言って金色の退魔師は黒い球体に手を掛け、それをこじ開けようとする。
当然のように、それはビクともしない。当たり前だ。空間が遮断されそこにあるのは無なのだから、無いモノ相手に何を動かそうとするのか。
ウラシマの口から再び息が漏れそうになった時、一筋の光がウラシマの前を横切った。
「――――月光・七夜」
光は黒に当たり、呑み込まれる。さながらその黒は全てを呑み込むブラックホールのようだ。圧倒的力の前では、全てのモノは意味を為さない。
しかし、その小さな光は少女にとってすごく大きな意味を持っていた。金太郎とウラシマの後方、震えながら立っていた少女の周りには金色の球体が浮かんでいた。
「かぐや……」
「……正直ここで立っているのにもきついんです。今にも押し潰されそうで、心臓を鷲掴みされる様な寒さに襲われて、直視するのも怖い。でも……」
少女は俯いていた顔を上げる。その眼は、確かに見覚えのあるものだった。
「鬼丸さんを失った時の悲しみの方がもっと辛い。だから、私もやらせてもらいます」
「……ああ!」
金太郎が力いっぱい頷く。かぐやもそれに応えるかのようにほほ笑むと、月光が動き始めた。何度も見たその光る球体、幻想的な雰囲気を醸し出すそれの中央に立ち、金太郎も再び手を掛けた。
そして――――少女が姫に戻った瞬間、動かない人形は魔術師へと返り咲く。
「ふぅ、仕方ないね。ここでやらなくちゃ僕が悪役みたいじゃないか。全く、どうしてみんなそんなに無謀なことをやりたがるんだろうね」
「ウラシマ……」
「でも、そういうのは嫌いじゃないよ。微力ながらも協力させてもらいますか」
魔術師はニヤニヤ笑いながら、一歩踏み出す。その一歩が非常に頼りがいのあるものに感じられた。
「キンちゃん。その絶対は触れているだけでも危険だ。絶対に触れた瞬間、その異物を零にしようとする動きが働く。手が大変なことになっていないかい?」
……本当だ。ウラシマの言うとおり、自分の手は焦げたかのように真っ黒に染まっていた。それを知覚した瞬間、金太郎は初めて痛みを感じた。なるほど、これは大変だ。
「危険だね。今から玉手箱でその運動を遅らせる。ついでにキンちゃん自身の時間も早めよう。そうすれば、まあ、何かしらの影響は起こるかもしれない」
「では私も……月光・望月を用いて結界にぶつけます。結界を消せるのは結界のみ。月光は元々ツクヨミ様の持ち物、もしかしたら効果があるかもしれません」
「おう、頼んだぜ、かぐや、ウラシマ!」
さあ、役者は揃った。舞台も万全、細工は流々。後は主役を取り戻すだけだ。
三人はその役割を果たすために動き始めた。
「うおおおおおぉぉぉぉ! 待ってろよ、鬼丸!」
金太郎は叫ぶ。その叫びが聞こえるか聞こえまいかは彼にとっては関係のないことだった。
▽ ▽ ▽
「ちっ……鬱陶しい。仲間なんか一番信じてねえのはオメエなのによ」
スサノウは本当に忌々しげに呟く。
今目の前にいる奴は一人だ。それなのに一人でいるのを否定する。
今手の中にいる奴は孤独だ。それなのに皆がそれに集まってくる。
――――そんな矛盾を抱えた奴に、俺の目標を邪魔されてたまるか。
俺の目標、そう、目標だ。願望と言っても差し支えない。
スサノウの願望、それはたった一つ、世界を救うことに他ならない。姉さんが残したたった一つの大事な世界。それをこんなわけの分からない奴らの為に壊させてたまるものか。
スサノウは魔術を実行するために、歩き出す。そしてあることに気が付いた。
必要な魔術の式が壊されていた。
「なるほど、派手な割に威力がねえと思ったのはそのせいか……」
月の神の使いが地上に降り立ったとき先ほどの攻撃を見たことがある。七色の綺麗な閃光、あらゆる魔力を扱える鬼丸独自の技だろう。
その威力は言うに及ばず、あれから成長した鬼丸のモノなら恐ろしいモノになっているだろうと覚悟していた。
しかし、思ったより威力がないと思ったのはそのせいか、と納得した。式を壊すためにその何割かを使ったとなれば、あの威力も道理であろう。
それに加えて、生じた爆発を見事に結界の方に充てるように工夫してある。少しでも結界を殺すための努力だろう。
――――坂田金太郎、か……。
「でも悪いな。こんな術式、すぐに組めるんだよ」
鬼丸の下に式が瞬時に組まれる。こんな複雑な式を瞬時に組むのも流石は神というところか。スサノウは信託の如く、重く詠唱を唱えた。
―――これで、ようやく叶う。
「三貴子が一柱、スサノウノミコトが問う。汝が真名を答えよ」
「わ……私の、真……名……?」
「そうだ。お前の真名だ。答えろ」
「私の、真名、は……」
―――これで俺の理想、姉さんの願望が叶う……!
「“和”」
時間が止まった気がした。
今こいつは何と言った。自分のことを何と言ったか。――――ぐるぐると走馬灯の如く、思考が駆け巡った。それでも、こいつの言ったことが理解できなかった。
「私は“和”。皆を繋ぎ止める、一筋の糸……」
「な、何言ってやがる……。お前の真名はそんなもんじゃねえ! もう一度答えろ、お前の真名は何だ!?」
「――――だから和だと言っているでしょう! 何度も言わせないでください」
途端、鬼丸が動きだし式から脱出する。先ほどとは打って変わって、自分の意志で物を言って動いている。
呆然としているスサにはそれを止める術などなかった。
「あぁ……辛い。これが本質を理解させるですか。頭を無茶苦茶にかき回されたみたい。気持ち悪い……」
鬼丸が本当に辛そうに呟く。そしてもう二度とあんなことは御免だ、と言いたげにスサノウを睨みつけた。
対するスサは未だに呆然としていた。高く積んでいたおもちゃが他人に壊されたかのように呆然と立ちずさんでいる。今、子供のように泣きじゃくれたならばどんなに楽なことか。
そんなことも出来ないスサは思考する。どうして失敗したのか、どうして鬼丸の本質が違うものなのかと。
―――――こいつは違う奴だった……?
違う、そんなことはあり得ない。俺は間違うはずなどないのだから。間違っているのならば、そう、それはこいつの方だ。
「――――そうだ、俺は間違っていない。間違っているのはこいつの方だ。 死という本質を理解させるためには一度死というものを体験させなければならない。出来れば無傷で、と思って俺が甘かったんだな。そうだ! そうに違いない。そうでなければこいつの本質が違うわけがない!」
はあ、と鬼丸はため息をつく。
目の前の神はこんなにも愚かなモノだったのだろうか。まるでこれでは子供だ。自分の都合の悪いことは認めたがらない、ただの子供。
しかしそれは同時に厄介ごとである。力を持った子供は何をしでかすか分からない。おそらく、あの剣には自分を殺すのに十分な力が堆積していることだろう。
スサは、力の限りそれを振るった。
「一遍死にさらせ!」
これまで見たどの力より強い波動が放たれる。多分あれに当たったら死ぬだろうな、と鬼丸は冷静に考えていた。
スサノウは強い。たった一人で、自分の理想を叶えようとしている。私たちはそんなこと出来ないから、彼に敵うはずもない。
でも、負けるわけにはいかない。早くみんなの元に帰らなくちゃいけないから。だから、少しだけ、ほんの少しだけ力を貸してください。
「……Cross Over――――」
自分は糸。皆を繋ぎ止める細く脆い糸。こんなに脆いモノだけど、それにすがって生きていくしかない。
しかし、それでもいいじゃないか、と鬼丸は思う。だって私たちは一人じゃこんなにも弱くて、一人じゃ生きていけないのだから――――。
▽ ▽ ▽
「なっ……?」
衝撃を放ったスサはこれまた呆然としていた。予定では、鬼丸はすでに塵と化し自分の手によって正しく結末を迎えているはずだった。
だが、現実は違う。あの金色の球体は何だ。あの力は何だ。あの――――美しいモノは何だ。
『月光・望月』
確かに姿形は鬼丸だ。間違いない。いくら自分でも、殺し合ってきた奴を見間違えるほど堕ちてはいない。しかしそれと同時にあれは鬼丸ではないと、直感がそう告げていた。
一本にまとめていた彼の髪は広がり、まるで女性のモノのように黒く長く美しい。というか女そのものだ。彼はこんなにも、女性らしかっただろうか。
その双眼は真っ直ぐと、スサを見つめている。強く真っ直ぐに、誰にも曲げられない意志と共に。
と、ここでようやく中の人が物事の異常性に気が付いたようだった。
『鬼丸さん? 鬼丸さんがどうして私の中にいるんですか?』
≪逆です、かぐや。貴方が私の中にいるんですよ≫
『ええ!? どういうことですか?』
≪まあ、そこんところは置いときまして……かぐや、取り敢えず目の前の赤髪を倒しますよ≫
鬼丸の視線の先にいる人物を見て、驚く。赤い、燃えるような髪を掻き毟っている人物、あれこそが事件の元凶にして、自分の恐怖の対象。
『あれが……スサ』
≪ええ、でも恐れることはありません。貴方が倒れそうならば、私が支えます。貴方の震えが止まらないのならば、私がその手を握ります。怖がらないで。私がついてますから≫
そう言った瞬間、今まで現実を把握しきれなかったスサノウが動き出す。動き出したのはいいが、それほど納得できていないようだった。
「くっそ、どうなってやがる!? それは姉ちゃんがどこぞの娘にくれた宝具じゃねえか! どうして鬼丸童子がそれを持ってんだ?」
≪……煩い。そんなの、私だからに決まっているでしょう≫
……そうだ。恐れることなど何もない。鬼丸がついていてくれるのだ。カナモリが地上に降り立った時、そう誓ってくれた。
――――恐れる必要など、何もない!
『私の名前は四方院かぐや。月のお姫様です。悉く私の前に平伏しなさい!』
「……その言い方! やっぱりお前、ツクヨミ姉ちゃんの……。は、姉ちゃんのにしては傲慢チキチキのじゃじゃ馬娘が。おしとやかさだけは受け取らなかったのか?」
『黙りなさい! 月光・十六夜』
鬼丸がデザートイーグルを構えると同時に、その周りに十五個の光る球体が現れる。
その数はいつもの倍以上、一つ一つの輝きも増しているようだった。
引き金を引き、放つ。十六個の直線が、悉くスサノウに向かっていった。
「は……!」
七個が十五個に増えようが、十五個が百個に増えようが関係はない。スサノウは身を翻し、その光の閃光をかわし近づいていく
ただ、目の前のあってはならない存在を消すために。
「どうしてこうなっているのか、どうしてこんな風になっているかは分からねえ……。だがな、俺の果たすべき目標は変わらない。俺はただ修正するだけ。邪魔する奴は皆消え失せろ、十束!」
接近戦ならばこちらにも分がある、そう思いスサノウは鬼丸との間合いを詰めた。そのまま衝撃は彼の首を斬り落とすはずだった。
確かに、先程までの鬼丸ならば接近戦は苦手だろう。鬼丸も中の人も、接近戦は避けるべき間合いだからだ。しかし、この時スサノウは知らなかった。スサノウと匹敵するほどの、接近戦専門の破壊者と鬼丸が繋がっていることに。
『ちっ……言ったはずだよな。誰もアタシを起こすなって。言ったはずだよな、アァ!?』
剣が寸でのところで止められている。それが素手で止められていることに気が付くのは、そう長い時間はかからなかった。
赤い眼をしたその鬼丸はそのまま、剣と共にスサノウを放り投げる。まるで巨人の一振りのような力に抗うことも出来ず、スサノウは吹っ飛ばされた。
その鬼丸は気怠そうに首を回す。死神じみたそんな彼は、自分の体に悪態をつく。
『くっそ、体が上手く動かねえじゃねえか。まるで子供の頃に戻ったみたいに……。あれ、アタシ、こんなにも小さかったっけ?』
≪小さいとは一言余計ですね。鬼の体がそんなに不満ですか?≫
『その声は……よ、鬼っ子』
軽く、この異常性を無視して中の人は鬼丸に挨拶をする。まあ、思考を共有している今、その挨拶が意味を為すかは微妙だが。
≪キョウ。今はどういう状況になっているかは説明を後にして……ただ一つ分かることがあります。それは貴方の安眠を阻害したのは目の前の赤髪の男です≫
う、嘘ついた――――とスサノウは叫びたがったが、それより早く中の人は納得してしまった。
『……じゃあ、あいつをどうしちまっても構わないんだな?』
≪ええ、もちろん≫
『ははっ、それはいい。ちょうど行き場のないこの怒りをぶつける相手を探してたんだよ。だからさ――――全力で殺すけど別にいいよな』
その口がニタッと嗤う。そしてその腕を振るったかと思うと、その腕から黒い何かが溢れ出してきた。日本刀の形をした、しかし刀とはかけ離れた黒い何か。――――それが無であることは、スサノウはすぐさま理解できた。
『消え去れえええぇぇぇ――――!』
「ぐ……!」
吹き飛ばされ広がった間合いが一瞬で詰められる。鬼の爪と、無の刀、おおよそ鬼丸らしくない戦い方にスサノウは防ぐのに精いっぱいだった。
血のように赤い眼をした鬼丸はさらに加速していく。
『オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラオラオラオラオラオラアアァァァァ!』
ついに足まで加え、スサノウを攻め立てる。鬼の衝撃がスサノウのガードを超えて襲い掛かる。しかし、一番恐ろしいのはあの刀だ。存在しているだけで、この注連縄を消そうとしている。圧倒的無の前では絶対も零に等しいということか。
――――マチガイナク、ケサレル……。
悍ましい結末を想像して、スサノウはすぐに後方に跳んで退避した。
そんな間合い、今の彼ならばすぐに詰めて攻め立てるはずだった。……中の人の睡眠が十分だったらの話だが。
『ああ、もう無理。眠い。バトンタッチだ、』
そんなこと言って、後ろに倒れこもうとする。それを受け止めたのは、他でもなく、別の鬼丸であった。
『はいはい。随分自分勝手だな、桃さんは。……ふむ、みんなと思考を共有する力、と言ったところか。今頃僕の本当の体はどうなっているだろうね』
ニヤニヤ笑いながら、鬼丸はそう言う。微妙に青みかかったその長い髪を鬱陶しさそうに一つにまとめると、目の前で息を荒げている人物を見た。
……これがスサ。思ったよりも貧相だな、とそんな失礼なことを思っていた。
≪ウラシマ、今は何がどうなっているかの説明は後です。目の前の敵を倒すことだけに集中してください≫
『オッケー。僕はこういう奇跡に関しては専門外だからね。別に何の興味もないや。それよりも鬼の体に入れたということの方が興味深い。いろいろと実験させてもらうよ。―――玉手箱』
鬼丸が手を合わせると、目の前に黒い漆塗りをした箱が現れる。
――――まずい、あの宝具はある意味一番ヤバい……。
スサがそう思った時にはもう遅かった。ニヤニヤ笑いながら、鬼丸は詠唱する。
『鬼、ウラシマ竜胆が問う。答えよ、其は何ぞ』
【我が名は玉手箱、全てを呑みこむ大喰らい】
低く、重い言葉が聞こえたと思うと、スサノウの周りには水球が現れる。ポツリ、ポツリと雨粒のような無数のそれはいつの間にか自分を取り囲んでいる。
キラキラと輝きながら、一斉に襲い掛かった。
「――――!」
『あはは、これは面白い。まさか神の時間さえ操れるとは、僕としても興味が絶えないよ』
そう言って、また何処からともなく水球が現れる。いくらスサとはいえど、予測外の後方からの攻撃はかわすことは出来ない。おかげで何発か被弾してしまった。
その様子にカラカラ笑っている鬼丸を睨みつけると、その鬼丸はすぐに逃げ出した。酷く侮蔑された、惨めな気持ちになる。
『さあ、前座は済んだ。主役の登場をお楽しみに』
大げさな身振りで振る舞うと、鬼丸の中から入っていたモノが消えてく。スサが気付いた時には鬼丸は元の鬼丸に戻っていた。
「何が……何が起こっている? 鬼丸の本質は死の中にある。死とはすなわち虚無。全てを無くすならば合点いくが、全ての有を孕むような、そんなものは持ちえないはずだ。ならば、どうして、どうして、どうして……」
「……確かに私は無の中にいたかもしれない。どうしようもなく、暗い暗い闇の底の中で生まれたかもしれない」
――――……お父さん、助け……て……。
今でも鬼丸の脳裏をかすめるのはあの惨劇だ。誰にも語られない、鬼丸しか知らない惨劇。あれが始まりと言えば、そうなるかもしれない。しかし……。
「――――しかし、そこから私は引き上げられたんです。地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸のように、とても頼りなく儚いモノに。その頼りないモノをたどって私はようやくここにいる。皆と一緒にいることが出来る。皆がいるから今の私がいるんです。そして、一番初めに私に出会ってくれたあの優しい退魔師には、感謝しています」
「坂田金太郎か……。あり得ん。そんなことが許されてたまるか……。許されるはずがない。俺が許すと思うなよ!」
スサノウの戦意は衰えることを知らない。はっきり言って彼の体に残るダメージなどごくわずかなのだ。流石にあの無はヤバいと感じたが、それ以外なら殴られようが蹴られようが負ける気がしない。どのみち鬼丸はこの絶対から逃げ出すことは出来ないのだ。
今度こそ殺す、そうスサノウは駆けだしたのと同時に、満を持して鬼丸はその名を叫んだ。
「Cross Over――――キンタ!」
「ウオオオオオォォォォ!」
パン、という破裂音と共に今までこの世界を覆っていた黒が晴れる。空を見れば、東の空が仄かに明るみを取り戻していた。そして目の前にいるのは、金色の優しい退魔師――――。
「退魔師坂田金太郎、ここに見参! 遅れて悪かったな、鬼丸!」
「――――全く。遅いですよ、キンタ」
鬼丸がほほ笑んで言う。ここにようやく、無敵のコンビは揃ったのだった。
「バカな……絶対が、破られた、だと……?」
あり得ない、ただそれだけが彼の思考を支配していた。あり得ない、あり得ない、あり得ない、それ以外考えることも出来ない。
そんな木偶の坊になっている彼に向けて、金太郎はビシッと指を指す。
「やい、スサノウ。よくも俺の仲間を傷つけてくれたな。お前が世界を修正するとかどうでもいいんだ。ただ俺の仲間を苦しめるのだけは許せねえ! 神は神らしく、俺たちが世界を救う様を傍観してればいいんだ」
「だ、と……? 一人じゃ何にも出来ないガキが……偉そうな口きいてんじゃねえぞ!」
「はん、オメエこそ一人じゃ何にも出来ねえじゃねえか。言っとくけど今日の俺は今までの俺とは一味違うぜ。何たって俺には」
「――――私がついていますから」
「そういうこった。俺たちは一人では何も出来ないが、二人揃えば無敵だ。原書にでも書き込んどけ!」
「そんなバカげたこと……許されるか――――!」
スサノウが激昂する。もしも一人ならば、その叫び声だけで薙ぎ倒されていただろう。
しかし今は違う。鬼丸には金太郎がいて、金太郎には鬼丸がいる。二人揃えば怖いモノはない、無敵のコンビは同時に飛び出した。
「Second Drive Start!」
金太郎が直進する。結界の力で強化された金太郎の速さはスサノウと同等、そして力だけなら彼を上回っていた。一合、二合と金太郎とスサノウがぶつかり合う。
もちろん、それだけではスサノウは倒せない。二人合わせてようやく倒せるのだ。
「我に宿りしは滅……放て」
死角からの零距離射撃、それをかわしたところに再び紫電が振り下ろされる。それと打ち合うと銃弾が再び襲い掛かる。
まるで一心同体だ、とスサノウは舌打ちする。こんな勝負、やってられっか!
「――――八雲!」
とうとう面倒くさくなった彼は八方を吹き飛ばした。
八雲は下から衝撃を巻き上げる技だ。竜巻と言えば話は早いかもしれない。この攻撃は防いだところで意味はない。体ごと巻き上げられ、宙に浮かんでしまえば防ぐこともかわすことも出来ない。
そう言う意味では八雲は最高の防御とも、最高の崩し技とも言えた。今頃二人揃って宙を舞っているところだろう。そんな二人に止めを刺すべく、スサノウは空を見た。
空には、薄れゆく月影が見えた。
―――――いない!?
「雷鳴……」
「Cross Over……」
近くで声がする。見ると、鬼丸と金太郎が自分の懐に潜りこんでいる。そして彼らの周りには電撃が走っていた。
なるほど、と納得する。結界を張れば、確かに衝撃波さえ防げるだろう。まさか自分が結界によって負けるなど、思ってもみなかった。なんて、未熟だ……。
「――――激動!」
「――――Full Burst!」
二人は同時に放つ。何度も見た、彼らにとっていつも通りの決着の仕方だった。